メソッド
面接試験の帰り際、ハーバーが弘樹に言った。
「あなたに取って悪いようにはしません。どうか、力を貸してください」
この言葉がずっと弘樹の耳に残っている。
(これは、どういう意味だろう?)
単なる社交辞令的なもので、さほど意味は無いのかもしれない。
しかし、その言葉が発しられたのは、ちょうど弘樹が思案していたタイミングだった。
(魔王を討伐したら自分は元の世界に戻れるのだろうか?)と。
そして、ハーバーはその言葉を、ザードと弘樹にではなく、弘樹だけに言った。
やはりハーバーは、この転移について何か知っているのではないか?
(悩むぐらいなら、聞けば良かったかな・・)
後悔したが、もう遅い。一国の大臣と特級とはいえ1人の傭兵では、会う機会はそうそう無い。
ただ、逆に言えば、弘樹が1傭兵を越える働きをすれば、また機会はあるかもしれない。そして、総力戦となれば、魔王に直接まみえる可能性もある。
戦場で魔王に相対すること、これがどれだけ危険で、無謀で、非現実的かは頭では分かる。しかし、どうもそれが無謀には感じられない。
やはり、最初に会った印象が拭えないのだろう。
(なんにせよ、与えられた役割を果たそう)
そう思い弘樹は、ベンダーの工房の訓練場に向かった。
先程まで合格の祝勝会で随分食べたので腹は苦しいが、道のりは一時間ほどある。歩いているうちに、こなれて来るだろう。
「こんな時でも鎧着て歩くの?」
隣を歩くミヅキが聞いた。ベンダーは、ザードの事業計画作成を手伝うとのことで、会場に残っている。
「そのつもりは無かったんだけど、ちょっと確かめたいことがあってね」
弘樹が答えた。祝勝会の席で『もう、お互い敬語で話すのやめたら?』とザードに促された。一瞬躊躇する弘樹に対して、『お前が敬語で話していると、オレがミヅキちゃんと砕けて話しにくいだろ。迷惑なんだよ』と、目上の立場を利用して背中を押すザード。この男は相手の性格や心理を読んで様々なリードをする。弘樹は素直に背中を押されることにした。自分でもカタいと思いつつ、敬語の止め時を失っていたからだ。
最初はお互い少しギクシャクしたが、互いが望んでいたことでもあるので、じきに慣れた。
「確かめたいことって?」
フランクな会話に慣れると、今まで以上にミヅキの会話が途切れなくなる。
「オレの剣術を指導してほしいって依頼を受けてさ」
「すごいじゃない」
「うん。すごいこと頼まれちゃったから、ちゃんと準備しようと思ってさ。どう教えるか考えようかと」
「プレッシャー?」
「それは当然あるけど、こういうの考えるの嫌いじゃないんだ。自分の頭も整理できるし」
「らしいね」
話している言葉数は圧倒的に弘樹の方が多いのだが、全てミヅキから引き出されている。
また、並んで歩いているという状況も、話しやすさに一役買っている。声からするに彼女は今笑顔かもしれない。おそらく笑顔だ。向かい合って目を見たらこんなには話せないだろう。
(いずれ元の世界に戻る身だから、あまり好意を持っちゃいけないんだけどな)
そういう言い訳の元、弘樹はミヅキに対しては一定の距離を取っていた。しかし、ザードによりその距離が急に壊され、平静を装っているものの内心綱渡りだった。
とにかく、自分が一番ブレないものに関して話そうと弘樹は考えた。
「聞き流してくれて構わないんだけど、少し喋って良い?」
「謙虚すぎるよ!ちゃんと聞いてるって」
ミヅキがケラケラ笑う
「いや、頭の整理の為に、自分が指導しようと思うことを口に出したいだけなんだ。たぶん、つまらない話になる」
「ンなことないでしょ。ロキのトレーニングメソッドなんて、今、聞きたい人は山ほどいると思うよ」
「トレーニングメソッドか・・・」
弘樹はそれだけ言うと黙る。ミシッ、ミシッっと、土を踏みしめる音が響き渡った。枯葉を多く含む湿った土だ。会話が止まると急にその土の匂いが鼻の奥に当たり、虫の声が聴こえ、頬を擦る風を感じた。
「あれ?私、何か変なこと言った?」
少し不安そうな声になるミヅキ。
「あっ、いや、そうじゃない!ごめん」
慌てる弘樹。
「別に謝らなくていいけど・・」
「いや、ごめん。『トレーニングメソッド』というのが、あまりにしっくり来たからさ、なんかイメージが出来たんだ。それを考えてた」
「何が違うの?」
弘樹がそれまでに考えていたものと、『トレーニングメソッド』という言葉の何が違うのか?そういう意図でミヅキは質問した。随分言葉を端折っても通じるぐらい、互いの距離が縮まっている。
「うん。オレは『自分の剣術』を教えようとしていたんだ。でも、それには少し抵抗があったんだよね」
「なんで?」
「自分自身が見様見真似だから。オレがやってるのは、元は『示現流』って剣術なんだけど、人に教えるほどのレベルじゃないし、そもそも正しく出来ているかも、かなり怪しい。だから、オレが『示現流』を教えていいものか?って」
「でも、それで結果出したから、教えてって言われたんでしょ?」
「そうなんだよ。単純な理屈だった」
弘樹は横を歩くミヅキを見た。それに気づいてミヅキも首を横に向ける。
目が合うと弘樹は『あざっす!』と頭を下げた。
まだ不思議そうな顔をするミヅキ。
「別に剣術を教える必要は無かったんだ。こういう訓練をしたら、オレぐらいにはなるよってこと、つまり『トレーニングメソッド』を教えりゃいい。そして、求められてるのも、それだった」
「あ、そういうことか」
ここで納得したミヅキ。
「鎧を着て歩いて走って基礎体力をつけ、鎧に慣れ、木人を打ち込み上段に磨きをかけ、枝打ちで刃筋を立てる。そして、棒術で防御の訓練をする。なにしろ自分は攻撃は上段しかしないから、それ同士で試合をしてもバリエーションが少なすぎて汎用性が低いからね・・・って、こういうのを教えればいいんだ」
そこまで話して弘樹はまたミヅキを見た。
「どうしたの?」
見返すミヅキ。
「工房の訓練所で、教えること色々整理するつもりだったんだけど、もう出来ちゃった」
「早っ!」
「どうしようかな・・・」
と言いつつも、工房への歩みを止めない二人。
「帰るの?」
とミヅキ。
「いや、暗いし、とりあえず工房までは送っていくよ」
と弘樹。
「悪いけど、お言葉に甘えます。一応女子なので。お茶と焼き菓子ぐらいは出せるので、着いたら少し休んでいってね」
「ありがとう。確かに肉ばかり山ほど食べたから、甘いものが食べたいかも」
「ホント、あの人達よく食べるよね」
間もなく工房に着く。いや、実際はかなりの時間歩いていたのだが、体感時間は異様に短かった。