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イオリア・クロスフォードの帰還  作者: 一代 半可
第一部 第七階梯の魔人(上)
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【016】学園長メルクラニ

 それからイオリはジュラビーの引く竜車に、しばらくの間ガッコガッコと揺られ続けた。


 そしてナナリーゼの「見えてきましたよ」と言う声を合図に、アルドラーク学園の敷地へと足を踏み入れることとなった。


「でっ……けえ……!」


 天を摩する、とはまさにこの事。空を行き交う竜たちすらも穿ちかねないほどに巨大なアルドラーク学園本棟は、広大な敷地に足を踏み入れた途端にその姿を露わにする。


 西洋の城を思わせる石造りの真っ白な建築物は、その巨大さもさることながら美術品のような美しさも兼ね備えていた。


 遠目に見えていた巨大な城が、まさか学園だとは夢にも思っていなかったイオリはとにかく圧倒されるばかり。


 そんなイオリに捕捉するように、ナナリーゼが言葉を紡ぐ。


「元々は戦争で使われた要塞だったのですが、それを改修して学園にしたそうですよ。ですから中には、その頃の名残があります」


 彼女の豆知識を聴きながら、進んでも進んでも景色が変わらない学園の広大な敷地を進み続け、イオリたちを乗せた竜車はようやく校舎の入り口に辿り着いた。


 竜車降り場と思わしき場所には、イオリたちの他に何台も同じような車が止まっていて、中からは生徒と思わしき者たちが続々と降車している。


 ナナリーゼが始めに言っていた、この場所では誰もがジュラビー便で移動する、と言う言葉を裏付けるには十分すぎる光景だった。


「参りますよお兄様」


「お、おう……」


 人混みの中をスタスタと進む、小さく頼もしい背中を追いかけて、イオリはアルドラーク学園の校舎へと足を踏み入れたのだった。





 元要塞、と言う前情報通り、校舎の中は外見通りの広大な建物だった。


 クーディレリカの街並み同様に、様々な人種が行き交っている校舎内。しかし唯一違う点として、その生徒たち全員が同じ制服を着ていることが挙げられる。


 年齢は様々、人種も性別も様々に見える彼らは、しかし制服のデザインだけはしっかり統一されていた。


 それが彼ら全員が、同じ目的を持ってこの場に集う者たちなのだと見る者に知らしめている。


 そしてイオリもまた、そのうちの一人であると言うことも。


「気付かれる前に行きましょう。お兄様のことが知れれば、彼らが皆お兄様に握手を求めてくることでしょう」


 空港でも聞いた、脅しともつかないナナリーゼの言葉。しかしそれを口にする彼女は至って真剣で、イオリは背筋が凍えるような思いがした。


 ナナリーゼが言っていた、この世界にイオリア・クロスフォードを知らない者は居ないという言葉の意味が、ようやく正しい意味で理解できた気がした。


 そんなイオリをよそに先へと歩みを進めるナナリーゼ。その背中をゼラフィーナ共々追う。人混みの中を掻き分け、長い廊下を進み、古ぼけた石の階段を登る。


 そうして進んでいる途中、広間と思わしき場所に飾られた三枚の肖像画がふと目に入った。


『アルドラーク創設に携わった偉大なる三王』


 肖像画の下にはそう記された記念碑。そしてそれぞれに描かれた人物の名前が刻まれている。


『聖王ケルティラ・エルトランサ』

『獣王オルぺジーク・トラヴァーラ』

そして『魔王――』


「フン」


 最後の一枚にはろくに視線も向けず、イオリはその場を後にした。いちいち見ずとも、そこにいけすかない顔が描かれていることはわかりきっていたから。


 そうして何度目かわからない曲がり角を曲がり、またしても階段を上ったところでようやくナナリーゼが「ここです」と足を止めた。


 そこには、大きく厳かな雰囲気を漂わせる木製の扉があった。


 他の教室のものとは違い、細かな装飾や重厚感が目立つ扉だ。どうやらここが学園長室らしい。


 良いですね、とこちらの返事を求めていない問いかけの後に、ナナリーゼが扉をノックする。


 その直後に扉の向こうから「入りなさい」と言うしわがれた老人の声が聞こえた。すぐさまナナリーゼは「失礼します」と扉を開く。


 重々しく開いた扉の先に広がっていたのは、小学生の頃に職員室で感じたような独特の緊張感。張り詰めた、どこか冷たい空気。やけに広々とした空間で、校長室と言うよりは応接間と言った印象だ。


 部屋に入ってすぐにある大きな本棚には、赤、青、緑と様々な色の背表紙が並び、埃一つなくきれいに整頓されていた。


 表題が読めないものも多いが、『始まりの王たち』や『魔女に連なる禁忌』、『竜のすべて』などと言う表題が読み取れる。


 元々本を読む方ではないイオリですら興味がひかれる表題だ。きっと本好きにはたまらないのだろう。


「来たかね、クロスフォード君」


 そんな事を考えていると、先ほどのしわがれた老人の声が、イオリの――或いはナナリーゼの名前を呼ぶ。声の主に視線を移すと、そこの居たのは巨大な――ヒツジだった。


「学園長先生、お久しぶりです。新たな学期にこうしてまたアルドラークで学べること、嬉しく思います」


 ナナリーゼが仰々しく頭を下げると、学園長と呼ばれた目の前のヒツジがケタケタ笑う。


「最後に会ったのは長期休暇前じゃったか。相変わらず聡明なようでわしも鼻が高いぞ、クロスフォード君。それで……そちらが例の?」


「はい。兄のイオリア・クロスフォードです」


 二人から視線を向けられ、イオリは「……どうも」と一言、おずおずと会釈する。


「初めまして。わしはメルクラニ・カルベルト・ユスティカトル。形式上ではあるが、このアルドラークの学園長を務めておる。どうぞよろしく頼む」


 イオリのそれより幾分も大きい、輪を描くように曲がった二本の白い角。目の焦点が合っているのか合っていないのかわからない、横線のような瞳。馬のように鼻筋は長く、顔は黒の短い毛に覆われている。


 まさに二本足で歩くヒツジだ。獣人なのだろうが、こうして改めて目の前にするとどうしても違和感が拭えない。


 動物に近い見た目をした人間が、あろうことか仰々しい木製の机と椅子に腰かけてしわがれた声で喋っている様は、なんとも筆舌しがたい光景だった。


「学園長先生。本日は兄のご挨拶と、父から預かった荷物を届けに参りました」


 挨拶も早々に、ナナリーゼは空港で受け取ってから肌身離さず持ち続けていた大きな荷物を学園長に差し出す。


 大きめで縦長のアタッシュケースのような鞄を、ナナリーゼはメルクラニの机のそばに置いた。


 するとメルクラニは立ち上がり、「おぉ、来たか。これじゃこれじゃ」と早速受け取った。


「いやな、実はネフェルティアでしか刊行されておらぬ本が幾つかあってな……それを届けてもらう約束をしておったのじゃ。ほれ」


 まじまじと見ていたイオリの視線に気づいてか、メルクラニは鞄の中から本を一冊差し出して見せた。タイトルには『魔人と獣人の歴史(上)』と描かれている。


 そうして中身をパラパラとめくった後、満足げにその本を机に置き直したメルクラニは、「さて、さてさて……」と前置きして話し始めた。


「話は聞いておるよイオリア・クロスフォード君。君はどうやら、色々と知らぬことが多いらしいな。何でも、ネフローゼ山脈の山奥で育ったとか。あそこは確かに、ワシら獣人には魔素が濃すぎる。ワシのような獣人を見るのも初めてかな?」


 不意に問われ言葉が出ず、思わずイオリはコクコクと頷く。ネフローゼとやらは確か、イオリが育ったと言うことになっている場所の名前だったはずだ。


「ふうむ……魔力の制御もまだ覚えておらぬとか。階名はあるのかね?」


 今度は何を問われているのかすらわからず、視線が泳ぐ。すると代わりにナナリーゼが助け舟を出した。


「いえ。魔導局には申請済みですが、どうやら手続きに時間がかかっているようで」


「なるほどのう。確かに、あの"紫炎しえんの魔人"の魔法障壁ゾファリスを破るほどの魔力となれば、難儀もしような」


 紫炎の魔人。また知らない単語だ。思わず眉間に皺が寄ったところで、それに気付いたらしいゼラフィーナがこっそり耳打ちする。


「ウィルゲルド陛下のことです」


「……なるほど」


 つまるところ、イオリが暴走した件も筒抜けと言うわけだ。この老人は一体どこまで知っているのだろうか。


「魔力抵抗のことも聞いておるよ」


 まるでイオリの心を見透かしたように、メルクラニが答えた。思わずイオリの肩が跳ねる。それを見て愉快そうに、ニヤリと笑ったメルクラニは続ける。


「良いかね、イオリア・クロスフォード君。魔力が制御できるようになるまでは、くれぐれもそれを外してはならぬよ。この学舎まなびやは、三つの人種がお互いを知るための場所じゃ。傷つけあうための場所ではない」


「はい、わかりました」


 慣れない敬語で何とか答えると、満足げに頷いたメルクラニは「よろしい」と答えた。


「それでは君を歓迎しよう、イオリア・クロスフォード君。君がお父上やお母上のような、偉大な人物に成長することを楽しみにしておるよ」


 そうして相変わらずどこを見ているのかよくわからない瞳は、イオリが部屋を後にするまで、ずっと彼を見つめ続けていたのだった。

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