資格
ベンダーの工房は植林もやっている。弘樹に任されたのはその木材用樹木の枝打ちだ。
伸びすぎた枝を適度に落としてやることで、幹の成長を促す。また、増えすぎた枝葉が日照を阻害することを防ぐ。
作業は単純で、指示された枝を鉈で落としていくのだが、これがなかなか難しい。
「いや、始めてにしては上手いですよ!流石です!」
弘樹の指導係になったミヅキはベンダーの娘。父親に似てハキハキしており、若いのに褒め上手だ。
「そんなことないでしょ。ミヅキさんみたいにスパっと切れない」
実際、彼女は一振りでスパスパと枝を切り落としているのに、弘樹は2、3回鉈を振ることが多い。
「だって私10歳の頃からやってますから、もうキャリア5年です」
「10歳からこんなゴツイ刃物使ってたんですか?」
弘樹は鉈を見て言う。刃も厚いしかなりの重さがある。軍用品の短剣と変わらない、もしくはそれ以上の殺傷力のある武器と言える。
「鉈は9歳から使ってましたよ。薪割りで」
ミヅキは平然と言った。
「9歳で薪割りですか・・・それはベンダーさんの教育ですか?」
「いや、色々私がやりたがったみたいです。小さい頃から工房で遊んでたんで」
「エリートですね。凄いな」
弘樹はまじまじとミヅキを見た。
何もしていなければ女性らしい適度に丸みのある腕なのだが、鉈で枝を落とす瞬間は前腕の筋肉の線がクッキリと出る。また、その瞬間は半袖シャツから覗く上腕も二頭筋と三頭筋がバランス良く伺える。
肩、背中ともに良い筋肉が付いているのが、衣服越しにも想像できる。
「良い筋肉してる」
弘樹が思わず呟いたので、ミヅキは視線に気が付いた。
「ありがとうございます!ロキさんは女子が筋肉つけるの有りですか?」
そう言ってミヅキは、半袖シャツを肩まで捲り、三角筋、二頭筋、三頭筋を誇示して見せた。
「有りです。凄い。よく鍛えられてる」
弘樹は素直に感心した。触れてみたいと思ったが、流石に口には出さなかった。男女の距離感、マナー、デリカシーは、この世界も地球とあまり変わらないようだから。
「やったー!」
そんな弘樹の内心をよそに、ミヅキは素直に喜んだ。
「私、王立軍に入りたいんですよ」
「へっ?なんでまた?」
弘樹は間抜けな声を出した。彼女は体力があるのは分かるが、兵士向きの性格ではないなで意外だったからだ。
「あっ戦闘部隊じゃないですよ。救護隊の方です」
「ああ、そっちか」
日本でも自衛隊が災害救助に当たるように、この国の軍隊もそういう役割を持っている。むしろ日本より幅が広く、消防隊、レスキュー隊の役割も王立軍が担っているのだ。
「どう思います?」
ミヅキは軽い雑談のノリで話している体だが、目はわりと真剣に見える。
「いいと思います。でも、工房は継がないんですか?」
「私、こうして山に来て体動かしてる方が合ってるんですよね。。もちろん、工房も嫌いではないですけど、今いる職人さんで凄い人達がいっぱいいるから、私じゃなくてもいいかなって」
ミヅキは少し寂しそうに言った。
「なるほど」
彼女のことだ。おそらく、工房の仕事も相当努力はしているんだろう。それは腕や手を見れば分かる。その上での判断であれば、適当なことは言えないなと弘樹は考えた。
「確かに、救護隊にミヅキさんみたいな女性がいたら、子供は安心するでしょうね」
しばらく考えた末、弘樹は不向きではなく、向きの話に絞って回答した。
どうしても『自分じゃなくてもいい』の部分は肯定したくなかったからだ。
「ホントですか!?嬉しいです!」
ミヅキの表情がパッと明るくなった。
「ロキさんは正規軍編入はしないんですか?そのぐらいの腕はあるって父も言ってましたが」
しばらく自分の話をしたからか、ミヅキはロキの話題に変えた。なかなか気遣いに長けた子だ。
「正規軍は、あまり興味無いですね。動きにくいので」
これは本心だ。弘樹がやりたいことは出世でも、魔王軍の殲滅でもない。
「では何か他に目標とかあるんですか?」
ミヅキは当たり前のように聞く。暗に弘樹が今の所で燻る人間ではないと認めてくれているようだ。それが心地よかったので弘樹は口が軽くなる。
「傭兵の特級ランクを取ろうと思います。そうすれば単独で地下要塞に入る許可が出るので」
「凄い!」
ミヅキは目をパチクリさせた。
それだけ目指す者が少ない道だ。
魔王が本当に悪なのか?実は善なのか?
ロキという青年の存在はこの戦争に関与するのか?それとも単に魔王の私的なことなのか?
結局考えても分からない。ならば合って話そう。
その為には今の初級ランクでは駄目だ。どこかの部隊の指揮下に入らなければいけないから、自由に動けない。
傭兵が地下要塞内を自由に動く為のランクが特級だ。だからまず、この資格を取ってしまおう。
それが今考えられる弘樹の目標だった。