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6.幼馴染

「交換条件? ワサビに?」


コウちゃんは眉を寄せて、私を見る。


「ええ! 私のお願いを聞いてくれたら、このワサビを献上する! お代は要らない!」


「・・・150円くらいで、えばられてもな・・・」


途方もなく呆れた顔をしている。

この顔も私の気に入らないものの一つ。


コウちゃんは腰に手を当てて、はあ~と溜息を付くと、


「で、何? 交換条件って?」


そう言って私をジトっと見下ろす。

奴自身、背が高いところに持ってきて、玄関を上がったところから私を見ているので、かなり上から見下ろされた感がある。この態度もまた気に入らない。


私は大きく息を吸って、ゆっくり吐いた。

そして、コウちゃんの鼻っ面にワサビの箱を突きつけた。


「短い間でいいから、私の彼氏のフリをして!」


「は?」


「とりあえず、次の日曜日、一緒に遊園地へ行って!」


「・・・」


「大丈夫! チケットはある! そこは心配するな!」


「・・・」





ワサビの箱を目の前にして、コウちゃんは暫く固まっていた。


同じ年のこの幼馴染は頭が良く、麻奈と同様中学受験しているので、私と同じ学校に通っていたのは小学生までだ。

なのに、母親同士が友人という事で付き合いが断たれなかった。


普通なら、親同士が友人だからって子供にまで影響はしないのだろうが、お気の毒な事に、コウちゃんのお母さんは病弱でよく病院に入院される。

お友達の上にご近所、まして3軒隣りとなれば、母親の入院中、家で一人になってしまう子供の面倒を、私の母が見るのは自然な成り行きだった。

コウちゃんはよく我が家で夕食を取り、そのまま泊まることもあった。


小さい頃は、「お母さんが入院しちゃって、お父さんがお仕事で帰って来られなくて、一人ぼっちで、ああ、なんて可哀そうで哀れな子なのだ」と、私も率先して世話をしてあげていた。

それがいけなかったのかもしれない。


中学生になっても、彼の母親の体調は優れず、我が家で面倒を見ることが多かった。

大きくなって強がってはいたが、おばさんが入院している時は、やはりどことなく影があって、気の毒に思っていた。

思春期に入り、小学生の時ほど仲良く出来なくなったが、それでも、出来るだけ世話をしてあげていた。

そう、それがいけなかったのだ。


気が付くと、いつの間にか私のポジションは、すっかり奴のパシリとなっていたのだ。


今回だって、おばさんは検査入院で家にいない。

だから、夕食にスーパーでお寿司を買って、一人寂しく食べるところだったのだろう。

高校生ともなれば、ある程度の事はもう出来て当たり前だ。そんなに頻繁に我が家に頼るのも恥ずかしいだろうし。


広いリビングで、大きなテーブルに、ポツンと侘しく一人飯。


まあ、それ自体は気の毒だ。

その画を目に浮かべると、哀愁が漂い涙を誘う。


しかし!

ワサビぐらいは自分で買うべきだ!

いつまで人を扱き使う気なのか、こいつは!


私も、つい哀れとばかりに言う事を聞いてしまう節がある。それもいけないのだが。


「・・・お前、何言ってんの?」


やっとコウちゃんが口を開いた。


「だ~か~ら~、彼氏になってって言ってんの! ちょっとの間だけ!」


「・・・」


「せめて今度の日曜日だけでも~~!」


私はワサビをマイクのように握りしめ直すと、祈るようにコウちゃんに差し出した。


「はあ~~~・・・」


コウちゃんは腰に両手を当てた状態で、ガックリと首を落として長い溜息をついた。


「常々アホだアホだとは思っていたけど、ここまでアホだとは・・・」


呆れたように呟くと、顔を上げて私を見た。


「150円のワサビと彼氏って・・・交換条件として成立すんの? 彼氏って150円なの? お前の中で」


「フリです、フリ~!」


「フリだとしても、ワサビとは割が合わんわっ!」


そう怒鳴ると、コウちゃんは私からワサビをぶん取ろうとした。

渡すまいと私も必死にワサビにしがみ付く。


「放せ! ワサビが潰れる!」


「ワサビだけじゃないじゃん~。いつも頼まれたお使いしてあげてるじゃん! たまには私を助けてよ~!」


「はあ? 助けてんだろ? テスト前は勉強見てやってんじゃん」


「それバイトじゃん! うちのママからお小遣い貰ってるでしょっ、ちょっとだけど! 対価払ってるから違うもん!」


「その対価じゃ割に会わないほど出来が悪いくせに、何言ってんだよ。ボランティアの粋だ、あれは!」


「う~~~っ!」


「今回はそれ以上に割が合わねーよ!」


「そこを何とか~~!」


ワサビの引っ張り合いが続き、もう箱はぐちゃぐちゃだ。

でも、負けるわけにはいかない!

必死にしがみ付いていると、ふとコウちゃんの引く力が緩んだ。


同時にため息が聞こえた。


「ったく・・・。分かったよ」


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