【020】全校集会
『全校生徒は本日昼食後、第二校庭へ集合するように』
魔法学の授業で聞き慣れた、鼻にかかる低く不気味な声音――アスクタートの声――が学園中に響いたのは、イオリがアルドラークに通い始めて丁度、十日が過ぎた朝のことだった。
今回集合場所に指定された第二校庭は、第三校庭と異なり校庭と言うよりもスタジアムに近い造りをしている場所だ。
アルドラークには全学年の生徒を収容してもまだ余りある巨大なスタジアムが二つあるが、第二校庭は学園の南西側に位置する最も校舎に近い校庭だった。
そのため全校集会と言えど、イオリのよく知る校庭に学年ごとに並ぶようなものではなく、教師達が立つスタジアム中心を生徒たちが観客席から眺めるような形式になる。
「クーディレリカは三国の窓口ですから、大きな催し物はアルドラーク学園で行うことも多いんです。大規模な騎竜戦の大会もここで開かれるんですよ」
そんな話をナナリーゼとしながら校庭にたどり着いたとき、既に入口はコンサート会場の開場前のような賑わいを見せていた。
学園の全生徒が集まっているのだ、この騒ぎも当然だろう。むしろ、これだけの人数が全て収容できてしまう校庭の収容人数の規模に驚くべきか。
そしてそれだけの人数が集まっているだけあり、第二校庭は様々な見た目の者たちが集う大コスプレ大会の様相を呈していた。
そんな人込みの中、イオリは適当に空いている座席に腰掛ける。そして両隣にナナリーゼとゼラフィーナの二人がイオリを挟むように腰掛ける。
右手側にナナリーゼ。左手側にゼラフィーナ。すっかり見慣れた光景だったが、始めは二人ともイオリに遠慮していたことがすっかり懐かしい。
そうして一息ついた頃。校庭の中心に、学園長のメルクラニが姿を現した。
『諸君。今期が始まり、早くも十日が過ぎた。そろそろ休暇ボケも抜けてきた頃ではないかな?』
拡声器のような道具を使っているのか、校庭中に学園長メルクラニのしわがれた声が響き渡る。
マイクのようなノイズもなく、非常にクリアに聞こえるのは、この世界独自の技術である魔道具とやらのおかげだろう。
少なくとも魔王国ネフェルティアやこの学園は、魔道具と呼ばれる特殊な道具によって生活が支えられている。水道や灯りのようなインフラはもちろん、ちょっとした便利道具まで全てそうだった。
おかげで魔法がろくに使えないイオリでもその恩恵にあやかれるのだから、ここは感謝すべき点だろうか。
『さて、今日は諸君らに、少々気を引き締めてもらわねばならんことがある』
そうして、全く的外れなことを考えているイオリを嗜めるように、メルクラニの緊張感ある声が校庭中に響き渡る。
『実は昨夜、このアルドラーク学園に何者かが侵入したようじゃ』
それは突然の異常の宣言。生徒たちはわずかにざわついたが、それを見越してかメルクラニは『ウォッホン』と、わざとらしい咳をして注目を集めた。
『幸い、大きな被害もなく負傷者も居らぬ。とは言え諸君はくれぐれも注意するように。夜の独り歩きなんぞはもっての外じゃ。それから――』
生徒たちが落ち着きを取り戻し、自身の話に耳を傾けるのを待つように。メルクラニは一呼吸おいて更に続けた。
『――本日よりしばらくの間、我が校の優秀な先生方が、校内の見回りを行う。また、傭兵協同組合にも支援の要請済みじゃ。つまり、諸君が心配することは何もないということ。案ずるでない』
その時メルクラニが口にした聞き慣れない言葉に、イオリは思わず首をひねった。
「……傭兵……共同……って何だ?」
慣れない言葉を何とか翻訳しながら口にする。すると最近ではすっかり解説役が板についたナナリーゼが、間髪入れず流暢に答えた。
「クーディレリカは軍隊を持てませんから、有事の際や魔物の討伐などは傭兵に依頼するんですよ。その傭兵を一括管理して、仕事を斡旋する組織が傭兵協同組合です」
何だか小難しい話が始まり、イオリは迂闊に聞いたことを後悔し始めた。しかし構うことなくナナリーゼの講釈は続く。
「傭兵は成果を上げれば等級も上がって仕事が増えますから、お互いに利点もあります。学生でも多いですよ、傭兵協同組合に参加している人は」
そんな話を聞かされ、そう言えばと脳裏を探る。遠い昔、向こうの学校で似たような仕組みを習ったような気がした。確かその時聞いた名前は――ユニオン、だったか。
小難しい名前より、ユニオンと訳してしまえば随分と理解しやすくなった。となると等級は、ユニオンランクとでも訳そうか。
なるほどなるほどと一人で納得していると、メルクラニも長い話に一区切りついたらしく、『さて、堅苦しい話はここまでじゃ』との声が響き渡った。
『ここからは喜ばしい話をしよう。今年もまた、ユニオンランクや魔法階梯を上げた者がおる。日々研鑽を続ける彼らの努力を、皆で祝おう』
一体何が始まるのかと眺めていると、次々と生徒たちの名前が読み上げられ、呼ばれた生徒はその場で立ち上がり拍手が送られていた。どうやら文字通り、表彰式をやっているようだ。
そう言えば向こうの学校でもこんなことをやっていたな、と懐かしく思う。あの時は代表が一人歩み出て、校長から表彰状を受け取っていたが、さすがにこの校庭では名前を読み上げるのが精一杯らしい。
『ナナリーゼ・クロスフォード。この者はユニオンランクをⅥに上げた。実に素晴らしい。この学園の生徒でユニオンランクがⅥ以上の者は一握りじゃ。おめでとう』
やがて聞き慣れた、ナナリーゼの名前も読み上げられた。
どうやらナナリーゼもまた、ユニオンに傭兵として名前を連ねているらしい。どことなく居心地の悪そうな表情をしながら拍手を受けていた。
「Ⅵって凄いのか?」
本人に聞いても謙遜するであろうことが目に見えているため、代わりに反対側に座るゼラフィーナに問いかける。
すると彼女は「そうですね、ユニオンランクⅤからが熟練者と言われますから、そこから更に人格と実力を評価されたのがランクⅥ、と言えば伝わりますか?」と首を傾げた。
とにかく、何やら凄いことらしい。
「やるじゃねえか、妹」
「えぇ、まぁ……」
褒められ慣れていないのか、冷静沈着な彼女には珍しく照れているようだった。存外愛らしいところもあるじゃないかと、イオリも思わず口元を緩める。
しかし、その口元は次のメルクラニの言葉でキュッと引き締まることになる。
『それから最後にもう一人。名前を呼ばねばならぬ者が居る』
なぜだかイオリは酷く嫌な予感がした。
『イオリア・クロスフォード!』
案の定だった。イオリのよく知る名前をメルクラニが口にする。その途端、辺りの生徒たちの視線が一斉にイオリに集った。
『おお、そこに居たか。君は居場所が分かりやすくて助かるのう』
生徒たちの視線を追ったのだろうメルクラニにまで見つかり、針の筵だ。迷惑この上ない。こんな晒上げのようなことまでして、一体何の用があるというのか。
『さて、ご存知の通り、君はまだ魔法階梯が決まっていなかったはずじゃな。これは誰もが知るように、君の非常に特殊な生い立ち故、魔導局も慎重に慎重を重ねて検討を進めていたことが理由なのじゃが……』
ウォッホンと、またしてもわざとらしい咳を一つして、メルクラニは言葉を続ける。
『実はつい今朝方、局から正式に魔法階梯決定の通知が届いた』
一瞬、生徒たちがざわめいた。だがイオリには何のことかさっぱりだった。
イオリを置き去りに、尚もメルクラニの話が続く。
『しかし、これは少々……いやかなり特殊な事例で、正直わしも驚いた。前代未聞の措置じゃ。このような事例は一度も聞いたことがない』
随分と回りくどい言い方だ。他の生徒たちのようにすぐに読み上げればよいものを、何故か長ったらしい前置きばかりを並べている。
そんなイオリの心中を察したわけではないのだろうが、メルクラニは『歳をとると話が長くなっていかん』と本題に入った。
『さて、イオリア・クロスフォード。改めて君の魔法階梯を伝えよう。かの者を――ウォッホン。特別例外措置として、第四階梯級に任ずる!』
その瞬間、会場中にどよめきが満ちた。
「第四階梯級!?」
「おいおいマジかよ……」
「じゃあ……これで三人目?」
そんな話声が辺りで飛び交い、好奇に満ちた視線がイオリに集う。混乱するイオリを他所に、メルクラニは更に続けた。
『皆の中には、もしかするとこの決定に不服を抱く物もおるやもしれぬ。だがこれだけはハッキリと言っておこう。これは熟考に熟考を重ねた末の結果であり、何者かの手心が加わったわけではない』
ざわざわとざわつく生徒たちを宥めるようにメルクラニはそう言ったが、もはや誰もそんな話を聞いてなどいなかった。
やがて諦めたように肩をすくめたメルクラニは、最後に申し訳程度に話を締めくくる。
『さて、最後に大事な知らせをしてこの集まりを解散としよう。ユニオンランクⅤ以上の者と、第四階梯級の三名は、この後わしの元へ集まるように。イオリア・クロスフォード、当然君もな』
しかしその言葉を最後まで聞いていたのは僅かな生徒だけで、残りの殆どはイオリの魔法階梯の話題でひっきりなしに騒いでいた。
そんな騒ぎの中心で、好奇の視線に晒されるイオリは、思わず呟いてしまうのだった。
「……俺、またなんかやっちゃいました?」




