型の意味
「もうお前の練習にこの木人じゃ駄目だな。これは丸太を立てているだけだから、面打ちで割れてしまう。もうロキにとっては薪割りと一緒だ」
ベンダーは弘樹が割った木人を見て言った。
「そうですね。でも袈裟切りなら流石に割れないので、それ限定でやります」
弘樹は答えた。木目に対して垂直に当たらない袈裟斬りで割るほどの実力はまだ無い。そこは自信がある。
「それじゃ練習にならないだろ。面打ちは丸太を横に寝かせて打つか・・・それとも木目を工夫して新しい木人を作るか、なんにせよ考えてみないとな」
ベンダーは顎に手を当てて考えた。困ったような口ぶりだが、顔は楽しそうだ。根っからモノ作りが好きなのだろう。
「はい。私も何か考えてみます」
弘樹が答える。
「そうだな。枝打ちはもういいから、今日は斧を教えてやろう。それで新しい木人を一緒に開発するか。『木人割りのロキ監修の打ち込み用具』って、けっこう受けるかもしれない」
ベンダーが満足そうに言った。
「木人割りって・・・これぐらいベンダーさんもウォール隊長も出来ますよね?」
弘樹は滅相も無いという顔で抗議する。
「そりゃできるが、俺たちはそこそこの地位にいるからな。下級傭兵なのに正規軍隊長クラスのことをやらかしたヤツの方がインパクトあるだろ。だから、広告塔は、お前の方が面白いんだ」
「広告塔って・・・」
ロキは呆れつつも感心した。この男はモノ作りが好きなだけでなく商魂逞しい。そして人を見て、人を立て、人を育てる能力に長けている。根っからの工房長だ。
この父に比較したら、ミヅキが自分は工房を継ぐ器じゃないと自覚するのも無理はない。
(でも、それはキミの才能が無いんじゃない。競う相手が悪すぎるんだ)
弘樹は、いつかそのことをミヅキに伝えてやろうと思った。でもそれは今じゃない。自分で考えて歩み始めた道を歩むのも大事なことだ。そこは見守ろうと。
「あっ、そう言えば朝練だったな。すまん」
弘樹がミヅキに対して父親のようなことを考えていると、実の父親はアッケラカンと謝罪した。
「そうだったね。あんまり凄いから忘れてた」
ミヅキもカラカラと笑う。
「うん。そうだ。木人は一度置いておいて、ロキもミヅキと一緒に棒術をやろう。これはお前の為にもなるぞ」
ベンダーが提案する。
「私の為ですか?棒はまったくの素人ですが・・・」
「やれば分かる。ミヅキ!ロキに基本の型を教えてやってくれ。そうだな・・・上段、突き、左右の薙ぎの4つでいい。それが出来たら限定組手だ。教えるのも練習だぞ。30分したら戻る」
そう言うとベンダーは工房の方の消えて行った。
まだ朝は早いので周りには誰もいない。
弘樹とミヅキの二人だけが残された訓練場は、やたらに広く感じられた。
「きっと図面引きに行ってるんですよ。新しい木人の。たぶん何か思いついたんだろうな。いつもこうなんです」
ミヅキが呆れたように言った。
「凄いお父さんですね」
弘樹が言う。お世辞ではない。
「ありがとうございます。父はああなので、放っておいてやりましょう!」
弘樹はミヅキから、ベンダーに言われた4つの攻撃の型を習う。続いて、その攻撃を受けた時の防御の型を習った。
「防御方法までカッチリ決まってるんですね。この通りに受けないと何かリスクがあるんですか?」
弘樹が質問した。攻撃一つ一つに防御方法が決まっているのが、少々堅苦しく感じたからだ。
「何も無いですよ。これは予測の訓練の為に決まってるだけですから」
ミヅキは端的に答えた。
「予測?」
「はい。ただ攻撃を躱すだけなら、バックステップすればだいたい躱せます」
「ですよね」
ミヅキは弘樹が感じた疑問に対して、ど真ん中の回答をした。
「実戦ではそれでかまいません。でも訓練でそれをやると防御が上手くならないんです」
「なるほど」
弘樹は少し頭を整理する。そして次の質問を考えた。ミヅキは聞きたい答えがポンポン帰ってくるのが心地いい。
「バックステップは、正確な攻撃の種類を予測しなくても、タイミングだけ読めれば躱せてしまうから、予測が鍛えられない?」
「その通りです!」
弘樹は概ね理解した。防御は基本的に攻撃が来てから動いても間に合わない。攻撃が来る前に予測して動く必要がある。その予測を意識して訓練する為の型なのだろう。
例えば突きに対する防御をすれば、結果として上段の攻撃を躱せてしまう場合がある。
しかし『これは突きに対する防御』と決めておけば、躱せたのは偶然で、予測は外れたと認識できる。その方が防御の訓練になるということだろう。
「納得しました。型って色んな意味があるんですね」
弘樹は、レイドックを思い出していた。彼は型の意味を質問したら『いいからやれ!』しか言わなかった。いや、言えなかったのだろう。
「ですね。でも古い型ほど、意味が失伝してる場合があります。意味が失伝すると、次第に型そのものも変質している場合があるので、型の盲信も危険です。だから今のロキさんの質問は、凄く良い質問です」
やはり、考えていたことを読んだような明確な説明が返って来る。一瞬、弘樹にはミヅキが武術の師範のように見えた。
「あっ、これ、全部父の受け売りですよ。私はポンコツですから!」
師範は一瞬にして少女に戻った。
弘樹は彼女の笑顔に咄嗟に反応出来ず、ただ、照れ笑いをした。