第43話 提案と相談と出会い
しばらくした後、兎の着ぐるみが食堂に入って来た。着ぐるみが店内に入って来る様子はかなり異様だった。食堂の他の客も、突然現れた着ぐるみに驚いているようだ。
「やぁホシノ君、ユージ君」
注目を集めている着ぐるみが俺達に挨拶して、テーブルの空いた席に座る。人間とドワーフだけの街で、ゴブリン二匹が飯を食べているということでただでさえ目立っていたのに、さらにそこに着ぐるみも加わってしまった。
「すみませんワダさん、筆談でお願いします。さっきみたいに人語を喋ってもらってもいいですけど」
俺はワダさんに筆談を求める。これ以上クラウディアを仲間外れにするのはさすがにかわいそうだ。
それにしても、ワダさんか......。俺はさっきの会談のせいでワダさんに対して少し苦手意識があった。
「あぁ、すまんすまん。いや、あれは疲れるから普通に筆談するよ」
『やぁ、クラウディア嬢』
慌ててワダさんはスケッチブックでクラウディアに挨拶する。
疲れる?魔力絡みか?
『それでワダさん、どうしたんですか?』
『まずは先ほどの会談でのアキノの非礼を詫びよう。すまなかった』
そう紙に書いた着ぐるみが頭を下げる。
いや、頭を下げられても......。結局、会談が失敗した事実は変わらないしな......。
いったい、ワダさんは誰の味方なんだ?いまいち俺はこの着ぐるみの事を信用できない。しかし、彼を頼ることが現状の最善の行動のようなのもまた事実だった。
『いえ、謝らないでください。たぶん、ワダさんが悪いわけじゃないと思います』
『いや、私が事前にもっと説明しておくべきだった』
『説明ってなんですか?』
ゴブリンが他種族から見下されているということを前もって俺に知らしめて置くべきだったか?
俺は卑屈に自虐的なことを考えていた。
『いま、アキノの議会では帝国派とエルフ派に分かれていてな。さっきの外交官のガルムルは帝国派なんだ。だから、帝国と対立しているヤウタス連邦に対して威圧的だった。すまん、それを先に言っておくべきだった』
『そうだったんですか』
しかし、ワダさんは俺の考えとは違う原因を説明してくれた。
でも、その情報を前もって教えられても俺は愚直に同盟を持ち掛けただろう。結局結果は変わらなかっただろうし、やはりワダさんに非はないと思う。
『ワダさんはエルフ派なんですか?』
ユージがワダさんに聞く。
『ああ、そうだ』
まぁそうでもないと、わざわざ証拠を探す権利を欲したりはしないだろうな。おそらく、その権利でエルフ派にとって有益な行動をするのだろう。
『なら、僕らはワダさんの味方です。僕らも今、帝国の野望の証拠を探そうと思ってたんです』
『ふむ、あてはあるのか?』
『それが全く。一応、ヤウタスに戻って書類等を探そうとは思ってましたけど』
ユージの言う通り、俺たちは一応改めてヤウタス国内で証拠を探すか、という話にはなっていた。でも正直望みが薄いとは思っている。港街を占領した時、重要そうな書類にはあらかた目を通していたし、いまさらヤウタスを探しても証拠は見つからないと思っていた。
『なら、ロントに来ないか?』
ワダさんがそう書いた紙を俺達に提示する。
え?ロント?ロントって確か、アキノの都だったっけ?たしか、朝にクラウディアがそう説明してくれたような。
『なぜですか?』
『さきほど、アキノ議会内では帝国派とエルフ派に分かれていると言っただろう?実は、少し前まではエルフ派の方が多数だったんだ』
そうなのか。まぁ帝国の開戦理由ってかなり言いがかりというか、無理矢理な理屈だしな。たしか、エルフがゴブリンを匿っている疑いがあるからだったっけ。とても正当性があるとは思えない。そりゃあ周辺国からは警戒されるだろう。
というか、実際は両国ともに牧場を運用しているようだし、ゴブリンを管理するのは暗黙の了解だったんじゃないのか?
『しかし、ここ最近で急激に帝国派が増えている。どうにもきな臭い』
『帝国が裏で何かしていると?』
『何らかの動きがある事は間違いないと思っている。もしかしたら、その調査が君たちにとってもなにかしら役に立つかもしれない』
『......少し、相談させてください』
『あぁ、かまわない』
ユージが真剣な表情でこっちを向く。俺達はワダさんに見えないように体を寄せ合い、ちぢこまって相談を始める。
『どうする?』
「私は行きたいわね、ロント。小さいころ一度だけ行ったことがあるけど、活気があっていい街だったわよ」
『観光で行く訳じゃないぞ』
『でも、実際ヤウタスにいても特に当てがあるわけじゃないし、行ってみるのも手だよね。何も得られないかもだけど、それはヤウタスに残っても同じことだし』
『行って困るのは、内政の指示が出しづらい事か?あと、国内の状況は把握しにくくなるな』
『でも、ロントに行ったら世界の状況が把握しやすくなると思うよ』
『確かに』
ユージの言い分ももっともだった。しかし、いまいち俺は決断しきれないでいた。
うーん......。どこまでワダさんの事を信用していいのか......。
確かに帝国の動きが活発な場所の方が何らかの情報を掴みやすそうではある。
でも、もしもこの話が罠だった場合、取り返しがつかないことになる。敵地で孤立したらどんな目にあうかわかったもんじゃない。知らない人にはついて行っちゃいけないってよく言うし......。
『ユージは、ワダさんのことを信用できると思う?』
『どうだろう......。嘘はついてないように見えるし、そこまで警戒はしなくていいと思う。向こうが俺らを気にかけてくれてるのは本当っぽい』
『それって、同じゴブリンだから気にかけてくれてんのか?』
『たぶんそうだと思う』
まぁ、もはや絶滅寸前の同族だ。手助けしたくなる動機として納得はできる。
「ね。行きましょうよ。たしかワダさんってアキノの技術研究所の所長さんだったわよね?ヤウタスも技術力を上げたいって言ってたじゃない。仲良くしといた方が良いんじゃないの?」
クラウディアの言い分も一理あるな。ここでワダさんと仲良くなっておいて、アキノにコネを作っておくのは利点が大きいか。
......よし、ユージの勘を信じよう。ワダさんが嘘をついていないのなら、この誘いが罠って訳でもないだろう。
『行くか、ロント』
「やった!決まりね。久しぶりのロント、楽しみだわ」
のんきな奴め。と、クラウディアに呆れた素振りを見せつつ、実は俺もかなりワクワクしていた。ロントはかなり発展した都市らしい。この世界で初めての外国だ。一体何があるんだろう。
俺達はワダさんに向き合う。
『ワダさん、そのお話、ぜひ受けさせてください。それと、これはお願いなんですが、どうかヤウタス連邦の技術向上に力添え願いたい』
俺はそう書いた紙を見せて頭を下げる。ダメで元々だ。俺は要求を伝えてみた。
『わかった、いいだろう。交渉成立だ。私は明後日にロントに帰ろうと思う。技術関連の話は、ロントに戻ってからでいいか?』
『ありがとうございます!大丈夫です』
予想に反して、ワダさんは俺のお願いを聞いてくれた。やった、これでかなり進歩できる。俺達もまともな装備や船を製造できるようになる。
『よし、なら明後日の朝、再びここに集合しよう。それで構わないか?』
『わかりました。準備しておきます』
ワダさんは俺がそう告げると『では明後日に』と言って食堂を後にした。着ぐるみがのしのし歩いて食堂を出ていく。あ、お会計もお願いしてみればよかった。
「明後日って、かなり急ね」
『そうだな。とりあえず兵舎に行ってロントに行くことをみんなに伝えないと』
『何匹でロントに行くの?』
『行くのは俺とユージとクラウディアだけでいいと思う。それ以上連れて行くと今度は留守が心配だ』
こんな世界だ。正直ゴブリンが数十匹いたところで護衛にならない。なら置いて行った方が面倒も少ないだろう。連れていくとしたら、チバを連れて行ったらかなり便利そうだ。でも今はチバには斥候部隊の訓練の方に注力してもらいたい。
『わかった。この街の長は誰にする?たぶん、外交関係はこの街で行う事になると思うから、やっぱりハシモトがいいかな?』
『いや、ハシモトには軍隊の訓練に集中してもらいたい。とりあえずトガワにしよう。で、トガワの仕事はヘイジ君に任せよう』
ヘイジ君とは前の戦いを生き残った第三小隊の二番目の隊員、ハシモト ヘイジ君の事である。
『了解』
『あと、アキノと通商条約の取り決めもしないとな』
ガルムルと話し合って決めることになるんだろうか。嫌だなぁ、考えるだけで憂鬱な気分になって来た。
『じゃあ、俺がみんなに伝言するからホシノは条約関連に集中しよ。伝言は俺達がしばらくアキノの都ロントに行くことと、ダーバリの街の管理はトガワに任せることでいい?』
『ちょっと待ってな、他になんか伝えておくべきことあるかな?』
俺は手帳をペラペラめくって考える。
内政関連の指示も改めて出すべきか?技術支援はどんな形でしてくれるんだろう。
「それと、せっかく商業が盛んなロントの街に行くんだから、しっかりお金の準備もしておきましょ。っていうかなんであなた達手持ちのお金がないのよ」
『お金の概念がない村で育ったから......。すまん、金は返すからついでにここの飯代も頼む』
「まったく、しょうがないわねぇ」
確かにクラウディアの言う通り、お金も用意しておかないと。いつまでも彼女に払ってもらい続けるわけにもいかないしな。
えーっと、とりあえずこの街はヤウタスの領土になったんだから、その権限を使ってなんとかして金をかき集めるか。
「わるい、ちょっといいか?」
今日明日でするべきことを考えていると、フードを被った長身の人物がテーブルの側に立っていた。
何?誰だ?背丈からしてドワーフではなさそうだぞ?人間か?
フードのせいで見えにくかったが、よくよく顔を見るとその皮膚は赤かった。こいつ、鬼か......?
「隣のテーブルで飯を食っていたら聞こえて来たんだが、あんたらロントに行くのか?」
『あぁ、そうだけど』
俺は警戒しつつ手帳に肯定の言葉を書き込みフードの鬼に見せる。
ユージもクラウディアも何も言わないから、たいして危険な奴ではないんだろう。
「頼む!俺も一緒に連れて行ってくれ!」
フードの鬼はそう言って突然頭を下げる。
はぁ?
『なんでだ?』
「理由は話す!でも代わりに役人には突き出さないと約束してくれ!」
フードの鬼はそう言って俺に懇願する。
いや、役人には突き出さないでくれって、俺一応この街を治める国の長なんだけど......。
まぁいいや。怪しそうな奴ならユージに取り押さえてもらおう。
『わかった、約束する』
「ありがとう、助かる。......実は俺、密航してダーバリに来たんだ」
フードの鬼は声を潜めて話し出す。密航?
「だから、頼るあてがなくて困ってたんだ。頼む!雑用でもなんでもする!俺をロントに同行させてくれ!」
そう言ってフードはもう一度頭を下げる。話が見えてこないないな......。
『なんで密航なんてしたんだ?』
たしかクラウディアの話だと、アイザクはアキノとは貿易をしているはず。普通に正規の方法でもロントに行く手段はあるはずだ。
「えと、アイザクでは外国に行くことを禁止されていて、でも俺はどうしても、世界を見て回りたかったんだ。だから、ダーバリに行く船にこっそり忍び込んで、なんとかここまでやって来た」
説明するフードの鬼の顔をよく見ると、会談の時に会った鬼に比べて若々しく、まだ顔つきに幼さが残っていた。なるほど、若い奴が無茶なことをしたって感じか。
「そんで、空腹を満たそうとこの店に入ったら、ちょうど隣のテーブルでロントに行くって声が聞こえて来たじゃねぇか。まさに渡りに船ってんで、声を掛けさせてもらった。頼む!俺も一緒に連れてってくれ!」
やっぱり俺達は目立ってたみたいだな。着ぐるみとゴブリンと人間が同じテーブルを囲んでいたらそりゃ目立つか。
『お前、家族は?心配してるんじゃないのか?』
「親兄弟には止められたけど無理矢理家を出た。もう帰るつもりはない」
家出かよ。いくらフードで隠しても、鬼だってバレるのは時間の問題だろ......。無茶をするなぁ。正当な手段で外国に行こうとしたら通行証が必要になる。こいつはいったいここからどうするつもりだったんだ?
『クラウディア、こいつってアイザクに送り返したらどうなんの?』
こっそりとクラウディアに聞いてみる。
「そうねぇ、アイザクの法はよく知らないけど、不法入国はそこそこ重い罪になるんじゃない?」
そりゃ、かわいそうな話だな。でも人数が増えると面倒が増えそうだなぁ。
『世界を見て回りたい』か......。
『わかった。一緒に連れて行ってやる。名前は?』
「ありがとう!俺は権三郎ってんだ!よろしく頼む!」