【001】青と白のコントラスト
母の身体を炎が焦がし、白い煙が天に昇る。あの日の空は、澄み渡るような快晴だった。
鼻の奥に燻る灰の匂いと、肌を焼く初夏の日差し。涙の枯れた瞳で見上げる、青と白のコントラスト。母の葬儀から早二年。あの日の記憶は、未だ伊織の脳裏に色濃く塗り付けられたままだった。
あの日、父はとうとう姿を現さなかった。
母の葬儀の日だけではない。イオリが近くの学校へ編入した時も、その学校を卒業した時も、母が過労で倒れた時も、その母が息を引き取った時でさえも。
伊織の父は、伊織が覚えている間一度たりとも姿を見せず、母は父を待ち続けてこの世を去った。
『きっとお父さんが迎えに来てくれるから』
今際の際に母が言い残した言葉は、今も伊織の耳に残響する。
来ないんだよ、母さん。来なかったんだよ。
伊織の声は、記憶の底で微笑む母には届かない。
伊織はあの日、天涯孤独の身になった。
ただ憎かった。母を見捨てた父も、弱っていく母を見守ることしかできなかった無力な自分も。
もし自分に力があれば、こんな結末は避けられたはずなのに。握りしめた拳には、母を救えるだけの力すら掴めていない。
力が欲しかった。泣いてばかりの弱さを捨てて、誰にも頼らず生きていけるだけの力が。
誓いを握りしめたあの日の、嫌みなほどに澄み渡った空の色を、伊織は今も忘れることが出来ないでいた。