第5話 幼少期の決意
「とりあえず、これで一通りの説明は済んだかな。何か質問など、あるかね?」
「人間をこの地から追い出す方法はわかりました。
でも、そこからどうやってエルフやドワーフからこの地を守り抜くのですか?
エルフと交渉ができるのですか?」
頭のよさそうなゴブリンが質問する。
確かに、奪うだけでなくその後の維持も問題だよな。
しかしなるほど、エルフも戦争中ならわざわざ敵を増やしたくはないはず。
うまくいけばなんとか交渉で時間稼ぎだけでもできるのか?
「いや、残念だがエルフと交渉するのは無理だろう。
ゴブリンは他種族から嫌われているが、特にエルフはゴブリンをでかい害虫としか思っていない。
恐らく目が合った瞬間殺しにかかってくるだろう」
怖すぎんだろ、エルフ。
「それと、ゴブリンの言語は他種族には言葉として聞き取れないらしい。そのため、ゴブリンのみ多種族との言語によるコミュニケーションは不可能という理由も大きい」
まじかよ。つまり、他種族から見たらゴブリンに知性がないって思われててもおかしくないって事か。
確かに、鳴き声だけで意思疎通をしていて襲い掛かってくる、そんな存在は害獣と変わらないか。
「そんな...じゃあ、どうやってこの地域を守り切るんですか?」
質問したゴブリンは狼狽していた。
「それは、今はまだ言えない」
「言えない?」
「あぁ、策は3つ用意してある。今は、私を信用してくれ」
オジジが頭を下げる。自分でも身勝手なことを言っていると思っているのだろう。俺たちに対して姿勢が低い。
周りのゴブリンが少しざわつきだす。それもそうだ。
大事な部分なのに、言えないってのは少し不信感が募る気持ちもわかる。
でも、この流れはよくなさそうだよな。
「重要な部分なのに言えないのは、理由があるんですよね?」
俺は少し声を張ってオジジに質問する。
ざわついていたゴブリンも静かになり、オジジの返答に注目している。
「あぁ、ちゃんと理由がある。信頼してくれ」
「なら、僕はオジジ様を信じます。僕にはエルフをどうにかする案を思い浮かばないので、オジジ様が作戦を思いついていて、そして理由があって言えないというのならそれを信じます」
俺は少し大げさにオジジを肯定する。
「ありがとう、ホシノ君」
オジジが俺に名指しで感謝する。
「俺も、オジジ様を信じる」
あいつが流れに乗って賛成してくれた。
そうなると、もう話の流れはほぼ固まり他の面々もオジジを信頼すると口にしたりしなかったりした。
「皆、信用してくれてありがとう。少し早いが、今日のところはこの辺にしておこう。また、明日からこの小屋へ集まってくれ」
オジジが今日伝えたかった事は済んだのであろう。
俺は少し緊張が解けて足を組み替えた。
「そうだ、最後に我々の目的を確認しておこう。
我々の目的は、ゴブリンの絶滅回避だ。
そのためには手段を選ばない。なんとしてでも、戦争に勝利する。
我々にはもう後がない。敗北は絶滅に直結すると思え。
何か反論や質問がある者は?」
少し弛緩していた空気がまたピリリと張り詰める。
誰も、反論も質問もなかった。
「それでは、今日は来てくれてありがとう。明日からもよろしく」
オジジは、誰も何も言わないのを確認すると今日の集まりを終わらせた。
俺は、今日聞いた話について誰かと話したい気分だったので小屋の外で昨日のあいつに話しかけた。
「おーい、この後ってなんかある?」
「いや、特にないよ」
「ちょっと話そうぜ。これからどうしようかとか」
「いいよ」
俺たちは連れ立って、なんとなく歩きながら会話しだした。
「とりあえず、さっきはオジジ様を信じるのくだりで乗っかってくれてありがとな」
「いや、感謝されることじゃないし、こちらこそありがとう。
たぶんあのままだとみんな不安なまま事が進んでたと思うから、あそこでホシノがああ言ってくれて助かったよ」
「結局、どんな作戦なんだろうな。オジジ様がゴブリンの事を第一に考えてるのは知ってるから、あの場では信じるって先陣切って言ったけどなんで作戦を言えないのかは気になるな」
「さぁねぇ。俺たちゴブリンの中に裏切者がいるとも考えにくいし、隠す理由は思い当たらないなぁ」
俺たち二人はしばらくオジジが作戦を言えない理由を考えるが、特に思い当たらない。
「それにしても、他種族と会話すらできないなんて相当やばいよな」
「本当にな。もしかしたら俺たち他種族から見たらマジでその辺の獣と変わらないかもね」
俺は昼間思ってたことを話す。
「確かに。でも、戦えてたって事は向こうも一応こっちに知性があるとは思ってんじゃないの?」
「あぁー、確かにそうだ。18年前って言ってたね、ゴブリンが戦ったのは」
確かに、こいつの言う通り戦いになっていたのなら他種族もゴブリンにある程度の知能があると思うか。
向こうからしたら害獣駆除の感覚だったかもしれないけど。
これは思ったけど言わないことにしよう。
「たぶん、この村でその18年前の戦いを経験したのってオジジ様だけなんじゃないかなぁ」
「そうなん?俺、まだ昨日自分達の生まれた洞窟から出たばっかだからこの村のことよく知らんわ」
「うん。大人のゴブリン達は色々仕事してるのを村で見かけるけど、年齢が高くて9才とかだよ。
俺もまだ洞窟を出るようになって一週間くらいしか経ってないから確証はないけど」
「それ以上の年のゴブリンは人間と戦って死んじゃったのかなぁ」
「やっぱりそうなんじゃない?」
俺たちの間に少し気まずい沈黙が訪れる。
気が付くと、昨日こいつと話をした場所まで歩いていた。
日も結構傾いてきている。
「ホシノってさ」
「うん?」
名前を突然呼ばれて少し驚いた。
こいつにも、名前があったほうが便利だよな。と思った。
「転生してきたんだよな」
「うん」
「前って、人間だったの?」
「うん」
「そっか…。この世界に、人間として生まれてきてたら、ゴブリンの事殺すと思う?」
俺は、答えることに少し躊躇する。
しかし、いくら考えても、答えは一つだった。
「たぶん、そうする」
「だよな…」
「でも今はゴブリンだから。みんなのために生きるよ」
俺は精一杯のフォローをする。フォローになっているかは怪しいが。
「うん。前の世界に、ゴブリンっていたの?」
「いや、いなかった。この世界とは全然違って、科学とか発展してたし」
「へー。科学って?」
「うーん。この世界の原理を解き明かすこと?みたいなかんじ」
意外と科学の説明って難しいな。
「そうなんだ。科学を発展させると、なんかいいことあったの?」
「いろいろあるよー。空気から肥料を作って収穫を増やしたり、弾の軌道がわかったり。あと、病気の原因がわかったりする。本で読んでできるって知ってるだけで、やり方は知らないけど」
「すげー。本って何?あと、なんで病気になるの?」
「本ってのは、文字がいっぱい書いてある紙の束」
「文字って何?」
まじか。この村には文字ないのか。
「文字ってのは、言葉を記録するための記号のこと。こんなの」
俺は地面に指で『あいうえお』と書く。
「あと、病気になる原因は、病気によって理由は様々だけど例えばすーごい小さな生物が体の中に入ってきて病気になったりする」
「そうなんだ」
こいつは目をキラキラさせながら話を聞いている。
この世界に来て、初めて転生者っぽいことをしてるな。
あ、そういえば。
「そういえば、前の世界にゴブリンはいなかったけど、人間に害を及ぼすから絶滅させられた生物はいたわ」
「そうなの?」
「うん、天然痘って言ってね。これもさっき言った病気の原因の小さい生物なんだけど、前の世界では何年か前に根絶されてた」
そうだ、天然痘は人類が根絶したんだったな。
きっと調べたら他にも人類が絶滅させてきた生物がたくさんいるはずだ。
きっとゴブリンも一切の情け容赦なく絶滅されるんだろう。
人間に、いや、他種族に害しか及ぼさない生物として。
この世界も前の世界も結局、弱肉強食ってことか。
「ホシノ?どうした?」
「いや、何でもない」
俺が唐突に黙り込んだので心配した彼の声で我に返る。
「いや、何でもなくないわ。やっぱり」
「え?」
「俺、やっぱり本気で人間と戦うよ。
今までは、どこか他人事だったというか、平和ボケしてたというか、やっぱり戦争に本気になりきれてなかった。
けど、俺も本気で人間と殺しあうよ。もう相手の人生を奪うことに躊躇しない。相手も、本気で俺たちの未来を終わらそうとしてるんだもんな。
ありがとう。お前のおかげで決意がはっきりとした」
俺は決意を新たにする。やらなきゃやられるんだ。ボヤっとしてる場合じゃない。
「質問してただけだけど。でも、なんかが解決したならよかった。
一緒に俺たちみんなの未来のために頑張ろうな。
それと、水を差すようで悪いけど、あんまり殺しすぎるのもだめだぞ。
ゴブリンも全滅しちゃうから」
確かに、ゴブリンは他種族がいないと存続できないのか。
でも、他種族はゴブリンがいなくても存続できると。
まじでゴブリンって病原体みたいだな。他種族に寄生しないと生きてけない。
俺は悲しい乾いた笑いがこぼれ出る。
「ところで、ゴブリンって名前って自分で勝手に名乗っても良いの?お前にも名前があったほうが便利なんだけど」
俺は一旦ゴブリンの話は置いといて、こいつの名前の話に切り替える。
「よく知らんけれど、特にルールは決まってないと思うよ」
「じゃ、名前を決めてくれよ。あったほうが俺が助かるから」
「ホシノが適当に決めてくれ。俺は名前がどんなんなのかすらよくわからん」
俺が決めるのか。ま、ゴブリンの名前なんて適当でいいだろ。
「じゃあ、俺の友達だから、ユージって名前でどう?」
「よさそう。俺、ユージ、よろしく」
ユージが手を差し出す。
「うん。俺、ホシノ、よろしく」
俺もユージの手を握る。握手の文化はあるんだな。
面と向かって握手するのは久々な気がした。結構恥ずかしい。
ユージはあんまり恥ずかしがってなさそうだった。なんか余裕があるみたいでむかつく。
「そういえば、さっきの文字の話だけど」
ユージが手を引いて話し出す。
「人間とかエルフは文字あんのかな」
「あるんじゃない?少なくとも、帝国を建国してるくらいだし」
「じゃあ、俺たちゴブリンでも文字をかければ意思疎通できるかな」
「確かに…。それならできるかも、明日オジジ様に聞いてみよう!」
八方塞がりのこの状況に、一筋の希望が見えた気がした。