初戦
特級試験の控室に最初に入ったのは弘樹だった。
試験管に促されるまま席に着く。程なくして次々と受験者が入ってくる。スクール形式で並べられた机に前を向いて座っている為、挨拶の機会を失った。体育系の部活で育った弘樹にはそれが少し居心地悪い。
ただ、他の3人とも誘導されるまま席に着き、無言なのが少し救われた。
程なくして試験管が説明を開始する。
「要綱はご覧いただいていると思いますが、試験は3次試験まであります」
試験管は手元の要綱を読みながら話している。
「一次試験は皆さでの模擬戦、総当たりです。ルールは木剣使用で防具着用。3本勝負。ただし続行不可能とと思われる場合は審判判断で止める場合があります。もちろん皆様から棄権の判断をすることも出来ます。詳細はこの冊子の通りです」
彼は非常に機械的な説明をするタイプだ。
「二次試験は、地下遺跡の魔獣と相対してもらいます。これは判断力と生存能力、対応力を見るものなので、必ずしも倒す必要はありません。規定時間生存して貰えれば合格とします。途中、独力での生存が危ういと判断した場合は最善を尽くして救助はいたします。しかし、万が一は当然ありますので、この試験を受けることに対する同意書はこの後記載お願いいたします」
相変わらず淡々と話すが、内容は結構過激なことを言っている。『万が一は当然ある』って変な表現だなと弘樹は思った。
「3次試験は面接です。特級は全傭兵の模範となるべき存在ですので、人格的に素養が問題ないかをここで判断します。以上ですが、ご質問はありますでしょうか?」
全員無言だった。
「では試験会場に移動します」
「兄ちゃん、飛び級なんだってな」
移動の最中に1人に話しかけられた。
先に見せてもらった対戦表では初戦の相手だ。
年齢は20代半ばぐらいだろうか。身長、体格は弘樹とあまり変わらない。しかし、眉間に大きな傷があり、腕に無数の傷があることから歴戦の猛者であることが伺える。
「はい」
「優秀だな。お手柔らかに」
「よろしくお願いします」
簡素な会話を交わす。しかし、他の2人もこの薄い会話に聞き耳を立てているのが気配で分かる。
言葉から情報を得ようと言うのではない。声からの自信、緊張感、性格、そういったものを感じ取ろうとしている。
声だけではない。足音、歩き方、腕振りのクセ、重心、あらゆる情報を探り合っているのだ。
「特級はそんな場所じゃない」
妬み、場違い感を気にしていた弘樹に対するベンダーの言葉が思い出された。
初戦の相手は、弘樹を全く蔑んでいない。むしろ飛び級であることで実力があるとみなし、警戒材料としている。
(改めて示現流って凄いな)
弘樹は思った。様々な思惑が交差する場においても、結局自分はやることは1つしかない。
上段から速く、強く斬るだけだ。色々悩み、迷いそうになっても、そこに立ち戻れば吹っ切ることが出来る。なんて実践的な剣法なんだろう。
試合会場に入ると、凄まじい歓声に晒された。試験が娯楽として定着していることが伺える。
熱狂する観衆とは裏腹に、準備は淡々と進む。
スポーツの試合では無いのでセレモニー的なものは一切なく、すぐに第一試合の受験者が呼ばれた。
(トラックの予選会みたいだな)
弘樹は思った。様々な競技が行われる陸上競技は、淡々と呼ばれ淡々と進行する大会もあり、心の準備をする間も無いこともある。つまり、彼はそういうのには慣れている。
即座に気持ちを切り替えた。
「はじめ!」
審判から合図がかかる。
「いぃぃ!?」
猿叫の気合をかける間もなく、眉間傷の男は突進してくる。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
弘樹も前に出た。
弘樹のような突進系の技を使う者に対しては、距離を置くよりも前に出て距離を潰した方が、相手の技が死ぬ。それだけでも眉間傷の男は、対策を考えて挑んでいるのが伺える。
「小細工や妨害は心配しなくてもいいが、お前は研究されていると思えよ」
試験に挑む際にベンダーが言っていた。
「まぁ、それでもやることは変わらないがな」
とも。
(その通りだ!)
弘樹は思った。相手が走ってくる分距離感は変わるが、やることは一緒。
タイミングだけ微調整して、速く、強く、振り下ろす。
相打ち上等!剣ごと打ち抜いて見せる!
(!?)
弘樹の木剣が空を斬った。
眉間傷の男は絶妙なタイミングでサイドステップをしたのだ。
『示現流の初立ちは外せ』新選組局長、近藤勇の示現流対策を見事にやってのける。
(来る!)
弘樹はとっさに体を反転し、バックステップをした。
眉間傷の男の横薙ぎが空を斬る。
「実践ではバックステップでいい」
ミヅキの言葉が思い出される。相手の攻撃を予測する訓練を彼女と重ねたおかげで、完全に見えはしなくても、気配を読んで躱すことが出来た。
(ここだ!)
眉間傷の男の連撃。返しの横薙ぎが来た。
これは完全に弘樹は予測できた。
「だぁ!」
丸太をも両断する勢いで弘樹は相手の剣に剣を叩きつけた。
「ぐっ!」
眉間傷の男はたまらず剣を落とす。すかさず弘樹の上段への打ち込み。
「一本」
審判の手が上がった。弘樹の剣は相手の頭上わずか3cmで止められていた。
二本目。
「はじめ!」
合図がかかっても眉間傷の男は動かない。
「いぃやぁぁぁぁぁぁ!」
ならばと弘樹は自分の型で挑みかかる。
初激、眉間傷の男は剣で受け止める。
二激、三激。続けて受ける。
(なんて重い打ち込みだ)
眉間傷の男は焦った。
徐々に受ける剣が弾かれ、流されていく。
しかし、ある上段を受けた一撃を機に様相が変わる。
受けやすくなった。
剣が流されない。相変わらず打ち込みは重いが耐えることは出来る。
何故だ?
そうか、同じ場所しか打ってこない。
軌道が見える分、しっかり受け止めれば受け止められる。
しかし・・・受け止めることしか出来ない・・・
「だ!だだだだ!だ!だ!だ!だ!だ!だ!だ!だ!だ!だ!だ!」
弘樹の連撃が激しさを増す。
「あっ、木人割り!」
ベンダーと共に観戦に来ていたミヅキが呟いた。
そう。これはベンダーの工房で弘樹が最初に木人を割った時に酷似している。
(こいつ!わざと剣だけを狙って打っている!!)
「バキっ」
眉間傷の男が意図を察するのと、ほぼ同時に剣が折られた。
「一本!」
弘樹の剣はやはり眉間傷の男の頭上で止められていた。
三本目。これを取れば弘樹の勝ちが決まる。
やはり眉間傷の男は動かない。
ならばと弘樹は気合と共に駆け寄る。
二戦目と同じ展開になるかと思いきや、ギリギリのところでサイドステップで躱した。
「?!」
眉間傷の男は、そのまま走って距離を取る。
「逃げるなーーー!」
「怖いなら棄権しちまえーーー!」
「戦意喪失だ!もうロッキーの勝ちでいいだろ!」
客席からヤジが飛ぶ。
弘樹は気を取り直して構えを取り、再度挑みかかる。
「またかよーーー!」
「いいかげんにしろー!」
やはり眉間傷は逃げた。
「どういう作戦なのかな?これで勝ち目あるの?」
ミヅキは隣の父に聞いた。
「いや、勝は無いな。次を考えてるんだろう」
ベンダーは答えた。
「次?」
「ああ。他の2人に少しでも多くロキを見せようとしている。こういう試合で初見はやりにくいからな」
「他の人に勝ってもらう為のアシストってこと?!」
「汚くはないぞ」
不満げなミヅキを制するようにベンダーが言った。
「総当たり戦なら、妥当な作戦だ」
「でも!」
「大丈夫。見ろ!」
どっと歓声が上がる。
逃げる眉間傷をじわじわ追い詰め、弘樹が3本目を取ったのだ。
ベンダーは娘を見て満足げに言った。
「それだけロキが脅威だってことさ」




