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イオリア・クロスフォードの帰還  作者: 一代 半可
第一部 第七階梯の魔人(上)
13/33

【013】旅立ちの朝

 アルドラーク学園入学の日の朝。イオリはその身に学園の制服を纏い、城の敷地内にある広大な庭の中心でポツンと佇んでいた。


「……なぁ妹。今日は学園に行く日なんだよな」


 その右隣には妹、ナナリーゼの姿。やはり彼女もイオリと同じ、学園指定の制服姿だ。


「はい。これから私たちはアルドラーク学園に向かいます」


 肩や袖口、胸元などにゴシック調の銀の刺繍が入った、濃い藍色の制服。ところどころにフリルがあしらわれ、愛らしさを全面に押し出すような服だった。


 その服装は、現実離れした彼女の外見によく似合っていた。


「それから、ナナリーゼですお兄様。そろそろ名前、覚えてください」


 まるで小動物のような愛らしさを身にまとうナナリーゼは、制服を翻して諦め気味にそう続けたが、イオリにとって重要なのはそこではない。


「じゃあ何で……こんなに荷物が山積みなんだ? 引越しでもするのか?」


 イオリにとって重要なのは、今、目の前に広がっている光景の方だ。


 山積みの荷物。そう形容する他ないほど、とにかく大量の荷物が庭に積み上げられている。


 赤や黒、青や緑など色とりどりの箱に詰められた何かが大量に並び、イオリの言葉通り今から引っ越しでも始めるかのようだった。


 そして更に驚くべきは、今もなお使用人たちによってこの荷物の山が積まれて続いていることだ。どうやら目の前のこれらで全てではないらしい。


 その光景に少し引いていると、さも当然と言いたげにナナリーゼは告げた。


「あれは全てお兄様の服ですよ。特注のものを作る時間がなかったので、全て既製品ですが」


 初耳のことに思わずギョッとする。


「俺、こんなに服ばっか要らねえんだけど……ていうか、王様が国民の血税を無駄遣いしていいのかよ」


 すると今度はナナリーゼが、イオリの言葉にむっとしたように告げる。


「富の再分配は王家の勤めの一つです。税金として国民から集めた富を然るべき場所に再分配する。その富を受け取ったものが消費活動を行い、また別の国民へ分配する。そうして富を流動させることが国の発展に繋がるのですよ。王家の購買に、無駄など一つもありません」


 ナナリーゼの説明はいつも小難しい。時には屁理屈のようにも思えるが、それでいて筋が通っている気がするのだから不思議なものだ。


「つったってさ……多すぎだろ、さすがに。服なんか三、四着あれば十分だって。学園の制服だってあるんだしさ」


「魔王候補ともあろうお兄様が毎日同じ服を着ていれば、周りからはネフェルティアの財政難を勘繰られます。そうなればネフェルティアが価値を保証するゼリエの信用も落ちて、経済が傾きますよ。そうなって一番困るのは国民です」


 ゼリエとは確か、この国の通貨だ。


 イオリの服で国が傾く。あんまり大袈裟な理屈をこねるものだから冗談かと思ったが、ナナリーゼの目は笑っていない。どうやらここは笑いどころじゃなかったらしい。


「服ひとつで大袈裟な……」


「大袈裟なものですか。お兄様の一挙手一投足、全てがネフェルティアという国と、そこに住まう国民に影響を与えるのだと御自覚ください。もう、ただの一般人ではないのですよ」


「……ソウデスカ」


 そんなことを言われても、と言うのが本音だった。つい先日までただの庶民として過ごしてきたのだから、今更王族の振る舞いなど出来ようはずもない。


 小難しい話に眉をハの字にして萎れていると、二人の後ろに立つ人物がイオリに助け舟を出してくれた。


「ご安心くださいイオリア様。そのためにこの私、マテュー・ピエルネがおりますので。朝の目覚めから夜の就寝まで、イオリア様の全てを補佐させて頂きます」


 その姿はまるで、翼のないコウモリのよう。細長い腕を器用に畳み、恭しく腰を折る。


 全体的にギザギザとした印象ではあったが物腰は柔らかく、執事服に身を包む彼はその不気味で胡散臭い見た目の割に、随分と紳士的な振る舞いを見せていた。


「彼は十年以上この城に勤めているマテューです。アルドラーク学園での常識はもちろんのこと、王家の振る舞いについても彼から教わってください」


 ナナリーゼが簡単に紹介し、「お任せくださいませ」とマテューが腰を折る。


 ナナリーゼの言葉通り、常識を知らないイオリの補佐役としてこれから彼がイオリの傍に仕えることとなっていた。


「……よろしく」


 これまで一般人として普通の生活をしていたイオリには慣れないことだが、アルドラーク学園に通う貴族や王族たちは従者を連れていることも珍しくないのだという。


 何でも、全寮制であるため不都合を生まないようにする措置……なのだとか。


 そんな理由は知ったことでは無かったが、この制度が今のイオリにとって都合が良いことには違いないだろう。


「それで……結局、この大量の荷物はどうやって運ぶんだ? 学園に持っていくんだろ?」


 視線をマテューから荷物に戻し、今もなお積まれ続けるそれらを眺めていると、ナナリーゼは一度頷いた。


「はいもちろん。空から運びます」


「空?」


 その時、イオリの疑問に答えるかのように空が暗く陰った。


 先ほどまで晴れ渡っていた空が暗く染まり、急に雨雲でも出てきたのかと見上げると、太陽を遮る巨大な影が視界に飛び込んでくる。


「……なん……じゃありゃあ……」


 その姿は、ついこの間見たばかりのワイバーンに酷似していた。


 しかし、その体格はワイバーンと比較にならないほどに巨大だった。


 辺りの大気を掻き回しながら、その巨大生物は四本の足を地に突き立てて着陸する。体高は四メートルを優に越え、全長に至ってはもはやどれほどなのかもわからない大きさだ。


 全身を錆色の鱗で覆われた巨大なその竜は、視界にその体の全てを収めることが出来ないほどに巨大だった。


 ワイバーンの前足は翼に変化し、皮膜が張っていた。しかし目の前の竜は四本の足が揃い、その上でさらに翼まである。似ているが別の生物なのだろう。


 そして恐らく、イオリはその名前を知っている。


 大きくいななく目の前の竜の姿に、その名を思わず口にした。


「……ドラゴンだ」


「ドラ……? お兄様のいた場所では、原竜ケルヌウェンをそう呼ぶのですか?」


 どうやらこちらの世界ではドラゴンのことをそう呼ぶらしい。言語の違いを擦り合わせていると、そこへ次々とワイバーンに跨った兵士たちが舞い降りてきた。


「姫様、お待たせ致しました」


「ご苦労様。荷物の積み込み、お願いします」


 ナナリーゼに頼まれて、彼らは恭しく一礼する。すると庭に積まれた大量の荷物を、竜が引いてきた籠に積み込み始めた。


「まさか……あれに乗るのか?」


 巨大な馬車の車輪だけを無くして、代わりにソリを付けたような籠だった。


 騎士たちが荷物を次々運び込む姿を眺めながら「お兄様のいた場所では乗らないのですか?」とナナリーゼは心底不思議そうに首を捻っていた。


「乗るっつうか……そもそも空想上の生物っつうか……」


 イオリの説明もそこそこに、ナナリーゼはやがて「そちらは陛下から学園長への贈り物です。丁寧に」と言いながら、従者たちの元へと行ってしまう。


 気づけばマテューと二人、この場に取り残されることとなってしまった。


 居た堪れず、チラリとドラゴンの顔を盗み見る。何故かドラゴンと目が合って、ぐるぐると喉を鳴らされる。


 あんな巨体に襲われては敵わんとイオリが視線を逸らすと、丁度城の方から「お待たせ致しましたイオリ様!」と、聞き慣れた声音が聞こえてきた。


「申し訳ありません。着替えに手間取ってしまって……」


 声の主はゼラフィーナだ。従者も付けず、荷物らしい荷物は小脇に抱えた鞄一つ。服だらけのイオリとはえらい違いだった。


 そんな彼女の服装はやはり学園の制服なのだが……ナナリーゼの時はただただ愛らしさを振りまくだけだった制服も、ゼラフィーナが身にまとうとシックな上品さが漂い始めるのだから不思議なものだ。


 端的に言えば、非常によく似合っていた。


「制服、似合ってる」


「あ、ありがとう、ございます……イオリ様も素敵です」


 感想をそのまま口にすると、ゼラフィーナはごにょごにょと、尻すぼみになっていきながら言葉を紡いだ。


 頬が紅く見えるのは、日差しのせいだけではないのだろう。


「こほん。ドラゴンも丁度来たところです、時間通りですね」


 マテューがわざとらしく咳払いしてそう告げると、ゼラフィーナはハッとして視線を右往左往させていた。


「あ、それから……見送り、だそうですよイオリ様」


「見送り?」


 そう言ってゼラフィーナは城の方に視線を向けた。それを追って顔を向けると、そこにあったのは今一番見たくない顔だった。


「……あのクソ野郎……!」


 魔王だ。魔王が城の入り口辺りから、こちらの様子をじっと伺っていた。


「ケッ、今更父親ヅラかよ」


 苛立って、吐き捨てる。そしてそれを無視するように、イオリはゼラフィーナの鞄を引ったくった。


「あっ、イオリ様……!?」


「行こうぜ」


「ああっ、イオリ様! 駄目ですそんな、私の荷物をお持ち頂くなんて……!」


 ゼラフィーナの悲鳴のような声が後ろから聞こえたが、振り返る気にはなれなかった。今振り返れば間違いなく、魔王の姿が視界に入るから。


 その頃丁度ナナリーゼの準備も整ったらしく、「参りましょうかお兄様」と言う彼女の声を合図に、イオリは後ろの籠へと乗り込んだのだった。


「何かありましたか?」


「別に。クソ野郎が見送りだとよ」


「えっ……?」


 イオリが親指だけで城の入り口を指すと、ナナリーゼはそちらに視線を向けた。


 そして釘付けになったかのようにじっと、魔王の姿を見つめ続けていた。


 そんなナナリーゼに気付かないまま、イオリもまた窓の外をじっと眺める。窓の外では兵士たちがせかせかと駆け回り、出発の準備をしているようだった。


「参りましょう姫様」


 ゼラフィーナとマテューが乗り込んだところで、マテューがそう声をかけるとようやくナナリーゼは「えぇ……行きましょう」と返事する。


 全ての荷物を積み終え、準備が整ったことを確認するように、ドラゴンがまた大きくいななく。


 そして背中に生える翼を羽ばたかせ、その体を浮かび上がらせた。


 向かう先はアルドラーク。未知と波乱の待つ学園都市だ。籠の中に大量の荷物と少しばかりの人間を詰め込んで、大翼は彼らを空へ連れ出した。

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