第41話 三国会談2
ガルムルが返事をすると、扉が開いてドワーフ兵と二人の男が部屋に入って来た。
よく見ると両方の男の頭部には角が生えていた。
これが鬼......!
明らかに種族としてゴブリンよりも強そうなその姿に圧倒される。
「十右衛門殿、千景殿、ようこそお越しくださいました」
ガルムルが立ち上がり二人の鬼に挨拶して握手をする。
「ガルムル、久方ぶりだな」
「えぇ、本日はよろしくお願いします。どうぞ、掛けてください」
「あいわかった」
十右衛門と呼ばれた方の大きな赤鬼は長机に目を移す。と、席に座ろうとした赤鬼と目が合った。
やばい。どうすればいいかわからない。お、俺も挨拶するべきなのか?
俺は急いで席を立って、スケッチブックに『本日はよろしくお願いします』と書いて赤鬼に見せ、彼に握手を求めてにこやかに手を差し出した。
「ホンマに小鬼がおるやないか。ワダ、お前の差し金か?」
しかし、赤鬼は俺を無視して席に座り、ワダさんに話しかけた。後ろの千景と呼ばれた青鬼も俺を無視する。
あ、やばい。これ鬼と友好関係を築くのは無理そう。
「違う。彼らは自らの力でヤウタス地方を手に入れた」
ワダさんは人語を発して赤鬼に返答する。
......え?ゴブリンなのに、どうやって人語を喋ってるんだ?
俺は今すぐに人語を喋る方法が知りたかった。でも、鬼やドワーフのお偉いさんの前で身勝手な行動をするのは怖い。......仕方ない、後で聞いてみよう。俺は誰にも取ってもらえなかった手を引っ込めてそそくさと席に戻った。
「なんや、小鬼なんぞに負けるなんて、帝国も大したことないのぉ」
「おい十右衛門、今は帝国の賓客もいる。あまり帝国を挑発するな」
「おぉ、すまんすまん」
青鬼がクラウディアを見ながら赤鬼をたしなめる。どうやら、鬼の国にとっても帝国はある程度脅威であるようだ。
俺が自分の席に戻ると、クラウディアは明らかに赤鬼を睨んでいた。不安だ......。
「それではクラウディア様。ダーバリの所有についてのお話も済んだようなので、席を外してもらってもよろしいでしょうか」
ワダさんがクラウディアに退出を求める。さすがにここから先は部外者である帝国の人間がいたらまずいか。
「そうね、なら私は応接室で待ってるわ。終わったら声をかけてちょうだい」
そう言い残し、クラウディアは退出した。
「それでは全員揃いましたので、早速アキノ・アイザク・ヤウタス三国交えての会談を始めたいと思います」
クラウディアが退出したのを確認して、ワダさんが会談を始める。
「改めて参加者を紹介します。
私はアキノ共和国の、アキノ技術研究所所長のワダと申します。
同じくアキノ共和国から、議員のガルムル様。
アイザク国から、小将の十右衛門殿、同じく小将の千景殿。
ヤウタス連邦共和国から、元首のホシノ様、大将のユージ様。以上が参加者となります」
なんだか緊張してきた。この会談でヤウタス連邦の命運が決まるのか。
「まずヤウタス連邦共和国について説明いたしますと、ヤウタス連邦共和国とは帝国占領下にあったヤウタス地方をゴブリンが攻め取り立国した国でございます。
本日の会談はまずヤウタスの紹介及び基本的な取り決めから行いたいと思います。では、ホシノ様、よろしくお願いします」
え?よろしくって何?まずは挨拶でもしてみたらいい?
俺は戸惑いつつもみんなに挨拶をする。
『ヤウタス連邦共和国元首のホシノです。さっきの説明の通り、新しくヤウタスに国を作りました。アキノ共和国ともアイザクとも友好に接して行けたらと思います。今後ともよろしくお願いします』
にこやかに、スケッチブックに友好の意を示す。しかし、場の空気は冷え切っていた。
「おいワダぁ。大事な話があるってんで来てやったが、まさかコレのことじゃないやろなぁ」
ゴブリンなんて眼中にないと言わんばかりに赤鬼がワダさんに凄む。
「もちろん、新たに誕生したヤウタス連邦についても大事な話でございます」
「チッ」
ワダさんは平然とした様子で受け答える。その様子に赤鬼は舌打ちする。
「まぁまぁ、隣国関係は大事にしましょうよ」
見かねたガルムルが赤鬼をなだめ、場が静まりかえる。
やばい、怖い。鬼めっちゃ怖い。なんであんなに攻撃的なの?
「お話の途中で遮ってしまい申し訳ございませんでした。ホシノ様、他に話す事はございませんか?」
ワダさんが俺に発言を促す。や、やばい。怖いけど、やるべきことをしないと。俺は急いで取り決めに関する事を紙に書き、みんなに見せる。
『まず、ヤウタス連邦は交易をしたいと思っています。アキノ、アイザクと通商条約を結びたい所存です』
俺がスケッチブックを提示すると、鬼とドワーフと着ぐるみが一斉にこちらを見る。
「ええ、もちろん。私は交易に賛成です。お互いの国の利益のために協力しましょう」
ガルムルはヤウタスとの交易に賛同してくれた。
良かった......。とりあえず、これでアキノとはいい関係が持てそうだ。
「断る。我がアイザクは小鬼の国なんぞに国交を開くつもりはない」
しかし、青鬼にはきっぱりと否定されてしまった。
大丈夫、鬼とは交易を結べない事はわかってた。問題ない。
俺はショックを受ける自分を落ち着け、スケッチブックに言葉を紡いでいく。
『わかりました。ありがとうございます。もう一つ提案があります。我々ヤウタス連邦は帝国と戦争中です。我々と同盟を組んで共に帝国と戦ってくれませんか?』
俺はもう一つの要求を見せる。エルフの大将も帝国は脅威に感じていた訳だし、ドワーフもしくは鬼も対帝国に乗り気になってくれるかもしれない。
しかし、俺が書いた文字を読んだ両国の代表はクスクスと笑いだす。鬼もドワーフも俺をバカにした様子で失笑していた。
あれ?俺、そんなに変な事を書いたのか?
「おい!ワダ!ホンマになんでこないな奴らを国として認めたんや?ただの世間知らずなバカやんか!」
赤鬼が笑いながらワダさんに野次を飛ばす。
「小鬼!わかっとらんみたいやから教えたる!オノレら小鬼なんぞと同盟なんて結んでみろ!世界中からバカにされちまうよ!もっと自分の立場ってもんを自覚せぇ!」
笑いながら赤鬼は俺の同盟の提案を拒否する。
......もしかして、俺はとんでもなく場違いな存在なんじゃないか?
「アキノは基本中立外交ですので、同盟は難しいですね......」
ガルムルも、失笑をこらえきれないといった様子で俺達との同盟を拒否する。
俺はオジジ様の『ゴブリンは他種族から嫌われている』という言葉を痛感した。
最近、なんだかんだといって俺達ともまともに相手をしてくれる人が多かったから忘れていた。そうだった。俺達って、ゴブリンだった。同盟なんて無理な話だったんだ。
俺は泣き出しそうになるが、必死にそれをこらえてスケッチブックに了解の旨を書く。やるべきことはやった。もう帰ろう。帰りたい。
「ヤウタス連邦は、なぜ帝国との戦争をお考えで?」
しかし、ワダさんが俺に戦争の理由を求める。
な、なんでそんなことを?
俺は手を止めてワダさんを見る。着ぐるみを着ているせいで表情は見えなかったが、兎の着ぐるみはまっすぐにこっちを向いていた。
「ワダ、もういいでしょう。どんな理由であれ、アキノが彼らと同盟を結ぶことはないですよ」
ガルムルがワダさんをたしなめる。
「しかし私としましても、報告のため戦争目的は聞いておかないといけませんので。ホシノ様、お願いします」
それでもワダさんは俺に理由を聞く。
俺は、俺達が帝国と戦争を続けなければいけない理由をスケッチブックに書いて見せる。
『我々の前指導者が、帝国の目的は亜人の抹消という情報を手に入れたためです。我々は生きるため、帝国の野望を打破しなければなりません。また、同様の情報をエルフ軍大将のマルセルも得ていたようでした』
「なるほど!それは非常に問題だ!」
俺が理由を述べると、ワダさんがすぐさま食いついてわざとらしく驚く。どうもワダさんはこの話題を広げたいようだ。
「ワダ!こんな戯言捨て置きなさい。彼の話には裏付けが一つもない」
それをガルムルが叱責する。鬼達は話の流れが読めずにドワーフ陣営のやり取りを見ていた。
「確かに、そうですね。しかし、ホシノ様の話が嘘である証拠もありません」
「嘘である証拠など、見つかるはずもない」
「ですので、私は証拠を探したいと思います。友好国の帝国の疑惑を晴らすためでございます。そのための許可をいただいても?」
ワダさんがそう言うと、ガルムルは押し黙る。
どうやらワダさんは調査する権利を欲しているようだ。
アキノの事はよくわからないけど、ここで言質を取っておくとワダさんにとって有利なのかもしれない。
「......いいでしょう。帝国にかかる不当な疑惑を晴らすためならば、お前が証拠を探すことを認める。好きにしなさい」
「ありがとうございます」
「それで、ホシノ様。話は以上でしょうか?」
ガルムルがワダさんとのやり取りを終えて、俺に問いかける。その表情は柔和であったが、内心かなりいらだっているのは明らかだった。
『はい。我々がしたかった話は以上です。ありがとうございます』
「でしたら、どうぞお引き取りください。交易についてはまた後日。おい!ヤウタスの客人がお帰りだ!」
そう言い、ガルムルはドワーフの兵士を呼んで俺達を半ば無理矢理会議室から退出させる。
これが一国の大使に対する対応か?それに、鬼とドワーフはまだ出てくる様子はなかった。恐らくヤウタスを除いて話したい事があるのだろう。
俺とユージはドワーフ兵にせかされて廊下を歩きだす。
廊下では、二人とも無言だった。
俺達は応接間に到着する。中ではクラウディアが暇そうにお茶を飲んでいた。
「あら、思ったよりは早かったわね。それで............ま、とりあえず行きましょうか」
彼女は俺達の様子を見て何かを察したようで、特に何も聞いてこなかった。
、クラウディアを回収してそのまま屋敷から出る。
しかし、俺は何もする気が起きなく、ただ屋敷の門の前で立ち尽くした。
「とりあえず、お昼でも食べましょうよ。私、おなかすいちゃったわ」
立ち尽くす俺にクラウディアが提案する。
『そうするか』
そして俺達は会談を終えて、腹を満たすために飯屋へと向かった。