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ロキと魔王

 目が覚めると、いつもの弘樹の部屋では無かった。

 木枠のベッドに布団を敷いたような寝具で、周りにも同様なベッドが数台あり、様々な人達が寝ていた。

 彼らに共通するのは、だれも健康には見えないこと。それも病気というよりは外傷者が多い。

 どうもここは病院の大部屋のようだ。

 弘樹は起きようとしたが、看護師らしき人が入室してきたので、一旦目を閉じて寝たふりをした。

 あの老人の言う通りなら、この体の男の記憶がたどれるはずだ。

 人と話すには、ある程度の基礎知識と心の準備が必要だ。


 名前は?

 ロキ・ターキーと言うらしい。フルネームが韻を踏んだような名前なので、縮めてロックとかロッキーというアダ名で呼ばれることが多い。


 ん?


 高木弘樹、弘樹高木、ヒロキ・タカギ、ロキ・ターキー。。。あの爺さん、駄洒落でオレを選んだのか??


 まぁ、いいや。

 弘樹は思いなおして記憶を探る。

 年齢、17歳。

 性別、男。

 家族構成、孤児。それも戦災孤児?!

 職業、傭兵?!

 ということは、今は戦時中?そして、ここは野戦病院とか?

 生きるだけでいいとあの老人は言ったが・・・生きること自体が難しい世界なのでは?!


 つい目を開いて溜息をついたところを看護師に見つかってしまった。

「あれ、ロキさん、目が醒めました?気分はいかがですか?ここどこか分かりますか?」

 彼女は満面の笑みで問いかける。まぁ、これが好意では無く職業上のスキルだということは人生経験の少ないロキにも何となく分かった。

 それぐらい彼女の笑顔は隙が無く、完ぺきだった。


「気分は悪くは無いですが・・・すみません。何か記憶が曖昧で・・・ここは病院ですよね?」

 嘘は言ってない。まだ記憶の検索が済んでないので曖昧なのだ。

「無理も無いです。丸三日昏睡状態だったので。何か欲しいものはありますか?」

「大丈夫です。いや、水、お水を一杯貰えますか?」

 声を発してみると、喉が張り付いて気持ち悪い。しかし、それ以外どこか体が痛いと言うのは無いようだ。

「分かりました。持ってきますね。それから先生を呼んできます。楽にしていてください」

 そう言って看護師は部屋を出た。


 弘樹はゆっくりと体を起こしてみる。

 反応は鈍いが起き上がれないことはない。しかし、姿勢を維持するのがキツいので、ベッドの上を後ずさりして壁を背もたれにして座った。

 ロキがもぞもぞと動き出しても、周りの人間はあまり関心を示さない。記憶を辿ってもここに知り合いはいないようだ。


 改めて部屋を見る。

 ベッドが6台、椅子が数脚、机が二つあるだけの簡素な部屋だった。

 電化製品らしきものは何もない。ロキの記憶を辿っても、そういう発明品は無い世界のようだ。


 間もなく看護師が初老の男性を連れて戻って来た。

 彼は医師のようで、約束の水を一杯飲むと簡単な診察が行われた。

 診察と言っても特に何か医療器具のようなものも使わず、問診、視診、触診をされただけだ。

 この後、精密検査をするような様子もない。この世界の医療レベルはあまり高くは無いようだ。

「体は驚くほど外傷がない。特にマヒも無いようだ」

 医師は指差し確認のような独り言を言いつつ、メモを取った。

「直前の記憶はありますか?」

「いや、それが、かなり記憶が曖昧で・・・」

 これは本当に分からなかった。思い出そうと思えば、ロキの子供時代に流行った流行歌でも思い出せたのだが、直近数日の記憶が無い。というか引きだせない。


「ふん。何らかのショックによる一時的な記憶障害かな。あなたは地下砦の入口で倒れていたのを発見されたんですよ。分かりますか?」

 医師が記憶の呼び水になるようなヒントを出した。地下砦。その存在はなんとなく認識できた。しかし、そこに倒れるような前後の記憶は分からない。

「いや、すみません。分かりません」

「そうか、まぁ起きたばかりだ、無理しなくてもいい。また明日、様子を聞かせてください」

 そう言って医師と看護師は退室した。


(地下砦!)

 弘樹はその言葉を意識して、ロキの記憶を引きだした。

 この世界は戦争中である。

 驚くべきことに、それは国対個人の戦争だ。

 ある時、王国の最高位の魔導士が、自らを魔王と名乗り反乱を起こした。

 そう。この世界には魔法と呼ばれる技術がある。

 王国内に彼に追従する『人間』は一人もいなかったが、鎮圧は難航した。

 魔王は強力な魔術を使用して、夥しい異形の生命体ーー魔獣ーーを使役していたからだ。

 彼は魔獣の軍隊を引き連れて、地下の古代遺跡に籠った。


 古代遺跡は入り組んだ構造をしており、大軍の投入が難しい。

 毒ガスや爆撃を受けると被害が甚大になるからだ。

 度重なる進軍の失敗により、いつしかその古代遺跡は難攻不落の「地下砦」と呼ばれるようになった。


 正規軍に甚大な被害が出た王国は苦肉の策として、傭兵を募った。そして、小規模の傭兵隊で遊撃すると言う消耗戦が現在続けられている。

 ロキもその傭兵に志願したようだ。


(全然のんびり陸上の練習生活なんて送れる状況じゃないじゃん。。。)

 弘樹は深くため息をついた。

 傭兵の規約がどうなっているか分からないが、いつまた招集されるか分からない。早めに自分の体力を確認しなくては。

 弘樹は両手の手のひらを握って開いた。そして、グー、チョキ、パーを作てみた。


(指は問題なく動く。握力もそれなりにありそうだ)


 続いて足の指も同様に動かしてみる。問題なさそうだ。

 腿の筋肉--大腿四頭筋--に力を入れて見る。問題なく力が入る。触ってみると筋肉量もそれなりにあるようだ。

 布団の中で膝の曲げ伸ばしをする。最初はぎこちなかったが、数回繰り返したらスムーズに動くようになってきた。


(これなら歩けるかな?)


 弘樹はベッドの横に脚を出すような形で一旦腰掛け、そして立ち上がってみた。


「うわっ!」


 弘樹はバランスを崩して転んだ。


「ニイちゃん、大丈夫か?無理すんなよ。あんた三日間寝てたんだから」

 隣のベッドの男性が声をかけた。声はかけるが助けてはくれないらしい。

「大丈夫です。すみません、ありがとうございます」

 弘樹は苦笑いをして、なんとか自力で起き上がる。


(まず、立つ練習からしないとダメだな)


 弘樹は壁に手を着いて立った。しばらくそのまま自分の重心を確認し、慣れてきたらわずかに重心を変えてみる。右足に体重を乗せ、次は左足に乗せ、それを繰り返す。最初はゆっくり、慣れてきたら少し早く。

 重心移動に慣れたら軽く足踏みをしてみた。壁に手を着いていれば出来ないことはない。

 最初は足を床からほんの1cm浮かす程度だが、次第に10cmは浮かせるようになる。


 そこで1回ベッドに座って小休止した。


(大丈夫だ。やればやるだけ反応する。この分なら数セットで歩けそうだ)

 弘樹は自分でも気づいていないが興奮していた。

 万全とは言えない体調だが、アキレス腱を切って何も出来ない状態に比べれば、全然ましだからだ。


 足踏み、スクワット、かかと上げをセットにして10セット繰り返す頃には、だいぶ体は動くようになり、普通に歩けるようになった。


「ニイちゃん、そんなに頑張ってどうするんだ?怪我したままの方が軍の金で飯が食えて寝て過ごせるんだぞ」

 隣の男がそんな弘樹の様子を見て声をかける。

「そうなんですけどね。動けないってのも気持ち悪くて」

 弘樹は毒にも薬にもならないような薄い会話をした。

 これはアキレス腱を切ってから急速に覚えた話術だ。自分が思うほど他人は自分に興味が無い。言葉で言うほど心配もしていない。ただなんとなく言っているだけなので、そういう言葉には中身の無い薄い返しをするが正解だ。

 実際、隣の男も『そりゃそうだな』と言ったきりで会話を打ち切った。


『そんなに頑張ってどうするんだ』

 本当は、この問いには弘樹はしっかりとした答えがあった。

 自分は頑張らなければいけない。

 この戦争には関与しなければいけない。


 何故なら、ロキの記憶から引きだした魔王--旧王国最高魔導士--の肖像画は、夢に出てきた老人そのものだったからだ。

 どういう因果なのかは全く分からないが、少なくともこの体の、ロキの魂が戻るまでに魔王に死なれては困る。

 具体的なプランはまだ思いつかないが、ただ座して見守るというわけにはいかないのだ。

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