創世神話
特級試験の1次試験は、各々2戦を終えた所で小休止となった。
受験者にはそれぞれ個室の控室が与えられる。大部屋にして不要なトラブルを回避するためのものだろう。
控室は簡素な部屋だが簡易ベッドがあるのがありがたい。
弘樹はベッドに大の字になった。
体の疲労感としては仮眠を取りたいところだが、頭の興奮がそれを許さない。
情報が多すぎる。
休憩時間中に整理しないと、次の試合に集中できない。
そう思った矢先。頭の中に再び例の声が聞こえた。
「少し話していいか?少ししか話せないが」
明らかに自分の頭の中だけの声と分かるが、思念といったものではなく、ちゃんと音として認識できる。骨伝導のイヤホンの感覚に近いだろうか。
そして、その声でやはり弘樹は確信した。
「やっぱりロキなのか?」
弘樹は声に出して問いかけた。
「そうだ。今は別の場所で隔離治療を受けている」
ロキが答える。この会話方法で合ってるようだ。電話している感覚に近いなと思った。
「別の場所?」
「うん。でも、先生の計らいでキミの様子は時々見ているよ。本当に凄い。ボクの体でもあんなことが出来るんだな!そしてミヅキって可愛いな。ニカさんも素敵だ。キミが羨ましい!」
ロキが矢継ぎ早に話す。
「少ししか話せないんじゃないのか?オレから質問していいのか?」
声に若干の不機嫌が混ざる。こっちはロキを知らないのに、一方的に知られている距離感の違いが気持ち悪い。
「おっと、ごめん。許された時間は5分だった・・・あまり質問を受ける時間は無いんだ。必要な情報だけ話させてくれ」
ロキはまったく悪びれた様子はない。コイツはレイドックとは別の意味で少し苦手なタイプだと弘樹は思った。
「ああ。頼む」
弘樹は受け身に回った。聞きたいことは山ほどあるはずだが、急なことなので質問がまとまっていない。
「一番大事なこと!先ほどの試合でキミが正気を失いかけただろ?あれは悪魔に感染しかけたんだ?」
「悪魔?」
「うん。悪魔に関しては詳しく話すと長くなる。後でこの世界の創世神話を調べてくれ」
「分かった」
「ボクの魂は、かなり質の悪い悪魔に感染してしまったんだ。だから今、魂ごと隔離治療を受けている。でも、完全には抜けなかったみたいだね。まだその体にも除去しきれなかった悪魔が残っている」
「それがさっきの?」
弘樹は試合中に感じた、背筋に響くゾクリとした興奮を思い出した。
「そう。悪魔には様々なタイプがいるんだけど、この悪魔は殺傷衝動を引き起こす。幸い、体に残っていた悪魔が僅かだったのと、キミの抵抗力が強かったので事なきを得た」
「また、再発するのか?予防は出来る?」
「再発する可能性はある。予防は鍛えること。悪魔は魂に感染するので、魂が強ければ抵抗できる。だから、これまで通り頑張って!」
「これまで通り?魂と言うか体力鍛錬しかしてないけど」
「大丈夫。魂も体力も連動しているらしい。休養したい気持ちを抑え込んでトレーニングするのは魂の鍛錬そのものなんだって。まぁ、先生の受け売りだけどね。おっと時間だ。ボクはまだ治療中なのであまり長い時間話すと、キミが再び悪魔に感染するかもしれないんだ。また先生の許可が出たら話しに来るよ。ミヅキによろしく!」
ロキは宣言通り、言いたいことだけ言って消えて行った。
「勝手だな・・・」
まだロキとの通話のクセが抜けず、弘樹は声に出して呟いた。
そして、独り言の範疇を超えた自分の声量に驚いて咳ばらいをする。別に誰も見ていないのだが、なんとなく気まずかったのだ。
(悪魔、創世神話か・・・)
弘樹はロキの記憶を検索した。
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初めに神は土をこねて世界を作った。
次に神は魂を作った。
土と魂が合わさって生物となった。
神は次々に別の世界を作った。
世界が増える度に様々な魂が出来、様々な生物が出来た。
神が90番目の世界を作ろうとした時、土が無くなった。
だから、90番目の世界は魂だけの世界になった。
90番目の世界の魂は、体を求めて他の世界に旅立つようになった。
90番目の世界の魂は、別の世界の、既に魂のある体に入り込み感染する。
感染が起こった場合、二つの魂は多くは共存する。
稀に衝突をする。これが病気である。
ごく稀に侵食される。
浸食された結果、善なる変化を起こす魂が精霊である。
浸食された結果、悪なる変化を起こす魂が悪魔である。
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これぐらいが、この世界の子供でも知っているレベルの創世神話のようだ。
(魂ってのは情報みたいなものか?ならば悪魔ってウイルスみたいなもの?)
ロキの記憶の魂や悪魔に関する認識を引き出してみると、そんな印象を受けた。
そして、この世界の神話的認識では、並行世界というものが当たり前の存在のように語られている。
土(物質)は並行世界間を移動できないが、魂、精霊、悪魔は移動できるという認識らしい。
まぁ弘樹が召喚された事実とも合っている。
(ならば、オレが『魂だけ異世界から来た』って言っても誰も驚かないのかな?)
そんな気もしたが、だからってカミングアウトするのは流石に早計だ。第一言うメリットがない。やはり、ロキの中身が弘樹であることは黙っておいた方が良さそうだ。
(結局、魔王って何者なんだ?)
ロキの言う『先生』というのが魔王なのだろうか?そこは結局分からなかった。
これからどうすべきかも聞けなかった。
ただし情報はある。ロキは『一番大事なこと』が悪魔に感染しないこだと言っていた。逆に言えばそれ以外は重要じゃないとも取れる。そして『今まで通り頑張って』とも。
(進んでいる道は間違ってないってことだよな)
弘樹はそう思うことにする。
(とりあえず、次の試合全力でやろう!)
まだ不明点は多いが、そう思える程度には思考が整理できた。