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士気

 弘樹は勢いよく飛び出した。

「いやあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 岩蜥蜴の前脚に左右の袈裟斬りを繰り出す。

 狙いは鱗。深々とは打ち込まず表面の鱗だけを切ることに専念する。

 最初の数激こそ刃を弾き返すような衝撃があるものの、深さと刃筋が合ってくると徐々に鱗の破片が飛び散っていく。


「次行きます!」

 弘樹は、岩蜥蜴の後ろ脚に移動した。

それに替わるように槍を持ったザードが駆け込んでくる。

「そらっ!」

 助走の勢いをつけて、鱗が弱くなった部分に槍を突き立てる。

 そして、二度三度同じ場所を抉るように刺し、最後はあえて槍を抜かずに退避した。

 槍が刺さるという事実、そして刺す深さの目安を選抜隊に見せる為だ。


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 岩蜥蜴は槍が刺された前脚を振り回す。


「この要領だ!」

 一旦小道に戻り、新たな槍を受け取りながら選抜隊にそう告げる。


「了解!出ます!」

 レイドックは走り出した。

 弘樹に倣い、脚の1本に駆け寄る。

「合わせて!」

 ムスクスが合図を送り、弓矢が一斉に放たれた。そのやが岩蜥蜴の眼前で弾けて撹乱をする。

 その隙に斬激を繰り出すレイドック。弘樹ほどではないが、徐々に鱗が削れ出す。

「任せろ!」

 頃合いを見てアイレンが走り込んで来た。それを見てレイドックが退く。

「ふんっ!」

 槍を一突き。そして、抉るように引き抜いた。駄目押しで傷口周囲を数度切りつけ、突き刺して待避する。

 傷口からジワジワと血がにじみ、やがてダラダラと垂れてくる。

 

「やっぱりアイレンが一番分かってるな」

 選抜隊が次々に出動した頃合いを見計らって、一旦弓部隊まで待避したザードが言った。

 所々で歓声が上がる。他の隊員達も次々に槍を突き立てることに成功していた。

 岩蜥蜴は反撃しようとするも、ムスクス隊の弓が煩くて有効打は出せていない。

 初動がハマり、士気が高まっていくのが、遠目にも分かる。


 しかし、ザードの表情は冴えなかった。

 次々と槍を突き立てては、退避を繰り返す隊員たちを見て、それは苛立ちに変わっていった。

「アイレンだけだな・・・」

 彼はもう一度呟く。

「もう一度自分が出ます!」

 弘樹が言った。

「いや、いずれそうなるが、まだ休んでいてくれ」

 戦況が悪化した時、立て直すのは自分と弘樹しか出来ない。そして、かなりの確率で戦況は悪化する。ザードはそう読んでいた。


「上手く行っているように見えますが?」

 苛立つザード達にムスクスが疑問を投げかけた。

「アレに攻撃が効いているように見えますか?」

 ザードが問い返す。

「かなり嫌がっているように見えますが」

 実際、当初は弘樹の渾身の打ち込みすら無視する装甲を持つ岩蜥蜴が、選抜隊の攻撃を受けて苛立っていた。

 煩い隊員を踏みつぶそうとしても、巨体故に一度に上げられる脚は1本だけ。地に着いている他の脚にワラワラと群がってくる。

 尻尾の一撃を食らわそうにも、体勢を変えようとすると鼻先にパチパチと火花が散って集中を削がれる。

 咆哮を上げるも、ムスクスの魔法結界の支援を受けているので、気絶はおろか怯む者すら誰もいない。

 岩蜥蜴は悔しさを滲ませるような地団太を踏んだ。

 この一見翻弄している様子に、隊員達の士気は益々上がっていった。


「嫌がっているだけです」

 ザードは沸き上がる隊員達を、苦々しく見ながら言い放つ。

「あっ!」

 ムスクスも気がついた。

「苛立ってはいるが、動きは全く鈍っていないでしょ?あんなデカイやつの脚の表面をいくら切っても、致命傷にはなりません。失血死させないと・・・」

 ザードが答え合わせのように言う。現状の出血量はかなり少ない。


「アイレンさんの他は、ただ槍を刺しているだけですね。一突きしてすぐ離脱しています」

 ザードは頷いた。

「反撃が予想される場所は、一瞬でも早く立ち去りたいのが心理ですからね。。」

 だから一旦は任せてみた。突き刺せば成功とした方がハードルが低く、成功が積み重なりやすい。逆に、大量出血を持って成功とすると、失敗が積み重なってしまう。

 強大な敵に打ち勝つには成功が必要だ。そうでないと恐怖で体が動かなくなる。

 その集団心理に関してはザードの読み通りだった。

 誤算は岩蜥蜴の傷を塞ぐ能力が予想以上に高かったことだ。


 随分と攻撃が成功しているようで、岩蜥蜴の動きは全く鈍っていない。逆に隊員達に、ちらほらと疲労が見え始める。こんなに攻撃が当たっているのに、まったく相手が弱らない現状に気付き始めてきたのかもしれない。

「ロッキー、作戦を変えよう!」

 ザードが提案したその時だ。

 岩蜥蜴の巨体が宙に舞った。


(あの巨体で跳ぶのか?!)

 多くの者があっけに取られて、言葉を失う。そして、動きも硬直する。


 岩蜥蜴はバシャッと液体的な音を立てて落下した。相当な体重である。脚と尻尾だけでは落下の衝撃を支えられず、腹打ちもしているのだろう。

 しかし、蜥蜴はそれを気にも止めない。むしろ狙い通りといった感じだった。その巨体の下には何人もの隊員が下敷きになったのだから。。


 この避難所防衛作戦が始まってから、初めての死者が出た。

 まだ正確には生死を確認できていないが、あの下敷きになっては、どう考えても生きている見込みがないことは誰でも分かった。

 しかし、悲嘆にくれる暇は無かった。

 岩蜥蜴は尻尾を近くの建物に叩きつけた。衝撃で瓦礫が飛び散る。数キロはあるような柱や瓦礫がゴミのように宙を舞い、そして落下する。


「うあぁぁぁぁぁ」

 少し前までの歓声、鬨の声とは打って変わって、悲鳴が響き渡った。

 その一番混乱が大きそうな一団に向かって、岩蜥蜴は突進をする。そして、自身の体ごと壁に叩きつけた。ここでも数名が挟まれて圧死する。


「やばいぞ!」

「一旦引け!」

「うわぁぁぁぁぁ!」

 もうその場に踏みとどまろうという者はいなかった。みな散り散りに退散を始める。


「最悪だ・・」

 ザードが、一番見たくないものを眼にした。それは、やがて他の隊員たちも目にするだろう。


 圧死したと思われる隊員の亡骸を、岩蜥蜴は捕食しはじめた。


 こうなるともう、士気はかけらも残っていない。一時の成功でごまかされていた恐怖が蘇り、心を覆ってしまう。

「ロッキー!出るぞ!」

 ザードはそう言うと、月光ー群雲を手に取り、鞘から抜いた。そして地面の砂利を何度も切り付ける。

「何してるんですか?!」

 弘樹が聞く。

「刃こぼれを作っている。こういう刃で切られた方が傷口が広がるからな」

「なるほど!」

 弘樹もそれに倣う。

「いいか!幸い鱗を剥がしている箇所はあちこちにある。そこを切りまくろう。切っては動く。それだけだ!」

「はい!」

 弘樹は気合のような返事をして駆け出した。


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