第36話 理想と現実
動けるようになった俺は、とりあえずエルフ達に止めを刺した。
「悪いな。お前らを捕らえておく余裕はないんだ」
初めてユージが人間を殺したときの光景が脳裏に蘇る。あのときもこうやって動けない相手に睨まれながら止めを刺していた。
エルフに止めを刺し終わり、一人生き残った帝国魔術師の様子を見る。
どうやら眠っているようだった。こんなところに放置していたらどうなるかは想像に難くない。とりあえず、眠る魔術師を背負ってユージの所に戻る。するとユージも痺れが解けてきているようだった。
「こいつは眠ってるみたい」
「そっか......。その子、俺が持つよ」
ユージが魔術師を背負う。
「ん。とりあえず、早く口をゆすぎたい。外に出よう」
「わかった」
二匹と一人で洞窟から出ると、洞窟の外では仲間のゴブリンのみんなが倒れていた。
「おまえらどうした!?無事か!?」
慌てて倒れているゴブリンに駆け寄る。
「わ、わかりません......。ここで見張っていたら、急に体が動かなく......」
どうやらこいつらも毒ガスを吸ったようだった。
「なんだ、そうか......。なら良かった」
「よ、良かったんですか?」
「あぁ、それなら、体が痺れてるだけだ。元凶は殺したから安心しろ。たぶん、外にいたならあんまり吸いこんでないだろうから、すぐ動けるようになると思うよ」
「そ、そうですか。さすがです......」
さすがって、こんな砂まみれでボロボロの顔で格好つかないけどな......。
「まだ中にゴブリン達がいるから、動ける様になったら中のゴブリン達を捕らえておいてくれ。ただ、無茶はするな。俺とユージは顔洗ってくる」
「了解しました」
山を少し下り、小川で口をゆすいで顔を洗う。口をゆすいで吐き出した水が自分でも引くほど茶色かった。
鼻の中もきれいにして、ようやく俺は砂の不快感から解放される。
「全く、正直砂の事を舐めてた。下手したら窒息して死んでた」
俺は手を洗いながらユージにぼやく。じゃりじゃりから解放されて、ようやく必要最低限な事以外も喋る気になった。
「ホントにそう。......ホシノごめんな。おれのせいで」
「いや、いいいい。その話はもう終わったから。それより、あの三本目の矢、あれってユージが風で操作したの?」
ユージがまた落ち込みそうだったから、慌てて話題を変える。
「うん。前々から、風で弓の軌道を少し変えるくらいは出来ないかなって思ってたんだよ。まさかいきなり実戦で、しかも見えない中で使うことになるとは思わなかったけど」
「すごいよ。よく当てた。首に刺さってたし」
「うん、うまくいって良かった」
「......正直、その戦い方強いよな。俺が矢を放って、ユージが操作する。視界が無くても一方的に敵を殺せる」
「俺もそう思う。でも、視界がないだけだと、敵も対応してくるとも思う」
「そっか......」
確かに、あの化け物みたいに強かった大将連中は易々と防いできそうだ。
「だから、今回みたいに俺が砂を巻き起こせば視覚も聴覚も、集中力も妨害出来る。その状況なら、有効かも」
「確かに。でも、基本的に戦場って屋外だよな。広範囲に長時間、砂を上げ続けるのは現実的じゃなくないか?」
「いや、つむじ風に砂を乗せる方法なら、出来なくもないと思う」
「......なるほど。そういえば、エルフ軍もつむじ風を作ってたな。しっかりと作れば、後は勝手に風が渦を巻いてくれるのか」
「理論上は。それで砂嵐が出来る。と、思う」
ユージは少し歯切れが悪かった。
「小さいものなら、今ここで作れるよ」
そういって、ユージは小さな巻いている風を作り、そこに砂を加えていった。
「おぉー。確かにそれっぽい」
そこには、ごくごく小さな砂嵐が出来上がっていた。
「ただ、規模が大きいものとなると、いろいろと不安要素がある。制御もし難いだろうし、魔力が足りるかもわからない」
「確かに、結局エルフ軍はあの時の火災旋風を制御できてなかったもんな」
うーん、うちの軍隊だと、ユージしか風魔法が使えないからなぁ。巨大なものは難しいかも。
「あと、俺達が確実に砂まみれになる」
「ま、それは俺が何とかするよ。口を覆う布と、出来れば目を守るゴーグルも欲しいな。それで、砂嵐の中でもユージは放たれた矢を操作できるの?」
「たぶん、できる」
「いいね。なら、とりあえず今考えられる懸念点はそんなものかな?」
「うん。他には特に思いつかないかな」
「よし。なら、ユージはひまがあれば砂嵐を作る練習でもしてみてくれ。俺はゴーグルの調達法を考えるよ」
「了解」
俺は会話が一段落ついたので立ち上がる。
「ユージ、そろそろ......」
「あ、ごめんホシノ、ちょっと待って。彼女も顔を洗ってうがいしたほうが良いと思う」
そう言うと、ユージは側に寝かしている魔術師へと寄る。
「あー、そっか。ごめん、忘れてた」
「今から起こすから、少し離れてて。多分暴れるだろうから」
「うーん......ユージ、やっぱり、そいつは殺した方が良くない?」
俺は改めてユージに聞く。
「......ホシノ、最近はあまり殺す事に抵抗感無くなってきたよね」
ユージが悲しげに言う。
「......そうかも。でも、こいつは敵じゃん。敵の兵士を生かしておくのは危険じゃないか?」
「敵だけど、敵として出会ったわけじゃないよ」
「それは、そうだけど......」
......確かに、最近は殺す理由があれば殺していたかもしれない。
もっとしっかり殺すか生かすか考えるべきなのかも。
他種族との和解の道は、こういう地道な行動によって開かれるのかもしれない。
「せっかく助けたんだし、助けた命を殺すのはもったいない......と、思う......」
......ユージは甘いな。昔っから。
「わかった。ユージ、幸運を祈る」
「ありがとう」
俺はユージから少し離れて座った。寝ている魔術師の様子を伺う。
ユージが魔術師の顔に水をかける。程なくして、魔術師は目を覚ました。
「ゲホッゲホッ!」
魔術師も砂を吸い込んでいたのだろう。盛大に咳き込む。
半覚醒状態のまま、目の前にいるユージを見る。
「ゴブリン!」
ユージを認識した魔術師は、即座に呪文を詠唱するも、魔法は特に発動しない。
恐らくユージが魔法の発生を阻害しているのだろう。
「ゲホッ!くそ!ゲホッ!」
魔術師は激しくむせながら飛び起き、ユージ目掛けて蹴りかかる。
それをユージはかがんで避けて魔術師の軸足を薙ぎ払い、体勢を崩したところを組み伏せて無力化する。
そしてそのまま目の前の地面に文字を書く。
いつみても、鮮やかな手際だなぁ。
あの魔術師は固有魔法を覚えるぐらいレベルが高いらしいのに、見事なもんだな。
もしかして、いまのユージはオジジ様よりもレベルが高いんじゃないか?
しばらくユージが文字を書いた後、魔術師の拘束を解いた。
魔術師はしばらくした後、川に近寄って顔を洗い始めた。
暴れないし、逃げ出さないのか。随分とおとなしいな。
しばらく魔術師は顔を洗っていたが、そこにユージが慌てて駆け寄り、魔術師の顔を上げさせる。どうしたんだ?
「いや!邪魔しないで!」
「バカな事をするな!」
ユージが平手打ちをする。どうやら、魔術師は自殺しようとしていたようだった。まぁ、ゴブリンに捕まったら死にたくもなるか。
すると、魔術師は声を上げて泣き出してしまった。こりゃ色々と大変そうだな。
仕方がないので魔術師が落ち着くまで待った。
「お前らの目的は?なんで私を助けたの?」
泣き止んだ魔術師が聞く。それにユージは文字で返答していた。
しばらく話し合いを続けた後、ユージが俺の方に来た。
「経緯をある程度説明した。洞窟の奴らと俺達は無関係な事。ドワーフ国境を目指している事。まだ俺達に敵対的だけど、とりあえず一段落はついた」
そういうユージの後から魔術師が付いてきていた。確かに、今すぐに暴れだしたりはしなさそうだ。
「そうか。おつかれ。じゃあ、洞窟に戻ろう」
洞窟の前まで戻ると、ゴブリン達が待っていた。
何やら警戒しているようで、少し緊張感が漂っている。
俺達に気づいたゴブリンが報告してくる。
「ホシノ閣下、あいつら、捕まえた女性を解放しようとしません。いかがなさいましょう」
そうか、しまったな。先に捕まった女も確保しておくべきだった。
ユージ......は、魔術師を見張ってなくちゃいけないし。
「わかった。じゃあ、武力で制圧しよう。ユージはここに残っててくれ」
「了解」
「行くぞ」
俺は配下のゴブリンを引き連れて再度洞窟内に足を踏み入れた。
「一度は手を差し伸べた。相手はゴブリンだが遠慮はいらない。一匹も逃がすな」
「「「了解」」」
洞窟の中を進んでいくと、ゴブリンが待ち構えていた。
「おい。なぜ言う事を聞かない?今すぐに降伏しろ」
俺が呼びかけると、構えていた棍棒を手放す。
「降伏!降伏する!だから、もう少しだけ待ってくれ!今、最後に楽しんでるところなんだ!」
俺はそのゴブリンの首をナイフで切り裂く。
「ヤウタス連邦の法律で強姦は重罪だ。命令を聞けないやつを国に入れる気はない」
切られたゴブリンが倒れる。
「おい!急げ!あいつら殺る気だぞ!」
それを見ていた他の洞窟のゴブリンが騒ぎ、それを聞きつけたゴブリンが奥からどんどん出てくる。
「野蛮な山賊だ。全員殺せ」
出てくるゴブリンを片端から殺していくと、ついにもう出てこなくなった。
......いまので全部か。
「よし、じゃあとりあえずお前達はここで待っててくれ。少し奥の様子を見てくる」
「「了解」」
俺は一匹で洞窟の奥へと進んで行く。ここに何があるのかは知っていた。
そこには、案の定ゴブリンに捕まっていた女達と、隅っこに子供のゴブリン達が集まっていた。ひどい匂いがした。牧場を思い出す。最悪の気分になる。
エルフもここで生活をしていたんだろう。調理道具や焚火の後、寝床もあった。よくこんな環境で普通に生活できるもんだ。慣れてしまえばということか?
女がこちらに気づく。ひどく怯えているようだった。その目は、ゴブリンに対する恐怖と恨みがありありと感じられた。
彼女達をどうしよう。......町に送り届けるのが道理なんだろうけど。
正直、俺がここで助け出したとて、彼女達がゴブリンを許すとは到底思えない。その憎しみは世代を超えて引き継がれていくだろう。
俺はどうにかする方法は無いかと思案を巡らす。しかし、どうしても解決方法は一つしか思いつかなかった。
また安易に殺しすぎと言われてしまうかもしれない。それでも、憎しみの連鎖を断ち切るためだ。仕方がない、殺そう。
......なぁユージ、やっぱり、しっかりと考えるのはつらいよ。
「ごめんな」
動けない彼女達の首をナイフで切っていく。できるだけ、苦しまないように。
女達を殺していると、隅で見ていたゴブリンの子供たちが襲ってきた。
「うぁあああああ」「やめろおお」
俺はそれを足でいなす。
「頼むから、邪魔をしないでくれ」
いくら蹴とばしても、ガキ共はひるまずに俺に立ち向かってきた。
そうか、こいつらにとって、彼女達は母なんだな。
はぁ。嫌だなぁ。
俺は、禍根を残さないことにした。
洞窟内のみんなが待機している所まで戻る。
「閣下!どうでしたか?その、少しお時間がかかってましたが......」
「あぁ、ちょっとね。奥で、捕まった女の人たちが殺されたから、埋葬してたんだ」
捕まった女の人たちが殺されたのも、俺が埋葬したのも本当だった。
部下が俺の土と血に汚れた手を見る。
「そうですか......。呼んでくだされば。私達がやりましたのに」
「いや、ま、そんなに手間もかからないから......。じゃあ、もう行こうか。この洞窟にはもう何もないよ」
「了解」
洞窟を出る。もう夕方になっていた。
「ホシノ閣下。お疲れ様」
「ユージ」
ユージと魔術師は洞窟の外で待っていた。
「洞窟の中に女性は?捕まっていなかった?」
魔術師の女が身を乗り出して俺に聞いてくる。
『全員殺された。俺にはどうすることもできなかった。すまない』
俺は地面に書く。
「そう......」
俺の返答に魔術師の女はうつむいてしまった。賊が殺したと思ってくれたらいいんだけど。
「ユージ、洞窟の中に反応はある?」
「いや、無いよ。中には何もない」
「わかった。ありがとう。じゃあ、任務完了だ。とりあえず町に戻ろう」
「了解」
俺達は依頼を受けた町へ戻ろうと歩き出した。
「ところで、なんか情報はそいつから引き出せた?」
俺はユージの隣の魔術師を見る。
「名前がわかったよ。彼女はクラウディアっていうらしい。今はそんだけ」
「......そうか」
まぁ、まずは第一歩、か?




