第44話 ロントへの船出
『それじゃ、俺はガルムルの所に行って通商条約の締結をしてくる。ユージとクラウディア、権三郎は資金調達を頼む』
『了解』
『資金はこの街を支配してる権限を使って、何とかかき集めてくれ。税金とか、街の防衛費用とかいって、割とこじつけの理屈でもいい。ただ、略奪にはならない範囲で頼む。今回俺達は平和的話し合いによってこの街を占領したんだからな』
「大丈夫。資金集めなら私に任せて。あてならあるわ」
『わかった。それじゃあクラウディアが先導してくれ』
「よし!荷物持ちなら俺に任せてくれ!鬼だから、力ならある!」
話を聞くだけだった権三郎が、自分の得意分野を見つけて意気揚々と腕をまくる。
『いや、たぶんお前よりクラウディアの方が力が強いぞ』
「え!?」
隣の華奢な少女を見て権三郎が驚く。
まぁ、レベルが全然違うからな。種族差なんて関係ないだろう。
「わざわざ言われなくても、あんたが倒れるまでこき使ってあげるわよ」
「えぇ!?」
華奢な少女の不穏な発言に権三郎が不安そうな声を上げる。
翌日の朝、俺たちは二手に分かれて出発前の準備へと向かった。
俺は、条約の締結のためにもう一度屋敷に向かい、ガルムルと一対一で対談を行った。
俺は相当不利な条約を押し付けられ、話がこじれると思っていた。
しかし、予想に反して通商条約の締結は順調に終わった。
ガルムルの態度は傲岸不遜ではあったが、条約の内容自体は誠実で、ヤウタスに不利な点は特に見当たらなかった。
貿易に対しては誠実に取り組む主義なのだろうか?
態度と一貫しない内容の条約に拍子抜けしつつ、俺とガルムルは条約に合意した。
そして、俺は条約合意の証明文書を手に屋敷を後にした。
とにかく、これでヤウタスにも貿易の相手ができた。とりあえず一歩前進だ。
その後、条約を締結出来た事とその内容を本拠地にいるハシモト達にも知らせるべく手紙を書き、その手紙と大事な条約文書を、軍の連絡役ゴブリンにヤウタスの港街まで届けるように指示を出した。
そんなこんなで、あっという間に日が暮れてしまった。
その日の夜、宿に戻る最中に後ろから「ホシノくーん」と声をかけられた。
振り返ると、クラウディアが今までに見たことがないような満面の笑みで手を振っていた。後ろにユージ、権三郎の姿も見える。
『その様子だと、資金調達は成功したようだな』
「もちろん。私が任せてと言ったのよ?失敗するわけがないわ。このパンパンのカバンを見なさい!」
クラウディアはそう言ってユージの背のカバンを指差す。確かに、ユージが背負っているカバンはかなりの重量感を感じた。
というか、あれ俺達が入ったカバンじゃないか。それに金がパンパンに入ってるとなると、結構な額になりそうだ。
『おお!相当量の金を調達してきたんだな。クラウディア、よくやった!』
「まぁ、私に掛かればこんなものよ」
クラウディアは得意げにフフンを鼻を鳴らす。隣のユージもニコニコしていて、なんだか得意げだった。
『ホシノ、今日のクラウディアはマジで凄かったんだよ!あと、それと、クラウディアが資金の管理もしたいって言ってるんだけど、いいよね?』
「いいわよね?」
『良いわけあるか!捕虜に帳簿を任せる軍隊があってたまるか!』
大量の金を背負って興奮気味のユージは完全にお人好しの他人を信頼する状態に入っていた。この状態のユージは何でも他者の言う事を信じるから困る。
『俺はもうクラウディアの事、仲間だと思ってるんだけどなぁ』
『本人が勧誘を拒否してたぞ』
「なによ、けちね。ユージくんはすぐにいいよって言ってくれたのに」
『ユージが寛大すぎなんだよ』
ぼやくクラウディアとユージを軽くあしらい、俺は改めて合流した仲間の様子を確認した。
クラウディアはずいぶんと機嫌が良く、ユージはニコニコとカバンを背負っていて、後ろを歩く権三郎は疲労困憊で今にもぶっ倒れそうだった。
『いや、おい。権三郎!お前大丈夫か?』
「へへっ。大丈夫です。大変でしたが、これも世界を旅する夢のため。苦労が大きいほど、確実に夢に近づいてるという実感が湧くんです!」
『いやお前それ、やりがい搾取されてるぞ』
赤鬼なのに青い顔をした権三郎は俺の言葉が届いているのか届いていないのか、ただガクガクと頷く。いや、たぶん届いてないな、これ。
「あら、変な事を書かないでちょうだい?ただ、権三郎くんには労働の素晴らしさをみっちりと説いただけよ。私の話を聞いた権三郎くんは自分から苦労を欲するようになったわ」
『だからそれ洗脳してるだろ』
クラウディアは特に悪びれる様子もなく、「失礼しちゃう」とクスクス笑っていた。
まさか本当に倒れる寸前までこき使うとは......何をやらせたんだよ......。
そんなこんなで、俺達はお金とふらつく権三郎に気を配りながら宿へと戻った。
そして宿に戻った後、権三郎はすぐに倒れるように寝て、いつも通りクラウディアは先に就寝した。二人が寝た後、俺とユージはロントに行く前にやり残したことがないかの最終確認をしていた。
「にしても、よくこんだけ集めたな」
俺の手元にはかなりまとまった額の金があった。
「今日の昼にね、ガルムルのところに行って色々と理屈をこねてせびってきたんだ。その時のクラウディアはかなりすごかったよ」
「そ、そうなんだ......。あんまりにも滅茶苦茶してない?その......もしアキノとの関係が悪化したら......」
「まぁ大丈夫じゃない?たぶんそこまでひどい事はしてないと思う。それに、ガルムルは帝国派らしいから、ガルムルが俺達に対して反感を抱いても今更でしょ」
「それもそうか」
アキノ議会内でエルフ派が勝てば、帝国派のガルムルも失脚するだろうし、別にガルムルに嫌われてもいい......のか?
それにしても、条約を結んだのが朝で良かった。昼以降だとクラウディアが金をむしったあとだから、ガルムルの機嫌が悪くて条約の締結がこじれたかもしれない。
「金もこんだけあれば当分困らないだろうし、貿易が始まれば経済も回りだす。俺たちがアキノに行くことも伝えたし、もう他にやっておくことはないかな」
「うん。たぶん大丈夫」
「よし!ならもう寝るか。明日は出発だ、早く寝よ」
「そうだね」
俺達はさっさと眠ろうと、明かりを消して横になる。
「ロント、楽しみだね」
同じく寝ころんだユージが楽しそうに言う。
「うん」
俺は素直に答えた。アキノの都か、楽しみだな。どれぐらい発展してるんだろう。それに、世界を旅して回るのは、俺達の夢だったからな。
......一緒に夢を語り合ったゴブリンが一匹足りないけど。
夢の事を思い出すと、どうしても、もういないあいつの事も思い出してしまう。俺達と共に夢を語り合って、そして戦争で死んだあいつの事を。
それから、俺達はお互いに無言になり、会話を途切れさせてしまった。暗い部屋の中で、クラウディアと権三郎の寝息だけが聞こえた。
きっと、ユージも同じことを考えているのだろう。
ユージも、あいつを思い出して、それで、何を言うか、何を言わないかで悩んでいるのだろう。
俺は、いつも肌身離さず持っている石のナイフを静かに握りしめた。
翌朝、荷物をまとめて宿を出発した。宿には多めにお金を置いてきた。食堂に到着すると、うさぎの着ぐるみが待っていた。
『おはよう』
ワダさんがスケッチブックを見せる。
『おはようございます』
『船はもう到着している。早速向かおう』
『船を使うんですか?』
『あぁ、ロントへは船で行く。その方が早く着く』
『わかりました』
そして、俺達はワダさんの後に続いて食堂を出て港へと向かった。着ぐるみ、ゴブリン二匹、人間、鬼の一行がぞろぞろと朝のダーバリの街を歩いていく。
最近暑くなってきていたが、朝はまだ少し肌寒かった。
今日でこの街ともお別れか。あまりいい思い出は無いが、この街の飯はうまいのでそこは結構気に入っていたな。
『この船でロントに向かう』
港に到着し、ワダさんは停泊している船の中でも少し小さめの船の前でそう言った。俺達が着いてきているかを確認し、乗り込んでいく。俺達もワダさんに続いて船に乗り込んだ。
船に乗り込んでみると、船内は少し揺れていた。
そりゃあ船は海面に浮かんでいるので当たり前なんだけど。でも、船に乗るのは初めてだったから俺は揺れる足元になんだか不思議な感じがした。
そういえば、ゴブリンって船酔いとか大丈夫か......?こういった船で移動するシーンは、誰か一人は必ず船酔いするよな。
初めての船内に少し戸惑いつつ、俺達は通路をギィギィと軋ませながらワダさんの後を追った。
「おはようございます!」
船では乗組員のドワーフが色々と慌ただしく準備をしていた。着ぐるみに気が付いたドワーフはこちらへ挨拶する。
ワダさんはそれに応じつつ船を進んでいた。やっぱりワダさんって、アキノ国内でそれなりに偉い地位っぽいな。
その様子を見ていた俺は乗組員のドワーフと目が合った。乗組員は少し怪訝な顔をしていたが特に何も言わずに作業へと戻って行った。たぶんワダさんから、ゴブリンを船に乗せる話は聞いていたのだろう。
『ここが私の部屋だ。入ってくれ』
そういってワダさんは船の一室のドアを開いた。
ワダさんに案内された部屋は、船の中にしてはそこそこ広かった。俺達はとりあえず部屋の中央の長椅子に座るように促された。
『さて、早速で悪いんだが、まずはホシノ君とユージ君、君達に1つだけお願い......というか、ルールを設けさせてくれ』
ルール?なんだろう?
『実は、君達をロントに招くのは私の独断だ。ロントの街をゴブリンが歩いていたら確実に騒ぎになる。なので、君達二匹にも私のように着ぐるみを着て貰う』
薄々思ってはいたけど、やっぱりゴブリンである事を隠すための着ぐるみだったのか。
というか、独断でゴブリンを国内に入れるって......結構大胆だな。
そこまで書くと、ワダさんは二つの着ぐるみを持ってきた。
俺とユージに着ぐるみが手渡される。見ると、俺はカエルの着ぐるみだった。
『とりあえず着てみてくれ』
その着ぐるみは、かなり厚底になっていた。なるほど、これを着ればゴブリンでもドワーフと変わりない背格好になるように出来ている。これなら中身がゴブリンとはバレない。
着てみると、想像ほど息苦しくは無かったが、やはり少し蒸れた。これは確かに夏場は辛そうだ。
ユージの方を見ると、ユージは猿の着ぐるみを着ていた。
「あら、結構かわいいじゃない」
「ユージさん、ホシノさん、似合ってますよ!」
いや、着ぐるみが似合うって何だよ。
俺は手帳に文字を書こうと思ったが、この格好では服のポケットにある手帳を取り出せないことに気づいた。
『着ぐるみのポケットにスケッチブックが入っているから、それを使ってくれ』
俺の様子を見てワダさんが教えてくれる。
......本当だ、腰のポケットに、スケッチブックと着ぐるみでも十分に使えるペンが入っていた。
『わかりました。俺も無駄な騒ぎは望みません。とりあえずアキノでは着ぐるみを着て過ごします。ユージもそれでいいか?』
『うん、大丈夫』
『ありがとう。それと、悪いがホシノくんとユージくんのことは、実験用にゴブリンを捕まえたと船員には伝えてある。どうか気を悪くしないでくれ』
えぇ......まぁ、仕方ないか。ゴブリンだし。
『わ、わかりました』
兎と蛙と猿の着ぐるみがスケッチブックを用いて会話する。そしてそれを人間の女と赤鬼の若者が見ていた。なんか変な空間だな。テーマパークの休憩所かよ。
だが、これならゴブリンを見たドワーフが騒ぎを起こす事も無いだろう。
でも、これってかなり目立たないか?
『ただ、俺達だけが着ぐるみを着ているとかなり怪しいのでは?』
『それなら大丈夫だ。私の部下の何人かのドワーフにも着ぐるみの着用を義務付けている』
こんなものを着ながら仕事をしないといけないなんて、なんて過酷な職場なんだ......。
「あら、もっと着ぐるみを見れるのなら、ロントに行くのがますます楽しみになってきたわね」
「かわいい着ぐるみをいっぱい見たいっすね!」
こいつら、他人事だと思いやがって。
『私からの頼みは以上だ。後の事はまたロントに着いてから説明しよう。廊下の奥の部屋を自由に使っていい。ロントへは、二週間ほどかかる、船では自由にしててくれ』
『わかりました。失礼します』
ワダさんの部屋を後にしたカエルとサルの着ぐるみと人と鬼は、とりあえず言われた部屋へと向かった。