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イオリア・クロスフォードの帰還  作者: 一代 半可
第一部 第七階梯の魔人(上)
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【005】公爵ペルケルズ

「それでは早速、正装に着替えてください。陛下に謁見するのはその後です」


 イオリが魔王に会うと答えるなり、ナナリーゼはそう言って複数の使用人を部屋に呼んだ。


 角や尻尾など異形のそれを携えた彼らは、後ろに大量の服を用意して、ナナリーゼとゼラフィーナを部屋から追い出すと、すぐさまイオリの服をひっぺがし始めた。


「うわっ! ちょ、まっ!」


 瞬く間に服を剥ぎ取られ、厚手の服を何着も着せ替えさせられ、そうしている間にもイオリの長く伸び切った髪は丁寧に丁寧に結われていく。


 顔を洗われ、肌を磨かれ、爪を切り揃えられ、身体中ありとあらゆるところを好き勝手に引っ掻き回され。


 ついに抵抗を諦めてされるがままとなった頃。いつの間にか鏡の前――部屋にはちゃんと鏡もあった――には、一昔前の西洋の王宮に居るような貴族然とした男……つまり今のイオリが、やつれた表情で映し出されていたのだった。


「……なんだよこれ。どこの王子様だ……」


 編み込まれた赤い髪は側頭部から生える真っ黒い角が映えるようかき分けられ、赤の前髪と黒い角の目に優しくない色合いががチカチカする。


 服は結局、色々と着替えさせられた挙句にイオリの髪の色と同じ暗い赤色の上着になった。瞳の色と同じ金色が装飾としてこれでもかと言うほどあしらわれ、やはり目に悪い。


 胸から肩に伸びる金色の紐や、やけに細やかな装飾の施された金色のボタン、更には紋章のような幾何学模様が刻まれた袖口と、とにかく金色の装飾があちこちに目立ってゴテゴテしている。


 そして極め付けに黒いスラックスのような長ズボンと革のブーツ。彼らのおかげでパツパツになった下半身のシルエットがくっきりと浮かび上がっていた。


「どこの王子かと問われれば、ネフェルティア魔王国の王子ですとしか。イオリア様のご帰還、使用人一同心よりお喜び申し上げます」


 イオリのぼやきに使用人らしき者たちの一人がそう答え、一斉に頭を下げた。


 ナナリーゼとゼラフィーナの二人が部屋に戻ってきたのは、丁度その頃だった。


「見違えましたねお兄様」


「素敵です、イオリ様」


 どうやら皮肉で言っているわけではないらしい。


「こっちの感性はよくわかんねえわ……」


 因みに、イオリアという名前に慣れていないためイオリと呼ぶよう二人に頼んだところ、ナナリーゼには呆気なく「そうは参りません」とあしらわれ、ゼラフィーナは何度も頼み込んだおかげか「イオリ……様……」と様付きまでは譲歩してくれた。


 さて、それから三人は、部屋を後にして城内を歩いた。


 曰く、ここは魔王の国の王城らしく、確かにどこかで見かけた西洋の城のような光景があちこちに広がっていた。


 魔王の城という割に、その内装は白を基調とした石造りの柱や壁が並び、あちこちに美術品と思わしき壺や絵画が並んでいて、イオリが想像していた魔王城のおどろおどろしい雰囲気とは正反対だ。


 まるで美術品の展示会のようだった。芸術に造詣ぞうけいのないイオリでさえ、それらが相応の価値を持つのだろうことが想像できてしまうくらいには、見事な品々があちこち並んでいる。


 そうして天井の高い廊下や降りる途中で二度曲がる長い階段、広々としたホールを抜けた先、部屋から見えていた美しい庭を右手の窓の先を眺めながら、イオリたちは謁見の間へ向かう。


 道中では恐らく使用人と思わしき者たちがイオリたち三人に向けて幾度も頭を下げ、他の二人は洗練された所作でそれらに対応していた。


 ただでさえ堅苦しい場が得意でないイオリからすれば勘弁願いたい状況だ。だから、という訳ではないが、ふと通り過ぎた使用人たちの話声に耳を傾けてしまった。


「あれが……?」


「陛下そっくり……」


「伝説の二人の子……」


 共に行く二人には聞こえていないようだったが、魔力の影響なのか異様なまでに発達したイオリの聴力では、数メートル程度の距離で交わされる噂話は筒抜けだ。


 その聴力で聞こえる噂の中で、度々同じ単語が出てくることが気になって二人に声をかけた。


「なぁ、伝説の二人の子って何だ?」


 イオリの問いに答えたのはナナリーゼだった。


「お兄様のことですよ」


「俺?」


「はい。第二次人魔大戦を終結に導いた二人――魔王ウィルゲルド・クロスフォードと勇者マリアリーゼ・エルトランサ。その両名を伝説の二人と呼び、間に生まれたお兄様、イオリア・クロスフォードをいつしか人は伝説の子と呼ぶようになりました」


「そいつは……随分大袈裟な話だな」


「大袈裟なものですか。この世界でお兄様のことを知らない者は誰一人として居ませんよ。産まれもさることながら、十三年前から行方不明になっている伝説付きです。今は城内だけで済んでいますが、いずれ世界中にお兄様のご帰還が知れ渡ります。そうなればきっと、この城にはあちこちからお兄様を訪ねて客人がいらっしゃいますよ」


 そんなバカなとゼラフィーナに視線を向けるも、彼女も至って大真面目に頷いた。どうやらあながち嘘という訳でもないらしく、思わず「勘弁してくれよ……」と言葉が漏れた。


 ナナリーゼの言うことが本当なら、イオリの両親はこちらの世界では随分と大物らしい。


 それもこの世界で誰もが知ると来た。思っていた以上に大ごとになっているらしかった。


 そうこうしているうちに、やがて三人は大きな両開きの扉の前に辿りついた。


 石造りの壁は関所のような物々しい印象を与え、その関所を封鎖するように締め切られた赤い扉が三人の前に立ちふさがる。


 そして、その扉を守るのは全身を鎧に包んだ騎士然とした者たちだった。


 不思議なことに剣や槍のような武器は手にしていないが、そのかわりとばかりに銀の鎧の上から黒いマントを羽織り、鎧の手の甲には鈍く輝く黒い宝石が覗く。


 そうしてイオリが彼らの身なりを眺めていると、そのうちの一人がナナリーゼに一礼して口を開いた。


「姫様、申し訳ございません。現在、ペルケルズ公爵が陛下に謁見中です。少々お待ちくださいませ」


「ペルケルズ公が? ……早速元老院が動きましたか。仕方ありません、少しだけお待ちくださいお兄様」


「ん、おう……」


 それから、どことなく騎士たちの視線を感じながら少しばかり時間を潰していると。突然扉が開いて中から何者かが現れた。


「おや姫様、ご機嫌麗しゅう。陛下に謁見ですかな? お待たせして申し訳ございません。老いぼれめはすぐに退散すると致しましょう」


 現れたのは血色の悪い土色の肌とひん曲がった大きな鷲鼻、そして皺だらけの顔がよく目立つ老人だった。


 白髪混じりの金髪を整髪剤でも使っているのか後ろに撫で付け、毛先を音楽家のようにくるりと巻いている。


 いかにも貴族ですと言わんばかりの見た目に思わずイオリも笑いそうになってしまった。


 腰がくの字に折れ曲がっているせいで、イオリの肩ほどまでしかないゼラフィーナの身長よりも、さらに低いところに頭があることが印象的だった。


「……ほう、陛下によく似ておいでだ。いずれまた、改めてご挨拶させて頂きます」


 しかし、その眼光に宿る鋭さに、思わずイオリの背筋が伸びた。


 杖をつきながらイオリの隣を通り過ぎる際、品定めでもするかのようにじろりとイオリのことを一瞥したその老人。


 彼の感情のない茶色の瞳は、目を合わせたイオリにゾッとするような寒気を感じさせた。


 しわがれているにも関わらず、老人の声はよく通る。老人はドレスローブのような、藍色の重苦しい服を翻して、静かにその場を後にした。


 相変わらず背中が凍えるような感覚が抜けきらず、イオリは眉間に皺を寄せてその背中を見送る。


「何なんだよ、一体……」


 不気味な老人だったが、わかったこともある。どうやらナナリーゼの言うように、イオリのことはこの世界では誰もが知っているらしい。


「お兄様、参りましょう。陛下がお待ちです」


 ナナリーゼに言われ、イオリは「おう……」と返事する。ついに父との邂逅の時を迎えようとしていた。

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