生徒会親子議事録
「なぁ鈴木、なんで私たちここで仕事してんの?」
「なんで、と言われるとこう……哲学的な話になってきますが、石井さんの言うことも間違っていませんしね…………」
美緒の問いかけに苦笑していた大輔だが、これは哲学的な質問に対する返答に悩んでいるからではない。
「あれやろ? 確か今日はいろんな先生が出張重なったり残った先生は大事な会議があったりで授業できる状態じゃないから帰れ〜みたいなんじゃなかった?」
「えぇ、だいたい合ってますよ」
ただ、出張が重なって、というと少し違う。
他校の授業を見学しに行って授業の質を上げていこうと言う取り組みで若手の先生数人が出かけているだけで別に授業ができないほどなわけでもない。
大事な会議、というのが果たしてどれほど大事なのかと言う話ではあるが少なくとも授業よりは大切なのだろう。
「誰かなんかやらかしたとか?」
「どうでしょう、僕の知り合いにはそんな人はいないと思いますが…………」
大輔の頭の中には祐介の顔がチラついたが彼は違うだろう。
確かに彼は学校から貸し出されているiPadの私的利用をしすぎていたり、学校がしかけた制限をこっそり突破していたり、常に宿題の提出がギリギリだったりしたが、授業を止めるほどのやらかしはしていないだろう。
「で、まぁ私達は生徒会の仕事があるからって言って木村先生に呼び出されたわけやけど…………」
「授業できないほどの会議あるのによく僕達を呼びつけられましたね。
まぁ、任命されたことはやるしかないですが。」
そんな事を言ってのんびり木村先生の到着を待っていた美緒と大輔のいる生徒会室は非常に穏やかだった。
次の瞬間、グググググ…………と非常にゆっくり扉が開いていった。
ガラガラガラ、といういつもの音ではない。ものすごくゆっくりなのだ。
「おーー! すごいやん開けられたなぁ」
里奈がしゃがんで、扉の横を向いて話しかけている。
「伊藤さん、とりあえず入ってから2人に話だけさせて」
「あぁ、そうですね! すいませんすいません」
里奈は扉に隠れていた幼い少女を部屋に引き込むようにして連れて来る。
「えぇと、ほんまは僕の奥さんに見ててもらう予定やったんやけど、奥さんが体調崩しちゃったから連れてきてます。
僕の娘の、杏です」
木村先生に促されペコリと頭を下げたのは肩までかかるほどに髪を伸ばしたかわいらしい女の子だった。
「きむらあんです。3さいです」
それだけ言うと恥ずかしくなったのか木村先生の後ろに隠れてしまった。
木村先生の後ろにいるので、正面から見ている大輔からは杏の姿はもう全く見えていない。
「かわいい〜!!」
美緒はすぐさま杏の近くに駆け寄り、抱きしめて頭を撫で始める。
「で、木村先生。おそらくあの2人は杏ちゃんにべったりでしょうし……今日の仕事は僕1人で…………」
「あ、会議終わるまで杏の事見といてくれたらそれで今日のお仕事終わりやからね」
「「「え!?」」」
いいんですか、と目をキラキラと輝かせ喜ぶ里奈。
出会って5秒で杏にデレデレで話の内容があまり入っていない美緒。
子供の相手はそこまで得意ではなく、僕の存在意義は何だと考え始めた大輔。
それぞれ色々考えていることはあるが、今日の生徒会本部のお仕事が始まった。
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「杏ちゃん何描いてるの〜?」
「パパ!」
「木村先生かぁ〜上手だねぇ〜」
里奈の方に懐いたのか、杏が里奈にべったり引っいて離れなくて拗ねた美緒は、大輔と同じく遠くから2人を見ているだけだったのだが。
「確かに明後日は父の日でしたね」
「あ〜、そゆこと?」
「いや、どうなんでしょう。まだ3歳の杏ちゃんが父の日という文化を理解しているのかはかなり怪しい部分がありますがお母さん……木村先生の奥さんから教えてもらった可能性は否定できませんし」
1歳や2歳ならともかく、3歳なら「お父さんに絵を描いてプレゼント」という考えがあってもおかしくない。
「まさか新しい机を使う第一号が杏ちゃんやったとは……誰が想像したんやろな」
「デリカシーの欠片もない言い方をしますが、生徒会本部役員どころか、この学校の生徒ですらないですからね」
里奈が机の脚に名前を彫ろうとして、机が壊れたのは昨日の話なのだが、大輔は新しい机が来るまでに仕事を片付けてしまっていたので新しく置かれている机を使っていない。
クレヨンで描かれた木村先生は、きっとこのぐらいの年の子が描くにしては上手い方だと思う。
ただ、少し体型が気になってしまう。
最近、木村先生はお菓子を控えて、コーヒーにはミルクだけにするなど、痩せようと努力をしている。
木村先生のふんわりボディは生徒から愛されている理由の一つであるため無理して痩せる必要は無いと大輔は思っているが、木村先生本人がかなり気にしているのだからと大輔は応援することにしている。
この絵に描かれている木村先生は、本物より丸い気がする。
気のせいかとも思うが、この絵を渡した時に木村先生がダメージを負わないかが不安だった。
「石井さん、この状況で杏ちゃんを止めるのは……」
「無理やと思うし、できたとしてもやめた方がいいやろ」
「そうですよね、諦めます」
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しばらくして、木村先生が帰ってきた。
その頃には美緒が杏とあっち向いてホイをして遊んでいたので杏が木村先生を描いていたのは多分バレていない。
「あ、パパおかえり〜!」
「ただいま、いい子にしてた?」
「ええ。石井さんと伊藤さんにめちゃくちゃ懐いてて、言う事聞いて楽しく遊んでましたよ」
杏は持ってきていたカバンに絵やクレヨンをしまい、カバンを肩にかける。
「里奈お姉ちゃん、美緒お姉ちゃん…………ズズキさん、ありがと。バイバイ」
「「「バイバ〜イ!」」」
と言ったはいいものの、かなり名残惜しかったのか里奈と美緒は杏にべったりひっついて頭を撫でたり可愛い可愛いと言っていたりして離れない。
「ズズキさん、パパのことよろしく。ズズキさんが一番しっかりしてる」
「ありがとう……鈴木だけどね?」
バイバイとありがとうをもう一度だけ言うと、杏は木村先生に促され、帰っていった。
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「今日な、お絵かきしたらな、お姉ちゃん達が上手って褒めてくれた!」
今日の杏はすごくご機嫌だ。
どうやら生徒会室で遊んでもらったのがすごく楽しかったようだ。
杏は来年から幼稚園にはいる予定で、今は誰かと遊ぶといえば近所の同年代の友達くらいだ。
伊藤や石井、鈴木もきっと優しくしてくれていた。
また生徒会室に連れて行ってやるのも悪くないかもしれない。
「なんの絵描いてたん?」
「え〜?内緒!
でも、ズズキさんもすごいって褒めてくれた! 今度パパにも見せたげるけど今はダメ〜!」
「内緒かぁ」
木村は笑いながらそう言うと杏と一緒に歩き出す。
「今日のご飯何かな?」
「ママがぷらふにしようかなって言ってた」
多分ピラフなのだろうが、ツッコむと可哀想なのでやめてあげることにした。