第8話 訓練の日々
その夜、俺はなかなか寝付けなかった。
俺が殺した訳ではないのに、三人の人間の男の顔がずっと脳裏に焼き付いていた。
正直言って、あの兵士の男はまだいい。あいつもレベルが高かったという事は、あいつも多くの敵を殺してきたという事だ。
でも、あの畑仕事をしていた男二人はただの農家だろう。
ただの民間人を拉致して殺害してしまった。
それにがっつり関わってしまったんだ。
いや、兵士の男も生きるのに必死だったのかも、家族を養うために兵士になったのかもしれない。
もしそうだとしたら、彼を殺してしまった事で彼の家族は路頭に迷うのだろうか。
俺は悪いようにばかり考えてしまう。
さっさと寝たかったが、まだまだ寝付けそうにはなかった。
翌朝、喉元過ぎればなんとやらとでも言おうか。俺は寝て起きると割と楽観的な思考になっていた。
生きるか死ぬかの弱肉強食の世界なんだ。
あの兵士が死んだのは、あの兵士が弱かったのが悪いんだ。
あの農家二人が死んだのは、この世界が悪かったんだ。
だって、やらなければ俺たちが絶滅するだけなんだ。誰に責められる謂われもない。
殺すか殺されるかの戦いで、殺すことをためらうのはやめよう。
俺は現実を受け止めて、前向きになった。
でも、人によっては今の俺を「開き直った」と言うのかもしれない。たぶん正しいのは後者なんだろう。
だからといって、今の俺には他の答えを見いだせなかった。そう考えないと心が折れてしまいそうだから。
いつもの小屋に集まった。
俺が最後の一人だったようで、俺が小屋に入るとオジジが「そろそろ始めよう」と言った。
俺も着席し、オジジの次の言葉を待つ。
「昨日言ったように、今日から本格的な訓練を開始する。まずはみんなで魔法の訓練をしようと思う」
オジジが俺達に言う。
しかし、ゲーム脳の俺は疑問を抱いてしまう。
それよりもレベルを上げた方が手っ取り早く確実に強くなれて、いいのでは?
俺は質問したくて手を上げた。オジジがどうぞと身振りで促したので、俺はそのまま発言する。
「昨日みたいな事をやって、敵を殺して強くなった方がいいんじゃないですか?」
それに対し、オジジが答える。
「今は人間がエルフと戦争中だから、たまに人がいなくなる事くらいはあまり疑問に思われない。
しかし、あんまりそれが続くようであると怪しまれ、ここの存在が人間にばれるかも知れない。それだけは避けねばならない。
時期が来たら、色々と行動を起こす。だから、それまでは少しでも強くなるため訓練をしよう」
なるほど、それは確かにそうだ。腑に落ちる。
「なるほど。ありがとうございます」
俺は答えてくれたことに対して感謝し、オジジはうなずいてそのまま説明を続ける。
「まずは魔法を使ってみよう。ゴブリンは他の種族に比べて土魔法が得意だから、初級の土魔法を使うところから始める」
みんなで広場に出て、手を地面に当ててオジジの唱える呪文を復唱する。
「いくら敵を殺せば強くなるといっても、そもそも魔法の使い方を知らないと敵には勝てない。
また、昨日も言った通り敵の方が基本的に強大だ。強くなるために出来ることは何でもするぞ。
少しでもゴブリンという種族が生き残る確率を上げるためだ。基礎訓練をおろそかにしないように。この頑張りが我々の未来を切り開くと思え」
オジジがみんなに檄を飛ばす。
みんな大小の違いはあれど、土の柱を地面からはやしていた。
しかし、俺は全く柱をはやせない。
そもそも、オジジの呪文を聞き取れないし、発音もうまく出来ていない気がする。
みんな難なくこなしてるのに、なんで俺だけ出来ないんだ?
オジジが俺に近づいて来る。
まずい、これ怒られるパターンか?
「ホシノ君、すまない。おそらく君には魔法の素質がないらしいんだ。君からは魔力を感じ取れなかった」
怒られると思っていた俺は、オジジに謝罪され面食らう。
「魔力を感じ取れない?」
「そう、魔力を感じ取る魔法があって、みんなに使わせてもらった。しかし、ホシノ君からは全く魔力を感じ取れなかった」
まじかよ。俺、魔法使えないの?
せっかくの異世界ファンタジーなのに。
少し、いや結構ショックだな。
「しかし、やらせずに諦めさせるのは違うと思い、まずはみんなと同じようにやってもらったんだ。黙っていてすまなかった」
オジジが頭を下げる。
「いや、たぶんぼくもオジジ様に言われただけじゃ納得しなかったと思うので大丈夫です」
俺は謙遜してオジジの謝罪を受け入れる。
でも出来れば事前に言っといて欲しかった。それに、みんながいないときに一人で試したかった。いらん冷や汗をかいた。
じゃあ、俺はこれからみんなが魔法を練習している間は何をして過ごせばいいんだろう。
「なので、魔法訓練の時間ホシノ君にはこれを練習してもらう」
そう言って、オジジは俺に曲がった木のような何かを手渡す。
これは...弓か?
「やはり、遠距離で戦える手段はあった方がいい。矢の生産が間に合わないから、全員に弓を覚えさせるのは無理だ。でも、ホシノ君だけなら全然大丈夫だ。みんなとは違う事をしてもらうことになるけど、我慢してくれるか?」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます。弓を用意してくれて」
魔法が使えない俺のために別の手段を用意してくれてるとは。オジジいい人だな。
魔法が使えないのはとても残念だが、それ以上にオジジが俺を気にかけていてくれたことがとてもうれしい。
俺は少し泣きそうだった。
わざわざ俺のために用意してくれた分は頑張ってオジジに報いたい。
そうして、俺以外は魔法の練習。俺は弓の練習をする事になった。
その日から、オジジの厳しい訓練の日々が始まった。
鬼教官モードのオジジは普段の様子からは想像できないほど厳しかった。
体力作りとして、ひたすら走り続ける訓練があった。
本当にひたすら走り続けさせられて、朝から晩まで山を走り続ける。はぐれたらそのまま山に置いてけぼりになるからみんな必死こいてオジジについて行った。
また、姿勢を低くして長時間移動する訓練もした。
戦争においては情報を手に入れることが重要になる。だから、隠れて敵に見つからないように偵察することがとても大事なんだと。
その必要があるのは激しく同意するが、姿勢を低くして移動するのはとてもキツかった。
遅すぎては意味がないためそれなりに素早く移動しなくてはいけないのが特にキツかった。普段使わない筋肉をたくさん使うし、腰がとても痛くなる。また、足音を立てないようにするのも難しかった。
他には、筋トレ、林を素早く走り回る、木登りなどの事をした。
戦闘訓練として、体術や武器の使い方を教えて貰った。
打撃よりも柔術などの相手を転ばせることを重点的に、いざとなれば爪や噛みつきなどの攻撃も積極的にすべきと教えてもらった。
しかし、ゴブリンは他の種族に比べて小柄で、頑丈なわけでもないからあまり体術は使わないほうがいいらしい。あくまで最終手段やこっそり敵を無力化するときに使うべきらしい。
武器の使い方は木の枝を持って、ナイフ、短剣、長剣、槍の訓練を受けた。
今はゴブリンにそれらの武器を生産する術はないけど、武器は戦場に落ちてるから使い方を学んでおいて損はないらしい。
とりあえず、槍はそのまま長い木の棒を使ってもそれなりに戦えるとの事で、槍の訓練を重点的に行った。
魔法の訓練の時間、俺はひたすら弓の練習を続けた。羽のための鳥を捕らえるのはオジジがやってくれていたが、途中からは自分で鳥を射って捕らえた。
魔法を何度も繰り返し使うことで、魔力の流し方、魔法の作用のさせ方がよく体に馴染むらしい。
また、少しだけだけど魔法を多く使えるようにもなるんだと。
より複雑な魔法も、簡単な魔法が基礎となって出来ている。だから、簡単な魔法が上手に使えるならより複雑な魔法も上手く使えるようになるらしい。
俺は魔法を使えないからよくわからないけど。
座学もたくさんした。
魔法の事。レベルの事。ゴブリンの歴史。戦術。他種族の文字。簡単な農業の方法。食べられる物の事や縄の結い方などのサバイバル知識も多く学んだ。すべてオジジがこれまで生きて来たからこそ教えられる大事な事ばかりだった。
ゴブリン以外の他種族は言葉と文字がすべて共通らしい。
俺たちが文字を覚えたくらいで、オジジが人間を捕まえてきてくれた。俺たちはその人間から言葉を学んだ。
また、俺の提案でゴブリンのための文字も開発した。
開発したといっても、みんなにひらがなを覚えてもらっただけだけど。
いろは歌がひらがなを覚えるときとても便利だった。
いろは歌はこの村のみんなにも広めてもらった。
一緒に訓練を受けてるみんなに名前も付けた。
戦争をするなら、名前がないと困ると思ったからだ。むしろこれまでどうやって名前がない集団で戦争してたんだ?
オジジ曰く、ここのみんなは小隊の隊長を務めるらしいのでユージ以外には名字を付けた。
隊長には名字だけをつけて、隊員には名前を付けることで識別しようと思ってのことだ。
ユージはそのことを考える前に名前を付けてしまったからユージだけ隊長ではなく隊員となる。
俺を含めて、いろは歌の順番で十個小隊となった。だから、ホシノ隊は第五小隊になる。俺が魔法を使えないから、ユージにはホシノ隊に入ってもらうことになった。