宿屋に地下室がある理由
スカウトは本棚にあった"遺伝子について"を手に取った。
見慣れない言葉 "遺伝子"。これは何のことだろうか。そして表紙をめくった。
まずは一般人に馴染みのない遺伝子について簡単に説明する。
この一文で本は始まっていた。
遺伝子。それは生物に刻まれた目に見えないサイズの人体設計書である。
これがあるから怪我をしてもほぼ元通りに回復するし、回復魔法を受けて損傷を癒すことができる。
この設計図には個人差があり、種族によっても内容が異なる。だから異種はもちろん、同種でも見た目が異なるのだ。
また、設計図を基にその個体の基本的な形や能力、機能が決められる。
四肢を欠損しても再生できる種族もあれば、できない種族もあるのは、この設計図に違いがあるからである。進化の過程でそれぞれの種族は必要な能力を得て、不要なものを切り捨ててきた。
その結果が現代人を形作っており、ドワーフの背が低く、身体的に頑強なのも地下道の生活に適応するためであり、逆にエルフは身体的頑強さではなく、魔力系能力を選択して今に至っている。
地上種に共通するのは、夜眠り、昼に活動する生物であるということ。
では同じ地上種である我々天上人はどうか。
昼夜がある世界において生活しているにもかかわらず、何故か夜に適性がないという不思議な体を持つに至った。
多くの研究がなされたが、原因はわからなかった。
もしかしたら我々は不完全種、失敗作なのではないかとも考えてしまう。
だが、同時にそんな失敗作なら歴史のどこかで絶滅していたはずである。
そうならなかったのだから、そうではないと言える。
とにかく我々天上人種が闇を不得意とする事実に変わりはない。
我々天上人種が暮らしやすい"昼のみの世界"を作ろうとすると、"闇の宝珠"というモノが出現するそうだ。
その宝珠を地下深く封印し、地上に持ち出されないよう監視する役が必要であるという説がある。
そこで遺伝子操作により、闇に強く、そして我々の"昼だけの世界"に異を唱えない種族を用意しようという流れになっている。
これまでの実験により、そのような種族作成は理論上可能であることが判明している。
また、その操作の副作用ともいえる反応として魔力値が高くなるというものがあるが、これは特に
問題にならないだろう。
この新種族誕生により、これまで夜に悩まされてきた我々は真に自由と平穏を手に入れるのである。
夜が無くなった地上種は苦労するだろうが、これまでは我々が苦労してきたのだ。
今度は彼らが苦労すればいい。寝たくなったら洞窟にでも行けばよかろう。
・・・何だこれは。
天上人種の身勝手で獣人種は作られたのか・・・
スカウトはショックを隠し切れずにいた。