第7話 人間狩りの手本
オジジを先頭にして12人でぞろぞろと村を出た。
「今から、敵がいるところへ行く。かなり歩くからそのつもりでいてくれ」
オジジはこの山を歩きなれているのだろう。獣道らしきところをするすると進んでいってしまう。
俺たちはオジジについていくのでやっとだった。
さっきの魔法のこととかユージと喋りたかったが、そんなことをすると体力を使ってしまいそうなので黙々と歩く。
他のみんなも頑張ってオジジについていく。
なんだかんだでゴブリンってのは体力あるな。
人間のころだったら結構きついだろう運動も、あまり息切れなくこなせていた。
兄弟たちや子ゴブリンたちは朝から夕方まで遊んでいるし、すさまじい体力だ。
しかも鬼ごっこがメインだし。そう思うとあいつらはんぱねーな。俺には無理だ。
山道をずんずん進んでいく。もう村がどこにあったかわからない。
もしここで置いてかれたら、迷子になって死ぬかもな。
俺は突然怖くなって、なおさら置いてかれまいと必死でオジジについていった。
そういえば、村の外に出るのはこれが初めてだな。
「よし、ここいらで少し休もう」
1時間ほど歩いただろうか。
オジジが川の近くで休憩を取ってくれた。
俺たちはかなりへとへとだったからありがたかった。
山を一つくらい越えた気がする。
みんな一斉に川へ駆け寄り水を飲む。
冷たくて気持ちがいい。
体が欲していたものが満たされている感覚がする。
無心で水を飲みしばらく休憩した後、ユージと話そうと周りを見回す。
しかし、ユージは既に何人かのゴブリンと喋っていた。きっと魔法の話をしているのだろう。
俺はその中に入っていくことができずなんとなくボーっとしていた。
オジジは辺りを確認しに行ったようで、姿が見えない。
それにしても、モンスターを倒すだけなのにわざわざこんなに遠くへ歩いてくる意味があったのだろうか。
俺達でも倒せる雑魚モンスターはこの辺にしかいないのかな?
といっても、道中危険なモンスターに襲われたわけでもないからそうでもないと思うけど。
そういえば、俺達装備を持ってないけど大丈夫か?
…まぁ、その辺の木の棒でいいか。いざとなれば拳でもいいだろ。
「みんな、そろそろ休憩は終わりにしよう」
オジジが帰ってきた。みんな休憩をやめてオジジの下に集まる。
「ここを少し下ったところに敵がいる。各々よく注意するように」
ようやく対面か。休憩で体力はだいぶ回復していた。さすがゴブリンだ。
また、オジジを先頭にしてぞろぞろと山道を進む。
しかし、今度はみんな割と山道にも順応してきていて、先ほどよりもいくぶんか楽にオジジについていけていた。
それにしても、さっきの人間の言語だがあれって多分ゴブリンには発音できないよな。
だったらゴブリンにも文字があったほうがいいよな。
そうしないと後々困る気がするし、そのこともオジジに相談してみよう。
オジジはさっき少しって言ってた気がするけど、もうだいぶ下ったぞ。まだか?
俺は山を下れば下るほど、この後これを上ることになることを想像して辟易していた。
結局、今度も割とがっつり進んだところでオジジが止まった。
口元に人差し指を立ててこちらを見ている。静かにしろって意味だよな?
俺たち全員が止まってオジジを待っていることを確認すると、オジジは小声で喋りだした。
「この崖の下に敵がいる。今回は私一人でいくから、君たちはそこからよく私のことを見てくれ」
オジジに言われた場所へ行き、ドキドキしつつ崖から下を覗いてみるとそこにあったのは畑だった。
...畑?
なぜか見慣れた人工物が目に飛び込んできてよくわからなくなる。
するとオジジは崖を音もなく下って行ってしまった。
オジジの動きは俊敏だった。あれがレベルの高いキャラの動きなんだろう。
オジジの向かう先には、畑仕事をしている大人の男二人がいた。
オジジは二人に気づかれない位置まで近づいていき、地面に手を当てた。
すると二人が突然倒れた。...いや、転んだ?
たぶん、魔法で足に何かしたのだろう。
その隙にオジジが二人に駆け寄り、無力化してしまった。
遠くてよくわからないが、殺してはないと思う。
そのままオジジは大人の男二人を運んで崖をのぼり、俺たちの下へ帰ってきた。
「よく見てたかい?次は場所を変える。そいつらを運ぶのを任せてもいいかな?」
二人は手足を折られて口に土の塊を詰められていた。目が血走っている。相当痛いのだろう。
各2匹のゴブリンで男を運ぶ。
敵って、人間の事だったのか。
なんで初手で人間を狩りに行くんだ?普通その辺のモンスターとかじゃないの?
オジジは少し歩いたところでまた立ち止まった。
今度はこの人間の村の入口らしき場所だった。見回りの槍を持った兵士らしき男がいる。
オジジは今度は喋らず、手で待てと俺たちを制してまた一人で行ってしまった。
オジジは男のすぐそばの茂みに身を潜めた。
オジジのいる茂みがガサガサと音を立てる。
兵士はそれに気が付き、様子を探ろうと茂みに近づく。
しかし、茂みまであと少しのところで兵士の後ろの地面の一部が盛り上がって射出された。
そのまま土の塊が後頭部に直撃する。と、同時に足元が崩れて兵士は倒れた。
オジジが茂みから飛び出し、兵士を茂みに引きずり込んだ。
オジジが無力化した兵士をこちらまで運んでくる。
「撤退」
オジジはそれだけ言うと、来た道を戻り始めた。
さっき休憩した場所まで帰ってきた。
「一度、休憩しよう。今度はすぐに出発するからそのつもりで」
結構山をのぼり、俺たちは割と疲れていたのでこの休憩はとてもありがたかった。
俺たちは何も言わずに二人の男を交代で運んでいた。なんとなく今回の件でこいつらとの心の絆的なものが深まった気がする。
男はずっとうめき声をあげていた。特に折られた部分に触れてしまった時はそのうめき声が大きくなったが、口に土の塊を入れられているため満足に叫ぶことすらできないようだった。
俺たちは急いで水を飲んだ。今度は水を飲んでも誰も談笑しようとせず、水を飲み終わったものからオジジの下へ集まっていた。
「それじゃあ、出発しよう」
最後のゴブリンが水を飲み終わり駆け寄ってきたのを確認した後、俺たちはまた歩き出した。
そこからまた一山超えて俺たちはゴブリンの村に帰ってきた。
出発したときはまだ朝だったのに、もう日が暮れて来ていた。
朝、土の柱を作った場所まで戻ってくる。
帰りの道中、俺たちはずっと無言だった。
そろそろ運ぶのを交代しようとしたゴブリンが「ちょうだい」と言ったり、「まだ大丈夫」と返答するくらいだった。
「みんな、お疲れ様、よく頑張った。いったん休憩しよう」
俺たちはオジジが兵士を置いたすぐそばに男たちを置いて、各々休憩した。
「さて、そもそも、人間をここに運んできた理由だが。それは敵を殺したことによってどの程度強くなるかを君たちに知って欲しかったからだ」
オジジが休憩終わりの俺たちに早速解説を始める。
「この二人はほとんど敵を殺していない。恐らく戦闘要員ではないのだろう」
そういって、オジジは俺たちが運んだ最初に捕まえた農作業をしていた男二人を指さす。
「でも、こいつはなかなかに敵を殺している。それなりに強かった」
オジジが運んだ兵士らしき男は強かったらしい。
「先ほども言った通り、敵を殺すと様々な能力が上昇する。とりあえず、君、この男を殺してみなさい」
そういってオジジはユージに農作業をしていた男を殺させようと、兵士の男から奪っていた槍を渡す。
殺すのか、人間を。
俺は昨日覚悟したし、今日もこの帰りの道中ずっとこうなるとわかっていた。
しかし、いざ目の前で人が殺されそうになっていると気持ちが鈍る。
村まで運んで来て殺すなんて、非常に残酷な行為だ。
いや、そうしないと俺たちが殺されるだけなんだ。やらなきゃやられるんだ。俺たちは生き残るために何でもすると言い合ったんだ。覚悟を決めろ。
「わかりました」
ユージが渡された槍を男の首に向ける。男はなんだかボヤ~っとした目でこちらを見ていた。手足を折られた状態でずっと運ばれたことにより、意識が朦朧としているのだろう。
ユージは男の目から一切目を離さず、一気に首を一突きした。
男は死んだ。動かなくなった。
「よし、もう一人も殺そう」
オジジにうながされて、ユージはもう一人の男にも槍を突き刺す。
「では、朝と同じように魔法を使ってみてくれ」
言われるがままにユージは地面に手を当てて魔法を使う。
すると、朝に作った物よりもまたもう二回りほど大きい土の柱が出てきた。
すごい。本当に魔力とやらが大きくなっているのだろう。
ユージも朝よりも魔法を使うのがスムーズになっていた。それは使うのが二回目だからかもしれないが。
「よし、このように、敵を殺すと殺したものは強くなる。よく覚えておくように。
我々がこれから戦おうとしている奴らは、たくさん敵を殺してとても強くなった奴らだ。まともに正面から戦っても、勝ち目はない。そのことも肝に銘じておくように。
最後に、より強い敵を殺すとより多く強くなる。この男を殺してくれ」
レベルが高い敵からは多くの経験値がもらえるってことか。兵士の男のほうがレベルが高いのだろう。
そしてユージは兵士の男にも槍を突き刺す。兵士の男も手足を折られているはずなのに、他の男と違って最期まで俺たちのことを睨みつけていた。精神力が高いのは、兵士だからなのかそれともレベルが高いからか。その両方かもしれないな。
「もう一度、魔法を使ってくれ」
オジジに言われ、ユージがまた魔法を使う。
今度はオジジの背丈を優に超える、高さ3mほどの巨大な土の柱がはえてきた。
「「「おぉー」」」
さっきは疲れと見慣れたことにより歓声をあげなかった俺たちも、その土の柱の迫力に思わず歓声をあげる。
すげー。ユージめっちゃレベル上がってんじゃん。
「みんな強くなる方法は理解したね。何か質問などはあるかな?」
俺は、ずっと疑問に思っていたことをオジジに聞くべく、手をあげた。
「はい、どうぞ」
「強くなるために殺す敵って、人間やエルフなどだけなんですか?」
そう、この世界はモンスターを倒してもレベルが上がらない世界なんじゃないかってこと。
「あぁ、そうだよ。7つの種族のどれかを殺すと強くなる。その辺の獣を殺しても別に強くはならない。もちろんゴブリン同士で殺しあっても強くなるが、殺し合いは私が許さない」
「ありがとうございます」
俺は答えてくれたことに感謝する。
なんだよ、結局戦争するしかないってことかよ。
その辺のモンスターを狩りまくってレベリングする俺の計画は崩れ去ってしまった。
「ほかに質問は?...それじゃ、今日はここまでにしよう。明日から本格的に魔法の練習などを行う。それじゃあみんなまた明日」
そういって、オジジは3つの死体を片付けに行ってしまった。