二刀
二人目の対戦相手は、弘樹よりも頭一つは大きい男だった。
身長は高いが厳つい感じはなく、やや華奢に見える。そして、癖の無い長髪を後ろで束ねており、中性的な印象があった。
いわゆる美形で、観客席からの歓声も大きい。
「ガルシスー!」
「ガルシス様ー!」
「ガル様ー!」
あまりに声援が多いので、弘樹も男の名がガルシスだと覚えてしまった。
「ガル様!そんな猿みたいなやつ退治してー!」
声援にどっと笑いが起こる。
正直やりにくい。
弘樹がそう思ったのは、歓声のせいでも、身長差のせいでもなく、ガルシスが二刀使いだった為だ。
「はじめ!」
開始の合図と共に互いに構えた。
弘樹は蜻蛉の構え。ガルシスは右手を前に大きく半身になる。そこから、すっと右手を伸ばし、持った剣を弘樹の眼前に向ける。
それに隠れてよくは見えないが、左手は脇を閉め、肘を曲げ、コンパクトに構えている。いかにも飛び込んだら鋭いカウンターを入れるという気配が感じ取れる。
一見奇妙な構えだが、このただ前に突き出されただけの右剣が、案外邪魔で飛び込みにくい。
常套手段はまず右剣を叩き落す勢いで打ち、飛び込んでの連撃だが・・・
(考えてもしょうがない!)
弘樹は覚悟を決めた。
「いやぁぁぁぁぁぁ!」
気合とともに飛び込む。
狙うは右剣。
しかし!
「一本!」
弘樹は吹き飛ばされた。
何が起こったのかを反芻する。
弘樹は飛び込み様、まずは剣を払おうと打ち込む。その刹那、ガルシスの右剣がわずかに下がる。
(狙いを読まれた)
と思ったのもつかの間、切っ先が下がった剣がそのまま一直線に胴への突きとなった。
ほとんどの予備動作の無い突きだが、凄まじい威力で、弘樹はたまらず吹き飛ばされる。
(寸勁か!)
寸勁とは拳が触れる位の距離からパンチを打ち、相手を吹き飛ばす技。元々は中国拳法の秘伝のような技だが、令和の高校生男子にとっては、漫画等で目に触れる機会が多い技で、弘樹もひそかに練習したことがある。
その原理は拳による体当りだ。
イメージとしては、躓いて思わず目の前の人に手を付いて寄りかかる感覚に近い。急に全体重をかけて寄りかかられたら当然、後方に突き飛ばされる。
ガルシスはおそらく、それと似たようなことを剣でやっているのだろう。
(そうなると、やっかいだ)
相手は弘樹に剣先が触れさえすればいい。
弘樹の打ち込みが如何に速くとも、ただ触れることを目的にした突きにはかなわない。
「やりにくそうだね」
ミヅキが父に話しかける。
「ああ。完全に試合用の小細工だからな」
ベンダーが答える。
「実戦なら対処出来るの?」
「簡単だ。石でも拾って投げる。その隙に飛び込む。もしくは2人がかりだな」
「汚な!」
「ああ。でも、そういうのまで想定すると、単純に飛び込みのスピードと威力に特化したロキのスタイルは相当強いんだ。しかし、試合では対策されやすい」
「勝てないの?」
ミヅキが悲痛な顔で聞く。
「アイツの技だけではな。だから色々教えた」
そう言ってベンダーは視線を娘からロキに向けた。
「後はアイツ次第だ」
二本目。
審判の合図と共に、お互いに同じ構えを取る。
しかし、弘樹は迂闊に飛び込めない。
(寸勁ならば)
弘樹は右へ一歩踏み出す。
ガルシスは即座に左足を引き、弘樹の正中線を外さないように向きを修正する。
弘樹は更に二歩右へ。合わせるガルシス。
右、左、左と揺さぶりをかける弘樹。機械のように正確に合わせるガルシス。
(やはり)
弘樹は思った。寸勁は一見触れれば勝ちのように見えるが、そうではない。体当りの一種である以上、技が出せる角度がある。
具体的には、自身の後ろ足、股関節、腰、肩、肘、手首、剣先、そして的が、一直線に並ぶ必要がある。
ならば、そのラインを崩すまで!
「いやあぁぁぁぁぁ!」
意を決して弘樹は飛び込んだ。
ガルシスの右剣に向かって一直線。
剣を打ち落としにかかる弘樹。
ガルシスの右剣が下がる。
寸勁の一撃・・・が空を切る。
弘樹が直前でサイドステップをしたのだ。
「だぁ!」
弘樹はガルシスの右剣を叩き落とす。
「違う!」
とベンダーが叫ぶのと、審判の声がほぼ同時だった。
「一本!」
弘樹はガルシスの左剣による寸勁を受け、吹き飛ばされていた。