第35話 残党狩り狩り狩り
「なにこのゴブリン。仲間のゴブリン殺しちゃダメでしょ」
ユージとエルフが対峙する。
薄暗く血なまぐさい洞窟の中で、お互いに睨み合う。
ユージが動いて、洞窟の壁に手をつく。すると、エルフの側の壁から音を立てて大量の土の槍が飛び出す。
「なっ!?」
その槍をすんでのところで避けて、エルフは後ろへと下がっていった。
なるほど。ユージの攻撃を避けるとは、確かにレベルが高いようだ。強い反応のうち、一方はあのエルフだろう。
「あっぶな!なんだこいつ!?ゴブリンのくせに!」
ユージはエルフを追って距離を詰めようとするが、さっきユージに吹き飛ばされた洞窟のゴブリンが起き上がり、ユージの行く手を阻む。
「てめぇ!なに邪魔してくれてんだ!許さねぇぞ!」
かなりブチ切れているようだ。まぁ、獲物を目前に邪魔されちゃあ、そりゃそうか。
「彼女は助けを求めていた!俺は無理矢理女を犯すのは好かない!」
ユージがゴブリンに対し説得を試みる。
「あぁそうかよ!バカが‼じゃあ死ねや!」
「悪かったって!見逃してくれないか!?」
ユージはゴブリンの攻撃を避けながら謝る。が、洞窟のゴブリン達はまるで聞く耳を持ってくれていなかった。
ユージは何とか対話で解決したいようだった。恐らく、自分から攻撃したのでバツが悪いのだろう。
「あ、ゴブリン共生きてたんだ。いいぞー、働けー」
それを下がりつつ見ていたエルフは、自身に攻撃の矛先が向かってこないことを察すると気の抜けた声で応援する。
洞窟の奥から続々とゴブリンがやってきていた。
さらに、後方にはあのエルフと、更に十人ほどのエルフがいた。しかし、エルフ達は特に何もしていないように見える。
エルフ達は何をしているんだ?この状況で、何もしないなんてあり得るのか?
いや、ありえないだろ。大規模な魔法の準備でもしているのか?
嫌な予感がして、俺も岩影から飛び出して敵のゴブリンの脳天へ矢を放つ。
「ユージ!もういい!やっちまったもんはしゃーない!戦場で敵に情けをかけるな!」
「...わかった!さっきのあのエルフと、帝国魔術師の女が特に強い!」
ユージは俺に情報を落とすと、対峙しているゴブリン達を槍で殺し始める。
俺の弓とユージの槍で奥から奥から次々と出てくるゴブリン達を蹴散らしていく。この調子で戦っていれば、勝てる...か?
「ユージ!魔法は!?」
「敵のゴブリンも地面に魔力を送ってる!土魔法は難しい!俺も魔法の相殺に魔力を使ってる!」
「なるほど!」
じゃあ風魔法は?弓に矢をつがえながら、そう言おうとした時、洞窟の中なのに微かに風が吹いていることに気が付いた。
岩陰にいた時は気が付かなかったな、この洞窟は向こう側にも出口があるのか?
そよ風は洞窟の奥から吹いてきている。さっきから攻撃を避け続けていて、動き回っているユージは気が付かなかったのか。
俺は気がかりなエルフの方を見る。手前にいる、強いらしいエルフはやはり何もしていなかった。ぼけーっとしながらこっちの戦いを見ている。手に持つたいまつが風に揺らめいているだけで、動きが無い。
奥のエルフ達も同様、特に何かしているようには見えなかった。...いや、よくよく見ると、奥のエルフのたいまつはあまり揺らめいていないように見える。
もしや、あのエルフの固有魔法は...。
「ユージ!魔力探知を使え!」
「使ってる!奥からゴブリンが逐次来てる!でも、洞窟が狭いから囲まれる心配はないよ!」
「違う!まずい!敵の狙いはむしろそれだ!ゴブリンはただの時間稼ぎだ!もっと細かく魔力探知をしてくれ!空気中の魔力も読めるくらいまで!」
「了解!探知に魔力を割いて、敵の土魔法を防げなくなるから地面と壁と天井に注意!」
「わかった!」
いうや否や、地面がぐにゃぐにゃ揺れだす。俺は揺れる地面に転びそうになりながら、みんなで訓練をしていた頃を思い出す。
戦闘訓練では、何度も何度も揺れる地面の上で矢を放った。俺の矢はほとんど当たらなくて、結局タイマンの勝負だと俺は小隊長の中でも下の方の実力だった。
懐かしいな。敵は人間やエルフなのに、対ゴブリン想定の戦闘訓練なんてする意味があるのかと、ずっと思ってた。けど、まさか実戦で役に立つなんて。オジジ様はこうなる可能性も考えていたんだろうか。
俺は感謝と哀愁を胸に抱きながら、揺れる地面の上で土魔法を使っているゴブリンを射抜く。あの頃と比べて、俺のレベルがかなり上がっていたため弓の精度も上がっていた。
エルフにも矢を放つが、風魔法によって防がれてしまった。警戒はしているようだ。
「エルフ達がこっちに魔法で風を送ってる!風が微風で全然気が付かなかった!」
ユージが探知の結果を報告する。
「やっぱりそうか!ユー...」
その時、ユージの頭上から岩が降って来る。ユージなら軽く避けると思ったが、ユージはその岩に当たってしまう。
「おい!無事か!?どうした!?」
「だ、大丈夫!痛み、は無い、けど、体、が...」
ユージは先ほどの帝国兵と同じように、体の自由が利かなくなってきているようだった。
まずいまずいまずい、時間がない。
「わかった!たぶん、あのエルフの固有魔法は毒だ!毒の気体を発生させてその気体を吸い込むと痺れて動けなくなる!」
「なる、ほ、ど...」
恐らくだが、あのエルフは何もしていないように見えて毒ガスを発生させて、それを奥のエルフがこちらに微風で送ってきていたのだろう。
たぶん毒は動けなくなるだけだから、倒れている帝国兵に止めを刺していたんだろう。
ユージはもうほとんど体の自由が利かなくなっていた。
「今更気づいてもおせーよ!死ね!」
俺は前に出て、襲い掛かるゴブリンからユージを守る。
こいつらは数が多いのをいいことに、毒ガスを気にせず突っ込んできてるのか。
「ユージ!土埃を上げてくれ!特濃の奴!何も見えないくらい!」
「りょーはい」
もはや口も微かにしか動かせないようで、ユージはぼそぼそと詠唱し、何とか大量の土煙を出す。
元々薄暗かった洞窟内が一瞬で何も見えなくなる。目に砂が入って痛い。口の中がじゃりじゃりになる。口呼吸でもしようものなら喉までかさかさになってしまうだろう。
洞窟の中という環境が幸いして、舞い上がった土煙はなかなか消えそうになかった。
俺は手探りでユージを担いで、少し下がる。
「ゴホッゴホッ。おーい、煙幕とは卑怯だなー。逃げるなよー」
エルフが俺達を煽る。その間にも、ユージを担いで少しづつ移動していく。
土煙のおかげでエルフ達の風魔法の軌跡が見えるので、目を最大限まで細めながら出来るだけ毒ガスの薄そうな場所へと移動する。
「にへ、る?」
ユージが声を落として逃げるかどうか聞いてくる。痺れのせいで活舌が悪くなっているな。
「いや、逃げない」
喋ると砂が無限に口に入り込む。じゃりじゃりじゃりじゃり。手で口元を押さえようと関係なく、砂は口をじゃりじゃりさせ続ける。
「...多分俺もガスを吸ってるはずだから、逃げても途中で動けなくなる」
恐らくエルフ的にはむしろ逃げてもらった方が都合がいいんだろう。だから、あえて逃げるという選択肢を俺達に示したんだ。
「ギャッ」「グエッ」
洞窟のゴブリン達は手当たり次第に周囲を攻撃しているようだ。無残に同士討ちをしている。
もし今負けたら、こんな最悪の環境でおだぶつか。
口の中がじゃりじゃりしたまま殺されるのは嫌だなぁ...。
前々から考えていた作戦を使うか。ぶっつけ本番だけど...やるしかない。
俺はユージを地面に降ろし、壁にもたれさせ、座らせる。そして、ポーチから小さい魔石を三つ取り出し、ユージの手を取り魔石を握らせる。
「ユージ、この魔石に魔力を込めてくれ。ユージがこの魔石を探知できる量でいい」
「...こめは」
「今からこの魔石を矢じりの根元に括りつけて放つ。そうしたら、見えなくても魔力探知で矢が刺さった位置がわかる。そして、矢とエルフの位置のずれをユージが修正してくれ」
たぶん今は敵も油断している。この土煙の中なら、回避も防御も出来ないだろう。
「わかった?できそう?」
「やっへひふ」
「...よし、手持ちの魔石はこれで全部だから、矢は三本だけ。...いくぞ」
俺だって、エルフの大将をこの手で殺したんだ。エルフの魔術師一人、貫いてやる。
さっきまでエルフがいた辺りを思い出し、渾身の力を振り絞って矢を放つ。
「グギャッ」
...矢はゴブリンに刺さったようだった。
「...ひひにひゅうひほ。ふへにほほ」
「...右に十二度、上に五度って言ってる?」
「ほう」
「了解。...二本目」
俺はさっきの角度からユージの言うとおりにズレを修正し、もう一度矢を放つ。
「グゲッ」
...またしても、矢はゴブリンに命中したようだ。
もう魔石を括りつけた矢が一本しかない。まずいな。そもそもの話、この作戦は無理があったか?
既に俺の足は少し痺れて来ていた。俺の恐怖と焦燥感も膨れ上がる。
ダメだったら、矢が当たらなかったらどうしよう。
「...ふへにひゅうほ」
上に十度?かなり上に向かって矢を射ることになるけど、あのエルフ、今は天井に張り付いてんのか?
「上に十度?」
「ほう」
不安もあったが、今はユージを信じるしかない。
「了解。...最後、いくよ」
俺は雑念を振り払い、渾身の力でユージに言われた通りの角度で矢を放つ。
矢を放った直後、ユージが風魔法を使い、上から下へ強風を起こす。
「ぐあぁっ!」
土煙で見えなかったが、叫び声はあのエルフのものだった。
「あはっは」
「でかした!」
矢を風魔法で操作したのか。すごいな。
俺はダメ押しに声がした場所へ向かっててきとうに矢を放ちまくる。
「いだっ」「ギャッ」
見えないが、いろんなものに当たっているようだ。味方のゴブリンを連れてこなくてよかった。
「ユージ、洞窟の奥に向かって風を送ってくれ。あのエルフ達にもこの毒ガスを食らわせてやれ」
「ほーはい」
ユージが風を起こす。そういえば、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っている。恐らく周囲のゴブリン達も全員痺れて動けないのだろう。
しばらく、俺とユージは土煙が落ち着くまで息を殺してじっとしていた。いつ動けない俺達がエルフに見つかるかわからなかった。そもそも、土煙が消えるころには俺達は動けるようになっているのかすらわからなかった。もし、土煙が消えても動けなかったら、エルフ達に見つかり、止めを刺されて死ぬのかな。もしかしたらもうすでに探しているかもしれない。ただひたすらじっとしている時間は非常に長く感じられた。
段々と土煙が薄くなってきたのにもかかわらず、依然として俺の体は動かなかった。
もうだめか。そう思いつつじっとしていたが、なぜか誰もこちらに来る気配がなかった。
完全に土煙が消えた頃には、辺りは倒れたゴブリンとエルフが散乱していた。一部のゴブリンには矢が刺さっていた。
最後に毒ガスを向こうに送ったのが功を奏したようだった、敵のエルフも毒ガスを吸っていて動けてなかったのか。
固有魔法を使っていたあのエルフは、首に矢が刺さって絶命していた。
俺はやっとこさ一息つく。とりあえず、危機は脱したようだった。緊張から解放されると、口の不快感が一気に押し寄せてくる。じゃりじゃりじゃり。早く口をゆすぎたい。
それにしても、まだ動けないんだけど、これ、時間経過で直るよな...?
俺が少し不安になっていると、状況を理解したのだろう、ユージが口を開いた。
「ホシノ、ごめん。勝手に飛び出して、こんな危険なことになって」
「...ま、反省してんならいいよ。ただ、一個だけ言わせてくれ。今後一切、敵のことを侮らないでくれ」
俺は活舌が回復しているユージに安心を感じつつ説教する。
「肝に銘じます...」
「ならいいよ。俺も無茶はしょっちゅうするし、お互い様だろ」
「ありがとぉ」
「それより、どうしてわざわざ危険を冒してまであの魔術師の女を助けたんだ?いままでだってさんざん無理矢理犯される女は見て来ただろ」
主に犯していたのは味方のゴブリンだったけど。
「彼女の魔力が、『助けて』って言っている様に見えたんだ。それで、ついつい助けちゃった」
「なんだそりゃ」
魔力の事はよくわかんね。魔法使えないし。
「たぶん...たぶんだけど、彼女も『魔力探知』の固有魔法を持ってる」
そうか。そういえば、あの帝国魔術師も魔力が高いんだったな。
「なるほどな」
「なんとなく、洞窟を進んでいるときからこっちの様子を気にしている気がしたんだ。それに、隠れてる俺達に気が付いてたから、たぶん確定」
確かに、そう言えばゴブリン達に襲われる直前に、なぜか目があったな。偶然だと思ってたけど、俺とユージを探知してたのか。
『魔力探知』か、敵にすると厄介だな。前にホタル君が言ってたように、チバ達斥候部隊がどれだけ巧妙に隠れても見つかってしまう。
たぶん、こうしてヤウタス地方に来たのも偵察が目的だろう。俺達と同じ考えで、『魔力探知』があれば危険を避けて安全に偵察が出来ると思ったんだろう。
そして、山賊となったエルフ軍残党と出会い、勝てると思って洞窟に攻め込み、あえなく敗北といったところか。
「危険な能力だな。殺すか」
「待って!ホシノ、待って!」
珍しくユージが取り乱す。
「そうだぞ!殺すなら俺達にくれ!」「無理矢理奪っておいて殺すなんてもったいねぇぞ!」
倒れてるゴブリン達も口の麻痺が解けたのだろう、動けないのにギャイギャイ騒ぎ出す。
「うるせぇ!騒いだ奴らは殺すぞ!黙ってろ!」
「黙ってられっか!殺されてもいい!ヤらせろ!」
こいつら欲求に素直すぎる...!
「わかった!考えてやるから今は黙ってろ!」
ようやく、ゴブリン達が静かになる。
「それで、ユージはどうした?」
「彼女は帝国軍の中でも強いし、何か情報を持ってるかも知れない。殺しちゃうのは惜しい。...と、思う」
ユージは俺に説明する。
「いや、でも、結局エルフの残党も殺してきたし、強い魔力を持ってる帝国魔術師なんて捕らえてられなくないか?」
「だ、大丈夫!俺がしっかり魔力探知で見張ってるから!任せて!不審な事をしようとしたら俺が止めるから!」
な、なぜそこまでして...?エルフはその見張るのが面倒だから殺したんじゃなかったっけ?
でもまぁ、ユージがそこまで言うのなら、もう特に反対する理由もなかった。
「じゃあ、とりあえずあの魔術師の処遇はユージに任せる」
「了解!ありがとう!」
「おい!俺らにヤらせてくれるんじゃねーのかよ!」「話がちげーぞ!黙り損だ!」
黙って聞いていた洞窟のゴブリン共がまた騒ぎ出す。
「おめぇらにいい話がある。俺達はヤウタス連邦って国を作ったんだ」
俺は体の痺れが取れたので、痺れて動けないのに元気なゴブリン達に向かって歩きながら語り掛ける。
「俺達の国では人間と一緒に暮らしてるんだ。うちの国の軍隊に入って、活躍したらいいことがあるぞ?俺達と一緒に来ないか?」
倒れているゴブリン達は生唾を飲み込み俺の話を聞く。
とりあえず、こいつらの教育はハシモトに丸投げしよう。