第19話 大将の乱入
「おい‼なに雑魚ゴブリン共に橋落とされてんだよ!マジで使えねぇなぁ!」
町の奥から怒号が発せられる。
声がする方を見ると、オレンジの色の髪をした大男がこちらへとやってきていた。
や、やばい。あいつは帝国の大将。どうして...オジジ様と戦っていたはず...
俺は最悪の事態を想像してしまう。
「ホ、ホシノ、あいつって...」
ユージが何か言いかけてやめてしまう。
「テ、テオドール様!も、申し訳ございません‼このゴブリン共、想定以上に魔法に長けておりまして‼」
「うるせぇ‼言い訳なんざ聞きたくねぇよ‼こんな雑魚ゴブリンなんぞに出し抜かれやがって‼」
大将は橋を防衛していた隊長に罵声を浴びせていた。
どうしたらいい?考えろ。俺達がここから生き残る方法を。
俺は何とか、この場を切り抜ける方法が無いか頭をフル回転させて考える。
しかし、考えようとすると嫌でもさっき見た土の柱を駆け上がっていく火炎を思い出してしまう。
ダメだ...逃げる以外の方法が思いつかない。でも、正直逃げ切れる気が全くしなかった。
「て、撤退!とにかく逃げろ!」
俺が何もできないでいる間に、ハシモトがいち早く動いて指示を出す。
そ、そうだ。それでも、逃げなきゃ。
「ギャアギャアうるせぇ!」
しかし、大将が怒鳴るのをやめて俺達への攻撃へと行動を移行する。
その手には高速回転する武器を持っていた。
...チェーンソー?
大将がハシモト目掛けて一気に距離を詰め、そのままけたたましい音を立てて燃え上がるチェーンソーを振りかぶる。
は、はや...
しかし、その刃がハシモトを両断する前に大将とハシモトの間にどでかい土の壁が出現する。
チェーンソーが壁にめり込む。
「チッ!」
大将が舌打ちをしてその場を飛びのく。と、さっきまで奴がいた場所の地面が陥没する。
「まだ生きてやがったかシワシワゴブリン!」
「すまん!少し気を失っていた!」
「オジジ様!」
陥没してできた穴から、オジジ様が出てきた。なんで地面から出てきた?
「ここは私が抑える!みんな、よくやった!撤退しろ‼」
そのまま、オジジ様は大将に向かって行く。
「しつけぇなぁ!お前じゃ俺に勝てねぇって、いい加減に気づけ!」
オジジ様は大将のいる場所に土の槍を数本出すが、奴はそれを全て避けてチェーンソーで薙ぎ払う。
そのまま、大将は魔法で炎を身にまとう。
オジジ様は土の壁で大将を囲おうとするが、チェーンソーで土壁を破壊されてしまう。
って、戦闘を見てる場合じゃない。オジジ様の足手まといになる前にさっさと逃げないと。
「みんな、撤退だ!ユージ、退路を開いて先導してくれ!」
「わ、わかった!みんな、ついて来い!」
ユージに指示を出し、俺は腰が抜けてるハシモトに駆け寄って引き起こす。
「ハシモト!立てるか!?」
「...あぁ、す、すまん。ありがとう」
「気にすんな。あんな目に合っちゃしゃーない。走れるか?」
「あぁ、大丈夫」
「俺達も早く逃げよう」
もうすでに、みんなは戦場から離脱し始めていた。
「ゴブリン共を逃がすな!投石部隊は投石!それ以外の者は追え!」
「了解!」
人間は俺達を逃がすまいと石を投げる。
「ぎゃっ」
そして、投げた石が何体かのゴブリンに命中する。
「逃げろー!味方を気にしてたら自分も死ぬぞ!」
申し訳ないが、味方を担いで逃げる余裕は今の俺達には無かった。
ユージが先導し、俺とハシモトが殿となって戦場から離脱する。
倒れたゴブリンは置いていくしかなかった。
しかし、人間の方が足が速いようで徐々に距離が詰まっている。
「ハシモト!このままだと追い付かれる!俺が敵を少し足止めするから、その間に魔法でなんか頼む!」
「なんかってなんだよ!雑な事言いやがって!」
俺とハシモトは敵に向き直る。
俺が前へ出て、ハシモトは後ろで魔法を唱えていた。
追い付いた敵兵の攻撃をナイフでいなして、足で砂を相手の顔にかける。
とにかく、今は一時的に無力化さえできればそれでいい。
「くそっ!卑怯な事ばっかりしやがって!」
目に砂が入った敵兵は俺から距離を取る。
目の前の敵を処理しつつ、魔法に集中していて動けないハシモトも守る。
ハシモトに向かって投げられた石を、ナイフでは破壊できないために素手で受け止める。痛ぇ!
「ハシモト!急いでくれ!もう手がもたない!」
「今終わった!」
ハシモトがそう言うや否や、俺達と敵兵の間に大量の短い土の突起が出現する。これではうまく走れないだろう。
「でかした!俺達も急ごう!」
「残量が底をついた!もう魔法は使えない!」
「わかった!」
急いでユージたちに追い付いて、帝国の町を一気に駆け抜けて進む。
町の入口まで戻ると、ゴブリンと人間が戦闘していた。
「イシカワ達じゃねぇか!」
「ハシモト!ホシノ!ユージ!無事か!」
「何とかな!もう橋は落とした!今は大将をオジジ様が抑えてる!」
「わかった!」
増援が来ないとは思っていたが、ここで戦ってたのか。
「こいつらは何!?」
「なんかここを守ってた!多分町にいた奴らだと思う!」
町に人が少ないと思ったら、俺達の後ろに集結していたのか。
危ない、下手したら敵に囲まれてた。
「町の奥からもゴブリンが来ます!」
「くそ!テオドール様は何をやっているんだ!」
敵はゴブリンに囲まれて焦っているようだ。
「俺達も余裕があるわけじゃない!さっさと撤退しよう!敵の本隊もいつ町に到着するかわからん!」
「承知した!第三第五小隊は先に行け!俺達が抑えておく!」
「ありがとう!」
そうして、第三小隊と第五小隊は町から離脱した。
「ホシノ!ユージ!ハシモト!」
俺達は何とか高台まで到着する。第七小隊は今から出発するところだったようだ。
「トガワか...残ってるのは第七小隊だけか?」
「あぁ。ってそれよりお前らボロボロじゃねーか。みんな!手当頼む!」
第七小隊は隊長の命令で帰って来た第三小隊と第五小隊に手当をしだした。
「そ、それより今も戦ってる奴らの援護に行ってくれ」
「うるせぇ!」
トガワに石が直撃して腫れていた左腕を叩かれる。
「いでぇっ!」
「こんなになってんのに、放っておけるか!」
いてて、今はトガワに従うしかないか...。
「俺はあんまり怪我もしてないし、向こう行ってくる!」
「行くな!」
もう一度出発しようとしたユージの足元の土が盛り上がる。
「ぶべっ」
「こんなんも避けれねぇじゃねえか!疲れてる奴が行っても邪魔なだけだ!」
「うぅ、わかった」
ユージも鼻を抑えながら渋々トガワに従う。
「トガワ、出撃しないなら、飯頼むー。あったかいの」
今度はハシモトがわがままを言いだす。
けど俺も、腹減ったなぁ。
「やっと片付けたばっかりだってのに、しょーがねぇなぁ。いいぜ、作ってやる。だからじっとしとけ」
「「やったー」」
俺達は飯が食えると沸き立つ。
「でかしたハシモト」
「お願いなら任せとけー」
「ったく、調子いい奴らめ...よし、こんなもんか。飯出来るまで、けが人は寝とけ!」
そう言って、手当を済ませたトガワは料理を準備しに行った。
俺もお言葉に甘えて眠らせてもらうか。今日はマジで何度も死んだと思った。疲れた...。
目が覚めると、もう空が赤くなっていた。
「あっ隊長!おはようございます!」
起き上がると、イチローがそばに寄って来た。
「...おはよう。今、どういう状況?」
「みんな帰ってきて、一段落してるところです。オジジ様も無事に帰って来ました。どうぞ、隊長の分のご飯です」
「ありがとう」
「ユージさん呼んできます!」
そういうとイチローはバタバタと走って行った。
俺は渡された飯にかぶりつく。寝起きで気が付かなかったが、かなり腹が減っていたようだ。
夢中になって飯を食った。食べ終わって一息ついていたところで、ユージが来た。
「おう、ホシノ。起きたか」
「うん。おはよう」
挨拶だけすまし、ユージと俺の間にしばし沈黙が流れる。
俺が、聞かなきゃ。隊長なんだから。
「...それで、第五小隊のみんなは?」
俺は聞かなくてはいけないことを聞いた。
「...帰って来た奴らは全員無事だよ」
「帰ってこなかったのは?」
「ハヤタ、ホウイチ、トモヤ、チハル」
「四匹も...」
俺が無茶な作戦を立てるから、四匹も死んじまった...。
「...ホシノ、気にすんな。俺達はゴブリンなんだ。みんな、犠牲は承知の上さ。それに、元々難しい任務だったんだ。お前のせいじゃないよ」
「うん。ありがとうユージ。わかってる。わかってる...」
わかってはいるけど、もっと、もっといい方法があったはずだ。
もっと接近戦の訓練もしておけば良かった。
俺がもっと早く一人で敵に突っ込んで行って、みんなは後方で援護に集中でもさせてたら良かった。
俺が自分の力を過信したばっかりに。あいつらが死んじまった。
「...ホシノ、一旦村まで帰るそうだ。用意、しといてくれな」
それだけ言うと、ユージは俺を一匹にしてくれた。
俺はひとしきり落ち込んだ後、帰る用意をしようと思って腰を上げた。しかし、弓も敵地で捨てたし、矢も使い切ってしまったので俺の装備はナイフ一本だけだった。
...することがない。
なんとなく、俺はその辺を散歩することにした。
町が一望できる場所まで来る。そこには、先客にハシモトがいた。
「...ハシモト」
「ん?ホシノか...」
なんとなく、二匹で町をぼーっと眺める。
「第五小隊は、何匹死んだんだ?」
ハシモトが、沈黙を破る。
「...四匹」
「そっか...第三もな、三匹死んだんだ」
「すまん、ハシモト。俺が無茶な作戦を考えたせいで」
「謝んなよ。お前はよくやった。俺の方こそ、ごめんな。敵に突っ込もうとして。たぶんホシノ達が止めてくれてなきゃ、もっと死んでたと思う。俺って、俺が思ってたよりよえーや」
「ハシモト...」
きっと、ハシモトも俺と同じで悔やんでいるんだろう。
敵に真正面から突っ込んで。そんで勝って、作戦が全部うまくいけば良いのに。
そうならなかったのは俺達が弱かったせいだ。
あんな、後方の町を守ってる数十人の予備の兵士にすら、俺達は苦戦するんだ。
「あぁ、強くなりてぇなぁ...」
俺がオジジ様ぐらい強ければ、きっとこの作戦はもっと簡単だったんだろう。
「俺も、もっと冷静に物事が見れるようになんなきゃなぁ。隊長なんだから」
ハシモトは、そう言ってひとりごちる。
「いや、よくやってるよ。大将が来た時、ハシモトが一番に動けたじゃん」
「でも、そのせいで狙われて、マジであの時は死んだと思った。今でも、思い出すと震えちまうんだ」
ハシモトがいる場所まで一気に距離を詰めるあいつを思い出す。
あの耳障りなチェーンソーの音を思い出す。
オジジ様が本気を出しても足止めで精いっぱいの大将。
あんなん、どうすりゃいいんだよ...。
「なぁ、ホシノ」
「ん?」
「俺、どうすりゃいいんだろう」
ハシモトはかなり落ち込んでいるようだった。きっと、ハシモトも俺と同じように自責の念に駆られているんだろう。加えて、死にかけたせいで心が弱っているんだろう。
...ハシモトがこんな状態なのに、俺が落ち込んでる場合じゃねーな。
「どうしようもねぇよ」
「え?」
「さっき言った通り、お前はよくやってる。今回のは、難しい任務だったんだ」
さっきユージに言われたことをハシモトに言ってやる。
なんでユージはいつも落ち込んでないのかが、なんとなくわかった気がする。
「ハシモトが間違ったことをしようとしたら、今日みたいに俺達が止めてやる。だから、お前は自分が思うとおりにやって良い。ハシモトが頑張ってるのは、俺が知ってる」
そうじゃなきゃ、人間相手にあんな善戦できないし、そもそも橋も落とせなかっただろう。
「そっか...ごめんな。気ぃ使わせた」
「いや、落ち込むのも、きっと悪くない事だよ」
「そうか?面倒くさいし、判断も鈍るだけじゃね?」
「ううん、きっと、これからもっと俺たちは強くなる。落ち込むくらいが丁度いいよ」
そんだけ本気って事だもんな。命懸けなんだし、当たり前っちゃ当たり前だけど。
きっと、死んでった奴らも、ハシモトが落ち込んでて心配もしてるだろうけど、嬉しくもあったと思う。これは自己満足かもしれないけど、きっと俺だったらそう思う。
「そんなもんなのかなぁ」
ハシモトはそう言って微笑む。
「ホシノ、ありがとう。これからもよろしくな」
「うん。お安い御用だよ」
同じように、俺が落ち込んだことでハヤタとホウイチ、トモヤ、チハルは少しでも浮かばれてくれただろうか。
俺には、それを信じることがどうしても出来なかった。そして、俺は絶対にゴブリン達を生き残らせようと思った。
それだけが、あいつらの死に報いる方法だと思った。そうしなければ、あいつらの死が無駄になってしまう。それだけは絶対に嫌だった。
もう、後戻りが出来ないところまで俺は来ていた。