刃筋
ベンダーの工房に通い出して3日目の朝。
弘樹が出勤すると訓練場に向かうベンダーとミヅキに会った。
「凄い!本当に鎧着て走るんですね!ここまでそれで来てるんですか?」
ミヅキが興奮気味に尋ねる。
「今日からです。作業にも慣れて来たので出来るかなと。それに走った方が早いですし」
「寄宿舎からは、それでどれぐらいかかる?」
ベンダーが聞いた。
「30分ぐらいです。歩けば1時間ぐらい」
実際には弘樹は『分』『時間』という単位を、この世界のものに変換して答えた。当初は時間、長さ、重さの単位が異なることに苦労したが、もうすっかり慣れた。
「ほぅ!速いな」
「速すぎですよ!」
ベンダーとミヅキが同時に感嘆の声を上げる。
「ありがとうございます。しかし、二人とも早いですね。朝練ですか?」
弘樹は照れくさくて話題を変えた。まだ始業にはかなり時間がある。時々朝練をしているというのはミヅキから聞いていた。
「そうです!一緒にやりませんか?」
ミヅキが誘う。ベンダーも頷く。
「お邪魔でなければ」
弘樹は好意に甘えることにした。そもそも早めに来て、始業まで訓練場を使わせて貰えないか頼むつもりだったので、断る理由はない。
「まず、お前の普段やってる練習見せて貰っていいか?」
訓練場に着いたらベンダーが弘樹に言う。
「見たいです!」
とミヅキ。
「いいですけど・・私のはかなり特殊なのでミヅキさんは見ない方がいいかと。『見ると下手が移る』と言われたこともありまして。。」
弘樹は躊躇した。
「大丈夫!私、もう何度も見たことありますよ!」
「へっ?」
ミヅキの言葉に弘樹はポカンとする。
「だって、定期的に訓練場に備品納品に行きますから。私だけじゃなく、けっこう遠巻きに見学してる人いますよ。ロキさん有名人ですから」
そういうことか。と、弘樹は納得した。ミヅキが初対面の時から妙に距離が近い気がしたのは、そもそも彼女からしたら初対面じゃなかったのだ。
「有名・・・まぁ珍しがられてはいますね。随分笑われてます」
弘樹は練習を始めた頃気になった周りの失笑や、レイドックの嘲りを思い出していた。
「なんだ。気づいてないのか」
ベンダーが呆れたような顔をした。
「お前、もう、みんな黙らせてるぞ」
そう言ってベンダーは娘の顔を見た。
「そうです。もう誰も笑ってないですよ。確かに最初は笑って見ている失礼な人達もいましたが、今は本当に見学されてます。昨日なんかこっそりマネしてる人いましたよ」
ミヅキが続けた。あまり実感は湧かないが、彼女とベンダーが嘘を言ってるとも思えない。
「そうなんですか?あまり実感無いですね・・・」
弘樹はとりあえず、思ったことだけを口にした。
「まぁ、必死にやってる本人はそんなもんだろうな。というワケだから、気にせず思いっきりやって見せてくれ」
ベンダーは弘樹の背中を叩く。
「わかりました!」
まだ実感は無いが、とりあえずミヅキに見せて良いことだけは分かった。
弘樹は、気持ちを切り替えて、木人に向かって木剣を構える。
ベンダーとの試合で使ったのと同じ特製の剣なので、折れる心配はない。思いっきりやってみよう。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ」
猿叫の気合と共に駆け出す。
初動だけ甲冑がシャンと鳴り、無音のまま瞬時に木人までたどり着く。
木剣を振り下ろす。
再び甲冑がシャンと鈴のような音を鳴らす。
「!」
その瞬間、弘樹は不思議な間隔に襲われた。
肩、肘、手首、剣先が、パズルのピースが合わさるようにカチッと嵌るような感じ。
カツーーーーーン
打ち込んだ際、今までに体験したことの無い、甲高い音が響き渡った。
「あっ」
弘樹はその場で立ち尽くした。
そして目を閉じた。
頭の中で、繰り返し今の動きを反芻する。
「すみません。もう1回やります」
「おう」
やり直しを宣言した弘樹に、ベンダーは満足そうに頷く。
ミヅキは何がおこったか分からずキョロキョロした。
弘樹は再び構えを取った。
そして宣言した。
「100連撃やります!」
「おう!やってみろ!」
大きく息を吐きだす弘樹。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
気合と共に瞬く間に木人との距離を詰め、連撃を始める。
いつもなら面打ち、袈裟切りを散らして打ち込む弘樹だが、今回は面打ちに集中しているようだ。
「掴んだな」
ベンダーが言った。
「何が?」
ミヅキが質問をする。
「枝打ちだよ」
「枝打ち?」
「ああ。アイツに枝打ちをさせた理由は二つ。一つは刃筋を立てること。力任せに打つのではなく、切れる角度を見極めて刃を入れる」
「もう一つは?」
「急所を見極めること。物には切れやすい目がある。そこを正確に狙う。この二つが出来れば『打つ』ではなく『切る』になる」
「切る!確かに切っているみたい」
ミヅキは弘樹の打ち込みを注視した。気が付けば木人の撃たれている部分に亀裂ができ始めている。
その亀裂は一撃ごとに大きくなっていった。
「あいつは今まで打つことしか出来なかった。だからオレは受け止めることが出来た。しかし切ることが出来ればガードは困難になる。ガードすら切り裂いてしまうのがアイツの理想形だよ」
そうベンダーが言い終わるや否や。
「ひゃあぁくぅーーーー!」
弘樹はそう叫んで打ち込んだ。
木人は見事に両断された。