別室の2人
仲間の元に走り去っていく戦士の後ろ姿を大司祭は見送るしかできなかった。
なんと間の悪いことだ。
まあ急ぐことでもないが、こうも時間を取られると無性に腹立たしいものだ。
懸念していた決戦も勝利で終わった。騎士団の役割は終わりだ。もういてもいなくても問題はない。
護衛分だけ連れてさっさと制御室へ向かいたいが、大聖堂関係者以外も必要だから、あの冒険者が戻ってくるまで制御室には行けんな。
大司祭はチラリと防衛長官を横目で見た。
防衛長官はどこかに連絡しているようだった。
この大部隊を転移させる手配のほかにも何かやっているようだが、まあいいだろう。
訓練場に目をやると戦士が仲間と手を取り合い、喜んでいるのが見えた。
さっさと戻ってほしいが、この大規模戦のあとだ。興奮も冷めぬだろう。
ふむ。いったん自分自身の心を落ち着かせなければ。
どうもスムーズに事が運ばずイライラしてしまっているな。
大司祭は深呼吸を何度か繰り返し、心に平静が戻ってきたのを感じた。
団長「防衛長官殿。今やっている手当が済んだら全員を元の場所に転移してもらえるんだろうな」
防衛長官「そういう約束だ。守りたくはないが、仕方ない。
そちらの準備が出来たら私に声を掛けてくれ。転移の準備をする」
防衛長官はそう言うと訓練場で手当てしている獣人部隊に再び目を向けていた。
大司祭「団長も部下の元へ行き、指示してくるといい。その方が回復も早かろう」
団長「はっ!」
団長は背筋を伸ばし、敬礼すると走って訓練場へ向かった。
大司祭と防衛長官だけがこの別室に残された。
団長がいなくなったことに気づいた防衛長官がこれ幸いと大司祭に話しかけた。
防衛長官「大司祭殿。この場には私とあなただけだ。
率直にお聞きする。あなたはこの浮遊大陸の人間だな?」
大司祭は無言だった。
防衛長官「そうか・・・やはりな」
防衛長官の口調は静かで重々しかった。そして続けた。
防衛長官「あなたが元司書長官で、犯罪者だと監視システムの警報で気づいた。
だが謎なのは、100年以上前の犯罪者がなぜ生きているのかということだ。」
大司祭「ふむ。それが今、何の関係がある?」
あっさりと、そして静かに大司祭は言い切った。
防衛長官「今後の犯罪者対策のため、というのは口実だな。単に興味本位だよ。
それよりも・・・本題は・・・
浮遊大陸人なら天球の調整で夜は消えないことを理解しているはずだ。
制御室で何をするつもりだ?」
大司祭「天球管理装置を破壊したりせんから安心するといい。
天球管理は大事だからな」
不敵な笑みを浮かべながら大司祭は答えた。
大司祭「まあ、これから行くんだ。皆と一緒に見聞きするといい」
そう言って大司祭は防衛長官に背を向けて訓練場を見ていた。
防衛長官は自分が作り出した空間と環境であるとはいえ、武器を携帯していなかったことを
激しく後悔した。いまなら殺れるのに・・・
大司祭は殺気を感じた。
大司祭「ワシを殺したいか?
だが団長が駆け付け、復活の魔法を使うじゃろうて。
無駄なことはしなくて正解だったな。これ以上関係がこじれると何が起こるかわからんぞえ」
背を向けたまま話す大司祭の口調が変わった。
防衛長官「ああ、殺してでも止めたいが、そちらの意図がわからない以上、ここで無理に止めても同じことを繰り返すだけだ。素直にお前たちを転移させ、制御室にも連れて行ってやるよ」
防衛長官も口調が変わっていた。
そして2人で訓練場の手当ての進捗を見守っていた。
敵対する2人が肩を並べているその光景は奇妙だった。