第40話 三国会談1
『そういえば、宿をどうしよう』
ユージが砂に書く。
結局、特訓むなしくクラウディアは風魔法を使えるようにはならなかった。
レベルが足りないせいなのか、魔法の理解にも個人差があるのか、オジジ様の魔法の教え方が上手だったのか。そういえばユージも風魔法は使えるようになったけど、火魔法は使えないもんな。ま、俺には魔法の事はよくわからない。
『宿のこと正直忘れてた。どうしよう、俺達も軍の詰所に厄介になろうかな?』
「あら、宿ならいい場所を知ってるわ」
クラウディアが胸を張って言う。
『そりゃいい宿があるなら嬉しいけど、俺達は金が......』
「それなら私、さっきいいことを思いついたの。あなた達はお金いらないんじゃない?」
『そうなの?』
いいこと?なんとか宿代をドワーフに払わせる方法とかか?
「ほら、こうすれば私一人分の金額で泊まれるわ」
クラウディアが俺とユージが収納されたかばんを開けながら言う。
俺とユージはぎちぎちのかばんからもぞもぞと這い出る。ひ、ひどい目に遭った......。
浜辺からの帰り、街の雑貨屋で大きなかばんをクラウディアが購入して、その中に俺達2匹を収納するというのがクラウディアの作戦だった。
絶対に着ぐるみをきてるワダさんを見て思いついただろ。
『無銭宿泊は良くないんじゃ......』
ユージが手帳に書いた文字を見せる。
そういう問題か?荷物扱いに怒るべきでは?
「ま、バレたらペットって事にしましょう」
『それなら......まぁ......』
いや良くないだろ。もっとゴブリンとしての尊厳を大事にしてくれ。
『もしバレたらちゃんとお金を払おう。あとで返すから、クラウディアが払ってくれ。頼む』
「あら、せっかくただで入れたのに。ならバレないようにしてね。ユージ君は?ペットってことにする?」
『もしバレたらユージの分も払ってくれ』
俺は戸惑うユージの代わりにずいと手帳を彼女の眼前に持っていく。まったく、ユージをからかわないでくれ。
「わかったわ。なら、ユージ君もバレないようにしてね」
クラウディアはしぶしぶといった様子で了承する。
「なぁホシノ、やっぱり良くないんじゃ......」
「でもまぁ、俺達お金ないし......。納得がいかないなら、いつか返しに来よう」
「......わかった」
ユージは何とか飲み込んでくれたようだった。
「じゃあ、もう一回かばんに入って?」
クラウディアがかばんをポンポン叩く。
『え?なんで?』
「だって、これじゃ宿の食事は私の分しか出ないじゃない。外に食べに行きましょ」
「まったく、ひどい目にあった。これなら野宿の方が良かった」
「まぁまぁ、彼女なりに気を配ってくれたのかもしれないし......」
それにしたって、かばんに詰め込むのはさすがにひどいと思います。
俺とユージは再三かばんにぎゅうぎゅうに詰め込まれて、外で飯も食べ終わり今は宿でまったりしていた。クラウディアは先に眠ってしまった。やっぱりこいつは寝つきがいい。
「にしても......いきなりクラウディアを仲間になんて、びっくりしたよ」
「ごめんホシノ。いきなり俺の独断であんなことして」
「いや、別にいいけどな。仲間が増える分には特に問題ないし、ユージが仲間にしたいって思ったんなら文句はないよ」
俺達の基本方針は来るもの拒まずでいこうと思ってたしな。
「そっか、ありがとう。......たぶん、このままだとこの街でクラウディアと別れることになると思ったんだ。だから、仲間に誘うなら今しかないと思って」
ユージは少し俯きがちに誘った理由を説明する。
「なるほど。まぁ、たしかにこのまま捕らえた人間を連れまわすのも無理があるか。常にクラウディアを監視して回るのはさすがに骨が折れるし、対外的にも印象が悪そうだしな」
「うん。結局どっちつかずな状態になっちゃったけど、これなら勝手にどこかに行っちゃうことはないと思うし、少し監視を緩めてもいいと思う」
「まぁ、そうだな。それで、ユージは結構クラウディアの事気に入ってるの?」
「うん。人間なのにゴブリンに対して普通に接してるから、悪い人ではないと思う」
「普通に接するってより、ただナメられてるだけって感じもするけどな......」
「ふふっ、そうかも。たぶんホシノはちょっとナメられてるかもね」
俺がぼやくと、ユージは少し笑う。
「でも、こうして先入観に囚われず俺達と普通に接してくれる人間はやっぱり珍しいし、やっぱりクラウディアは有用だと思うよ」
「ま、それはそうだな」
ヤウタスでも、人間とゴブリンで何とか手を取り合って共に暮らしてる。でも、それも何ヵ月もかかってようやく少しずつ慣れて来たし、未だに人間とゴブリンの間には深い溝がある。
そう考えるとクラウディアはかなり特異な奴ではある。あいつは出会って次の日の朝にはもう俺達と一緒の食卓で普通に飯を食ってた。肝が太いのは間違いない。
「この関係がいつまで続けられるかわからないけど、向こうも俺達にそこまで嫌悪感は持ってないと思うし......」
「そうでもないとあんな事は言わないだろうしな」
「どっちにしろ、クラウディアと仲良くなって損はないよ。きっと」
「......まだ、裏切られる可能性はなくなってないけどな」
「そうなったら、悲しいね」
ユージは本当に悲しそうな顔をして言った。
「......もしもの時は、やれるのか?」
俺はユージを見る。きっとこのまま彼女と過ごしていれば、情が移ってしまうだろう。でも、向こうもそうとは限らない。いつか彼女が帝国の兵士として俺達に刃を向ける可能性はある。そうなったら、現状彼女を止められるのはユージしかいない。
「うん。責任は取るよ」
ユージは俺の目をまっすぐ見てきっぱりと断言した。
きっと、ユージもずっとそうなる可能性については考えているのだろう。
だから、今日独断で彼女を仲間に誘ったんだろうな。
「そっか、ごめん。こんなことばっかり言って」
「いいよ。いろんな可能性を考えるのもホシノの良いところだと思ってる」
「全く、お前は手当たり次第に色んな奴を褒めまくりやがって、そんなんじゃいつか修羅場になるぞ」
「手当たり次第ではないと思うけど......」
きっとこいつはゴブリンでなければ相当なすけこましになっていただろう。
「まぁいいや。眠くなってきたから俺も寝る。おやすみ、ユージ」
「うん。おやすみホシノ」
翌日、俺達は屋敷へ行く前に宿で朝飯を食べていた。
「ところで、ホシノ君はアキノ共和国のことをどれくらい知ってるの?」
パンにジャムを塗りながらクラウディアが聞いてくる。
そういえば、これから会談をする二ヵ国のことをよく知らないな。
『20年ぐらい前にゴブリン殲滅戦に参加したこと以外なにも知らない。頼む、アキノについて教えてくれ』
俺は手帳に書いてクラウディアに見せる。
「いいわ。アキノ共和国は住民のほとんどがドワーフで構成されている国で、ドワーフの国と言ったらアキノ共和国の事ね。
アキノは地理的に世界の中心にある国なの。
北には獣人の国デミト王国があり、南には山を挟んでヤウタス地方...今はヤウタス連邦ね。北東の人間の帝国とも南東のエルフの国とも国境を接していて、西にはここダーバリの街で海峡を挟んで鬼の国アイザク、北西のリザードマンの国イグナとも船を使えば交通の便は悪くない。
そして、ドワーフは基本争いを好まない。だから、アキノは他のすべての国と通商条約を結んでいて、交易によってとても栄えている国よ。アキノの都、ロントには世界中の品物が存在すると言われているわ」
クラウディアがパンを頬張りつつアキノ共和国について教えてくれる。
たしかに、ドワーフの兵士と最初に会った時、かなり緊張感が漂っていたけど、向こうにもできれば争いは避けたいという雰囲気があった。
争いを好まず、商業を優先するのであればヤウタスとも通商条約を結んでくれそうだな。
ただ、そうなると対帝国同盟を組むのは難しそうか。
『ありがとう。アイザクについても教えてくれ』
俺はクラウディアに鬼の国アイザクについても聞く。
「さっきも言ったように、アイザクは鬼の国。
ここダーバリの街から海峡を越えた先の大陸に存在する国よ。
鬼という種族は結構個体としての戦闘力が強くて、昔から他の種族に対して排他的で威圧的みたい。国にもその特色が現れていて、基本他の国とは係わりを持とうとしないわね。対ゴブリン戦争にも参加しなかったようだし。ただ、アキノとだけは交易を行っているわ。
アイザクとリザードマンの国イグナはこの大陸と地続きではなく、別の大陸にあるの。二つの国で大陸を二分していて、大陸の北がイグナで南がアイザク。この二国の仲は険悪で、度々戦争をしているわ。今のところは中々決定的な戦闘は起こらず、小競り合いが続いているわね。今は一応休戦中らしいわ」
クラウディアは事もなげに色々と教えてくれた。
なるほど、排他的なら、交易や同盟は無理かもな......。
ただ、リザードマンの国と仲が悪いなら、うまく取り入れば同盟が組めるかもしれない。
『ありがとうクラウディア。かなり助かった』
「ま、これぐらいは常識よ。貸し一つにもならないわ」
確かに、クラウディアは頼りになる。ユージの鑑識眼はかなり高いようだな。それも魔力探知の能力なのか?
そうこうしているうちに朝飯も食べ終わり、俺とユージはかばんに入った。かばんに入ることに慣れてしまっている自分に少し嫌になりつつ、俺達は宿を出て昨日の屋敷へと向かった。
「おはよう、ホシノ殿、ユージ殿」
「「おはようございます、ワダさん」」
『おはよう、クラウディア嬢』
「あら、おはよう」
屋敷に到着し、ドワーフの兵士に中に入れてもらうとうさぎの着ぐるみが出迎えてくれた。
廊下を歩みながら、ワダさんは丁寧にクラウディアにも筆談で挨拶する。
「よく来てくれた。もうすでにアキノの外交官は屋敷に到着して会議室にいる。
......ところでホシノ君は他種族と意思疎通を図るときはどうしてる?」
「えっと......文字を書いてます。地面や紙に」
「わかった。なら、このスケッチブックを使ってくれ」
そう言って、ワダさんは大き目のスケッチブックとペンを手渡してくれた。
「あ、ありがとうございます」
確かに、他国の偉い人に手帳に書いた小さい文字を読ませるわけにもいかないか。大勢に見せるときに文字が小さいと見せにくいだろうしな。
「うん。あと、ホシノ君はアキノとアイザクについてどれくらい知ってる?」
「常識的な範囲の事は、ついさっきクラウディアに教えてもらいました」
喋りながら歩いていると、昨日来た会議室の扉の前まで到着する。
「なら良かった。それじゃあ、準備はいいかい?」
ワダさんは扉の前で俺に確認する。
緊張してきた。この会談でヤウタス連邦の命運が決まるのか。
「はい!」
俺は自分自身を鼓舞する気持ちで、気合を込めて返事をする。
「......頑張ってくれ」
俺が返事をすると、ワダさんは俺に励ましの声をかけてから会議室の扉をノックした。中から「どうぞ」という返事が帰って来て、ワダさんが扉を開ける。
会議室の中には、ピシッとした服装のドワーフが座っていた。
『ガルムル様、ヤウタス連邦からの客人をお連れしました。元首のホシノ様、将軍のユージ様、そして、先ほどお伝えした帝国軍所属のクラウディア様です』
「やぁ、アキノへようこそ。私はアキノ共和国議員のガルムルと言う者です。昨日はろくにおもてなしも出来ずにすみません」
ガルムルと呼ばれた偉いであろうドワーフが、立ちあがり俺達に挨拶する。
俺は結構ビビっていたのだが、相手の丁寧な対応に少し拍子抜けする。
と、とりあえず挨拶をしないと。
『いえ、突然の訪問失礼しました。本日はこのような場を設けていただいてありがとうございます』
「いやいやとんでもない。さ、どうぞお掛けになって下さい」
俺達はとりあえず言われた通り目の前の席につく。
「アイザクの者も、そろそろ到着するはずです。ですが、ただ待っているのも何なのでここダーバリの街の所有についてお話しましょう」
『わかりました』
ダーバリの話か。昨日門番とクラウディアが言い争ってた奴だよな。
「ここは元々帝国領よ。帝国と交戦中のヤウタス連邦が占領するのならまだしも、中立であるアキノが占領しているのは由々しき事態だわ」
待ってましたとばかりにクラウディアが論を述べる。なんかよくわからんが、どうやら帝国とアキノの問題らしいし、一旦クラウディアに任せよう。
「もちろんです。先日、うちの兵士が申した通り、我々はただ山賊などからこの街を守っていただけでございます。ですので、ダーバリの街は変わらず帝国領です。というわけで、現在はヤウタス連邦が占領している状態で間違いありません」
「なら、さっさとこの街から撤退しなさいよ。なにがようこそアキノへ、よ。なんで我が物顔でこの屋敷も使用してるのよ」
クラウディアさん、少し言葉が強いです。
俺はハラハラしながらクラウディアとガルムルの会話を聞く。
「えぇ、もちろん軍は撤退させます。が、この街にはドワーフも大勢入居しています。彼らを全員追い出すのはとてもではないけど難しい。そこで、聞いた話によるとヤウタス連邦は種族の区別無しを理想とする国家だとか。ホシノ殿、どうでしょう、ドワーフの住民は変わらずこの街に住み続けさせてもいいでしょうか?」
え?別にいいんじゃないか?確かに俺達の国家目標は全種族の共存共栄だし......。
ちらっと横目でクラウディアを見る。なんだか少しイラついている様に感じた。
しかし、今アキノ相手にこの提案を断るわけにも......。
『わかりました。我々は新興国です。住民はいくらでも欲しい。こちらとしても好都合です』
「ありがとうございます。ではそのように」
そう言うと、ガルムルは部下のドワーフと小声で何やら会話しだした。何か指示をしているのだろう。
「ちょっとホシノ君、そんなに安請け合いして大丈夫?あいつら、たぶん内側からこの街を食うつもりよ」
クラウディアが小声で俺に警告する。
『正直、どうなるかわからない。けど今はヤウタスとしては対帝国に集中しないと』
俺は手帳でこっそり筆談する。
「そう......。まぁ、それなら仕方ないわね」
クラウディアはしぶしぶと言った様子で了承した。
「クラウディア様もこれでよろしいですな?」
「えぇ、ヤウタスとアキノの取り決めに文句を言う権利はないわ」
「ありがとうございます。ちょうど、アイザクの使者も到着したようです」
ガルムルがそう言うと、会議室がノックされる。
「どうぞ」
ガルムルが返事をすると、扉が開いてドワーフ兵と二人の男が部屋に入って来た。
入って来た男の片方は、体躯が人間やエルフよりも一回り大きく、赤みがかった色をしていた。隣にいるのが低身長なドワーフ兵という事もあり、その巨体はかなりの威圧感を放っている。
もう一人は赤い方ほどは大きくなく、長身で少し細めの印象を受け、青みがかった色をしていた。よく見ると両方の男の頭部には角が生えていた。




