第11話 偵察
そして、俺が生まれてから3年が過ぎた。
今日は俺の部隊である第五小隊と、第二小隊、第八小隊の隊員にも訓練をしていた。
ここ最近は子ゴブリンがみんな成長したこともあり、ゴブリン村のみんなが生活するだけなら時間的に余裕が生まれるようになっていた。
それを受けて、それぞれの小隊に実際にゴブリンを配備して訓練を始めていた。
さすがに隊長だけが戦闘訓練を受けていても、戦争に勝てないし軍事行動も上手くいかないからである。
一つの部隊に約10匹配備する。部隊数は10なので、戦闘部隊は大体100匹のゴブリンで構成される。
この村全体のゴブリンは約150匹で、戦闘部隊じゃない残りの50匹ぐらいは村に残る事になった。木の実の採集や料理などの生産活動に勤しむ。兄ちゃんはこの非戦闘組になった。
部隊の隊員はいろはの順で名前を付ける事になっている。
例えば、俺の部隊の1匹目だと『ホシノ イチロー』という具合にだ。
それにより、そのゴブリンがどこの所属なのかわかるようになっている。
いつものように、ユージだけそのことを決める前に名前を付けてしまったためなんか特別な感じになった。
訓練の内容は、その部隊の隊長に一任されている。オジジからは「君が得意な事を重点的にやりなさい」と言われた。そうはいっても、せっかく魔法が使えるのに俺のように弓を覚えさせるのは違うと思い、俺は基礎訓練とユージに頼んで魔法訓練を重点的にやらせている。
この前、料理が好きなトガワから鳥肉をくれと頼まれた。なんでも料理の訓練をするらしい。そんなんで大丈夫かとも思ったが、上手い飯はやる気も出るから言うとおりに鳥肉を渡しておいた。
腹が減っては戦は出来ぬってよく言うしな。
今日俺が第二小隊と第八小隊の隊員にも訓練をしているのは、その隊長であるロクダとチバがオジジと一緒に偵察に行ったからだ。
だから、オジジから直接訓練を受けたゴブリンが2匹いる第五小隊が代わりに第二、第八小隊にも訓練をする事になった。
ロクダとチバが偵察に選ばれたのは、ロクダは単純に足が速いからだ。あいつは山でもなんかめっちゃ足が速い。しかも体力がある。だから、第二小隊は朝から晩まで山を走る訓練ばかりしていた。合掌。
今日は筋トレをやると言ったら、第二小隊の奴らは跳んで喜んでいた。
ちなみに、俺の兄弟たちはよく鬼ごっこをして遊んでいて体力があるやつが多かったから、大体がこの第二小隊に配属された。いつもふらふらになりながら洞窟に帰ってくる。
チバは、潜むのがとても得意なやつだ。
オジジに気づかれないようにオジジの動向を探り、オジジが山に入っていって何をしたのかを後で下山したオジジに報告するという訓練があった。
この訓練は非常に難しく、オジジは一切の容赦なく俺たちの尾行を見つけまくる。
俺たちが潜んでいる草むらに小石を投げまくる。しかも、投げた小石は百発百中だった。
オジジに尾行が発見された時点でそいつは任務失敗であり、オジジの後ろを姿勢を低くして付いて行かなくてはならない。オジジはゆっくり山を進むため、なかなかにきつい、腰にくる訓練だった。
長らくこの訓練を成功させる奴は現れなかった。しかしある日、この訓練を初めて成功させたのはチバだった。
みんなで仲良く一列になって低姿勢でオジジの後ろについて下山したところ、チバは小屋の前で待っていた。俺は内心、(チバめ、訓練サボりやがったな)と思っていた。
しかし、チバは見事にオジジが山で草笛を吹いて小鳥と戯れたあと、唐突に「さくらんぼ食べたい...」と呟いた事を報告し、尾行訓練の第一成功者となったのだった。
それ以来、俺たちは隠し事をするときは常にチバを警戒するようになった。
チバ隊長率いる第八小隊の奴らは隠密訓練ばかりしていて、俺でも見つけ出すのに苦労しそうなので今日の訓練では山に入らないのはこいつらが原因だ。
そして訓練が終わって帰り道。ユージと2匹で帰っていた。
結局、オジジ達偵察部隊は帰ってこなかった。普段なら、朝に出発して夕方には、遅くても夜には帰って来るのにな。
それぞれ部隊ごとの訓練が始まってからは、時間が合わなくなってしまってヘンミとは一緒に帰れなくなってしまった。
「今日はホシノの兄弟たちと一緒に訓練出来て良かったな」
ユージが話題を振ってくれる。
「良かったけど、マジであいつら体力付きすぎ。子ゴブリンの頃からやばいとは思ってたけど、今はもう一日中走ってられるんじゃないか?」
「さすがにそこまでじゃないと思うけど、でもすごく体力付いてたね」
いやはや、あの時オジジについて行かなかったら、俺もああなっていたかもと思うと恐ろしいね。
「でも、意外だったんだよね」
ユージが少しまじめな口調になる。
「うん?なにが?」
「ホシノって、ゴブリンの未来のために戦うってのもあるけど、自分の兄弟のために戦うってのもあったじゃん。だから、兄弟達がこうやって戦闘部隊に配属される事を許すんだなーって思って」
「あぁ、確かに」
確かに俺は何の罪もない兄弟達が殺されるのが許せなくて戦争を決意したところはある。
「でも、俺が許せないのは兄弟達の未来が奪われる事だから。兄弟達が自分でみんなのために戦いたいって思ってるなら、それを尊重したいな。俺が兄弟達の選択肢を奪っちゃったら、本末転倒な気がする」
「確かに。それもそうか」
「それに、俺が兄弟達に戦うのを禁止しても、俺たちが人間に負けたら兄弟達も殺される訳でしょ?そんなことなら自分も戦いたいって俺がその立場だったら思うから。そりゃ本当は兄弟達には戦争とは関係ない事してて欲しいけど」
「ま、やっぱり時代が悪いよね。この時代に戦争と関わらないほうが無理でしょ」
「ホントそれ。なんとか、未来のゴブリンはもっと楽に生きれるようになってれば良いなぁ」
「そんな方法あるんかね?だって俺らゴブリンだぜ?」
「やっぱり、メスが存在しないってのが詰んでるよなぁ。なんかいい打開策かなんかある?」
ユージは無言で首を横に振る。
俺とユージはいつもの問題に直面する。
話していると、大体この問題にぶつかる。
結局、ゴブリンは永遠に他種族を襲い続けないといけないんだろうか。
「ホシノが人間のメスだったとして、自分からゴブリンに嫁ぐってあり得る?」
俺がメスだったとしてゴブリンに嫁ぐ?
旦那とは会話できない。子どもはゴブリン確定。なのに子沢山。しかも全員男の子。
そもそも、ゴブリンとの結婚だったら一妻多夫になるのかな?
「最悪過ぎる。嫁ぐってより、生贄って表現が適切だね」
「だよなぁ。じゃあ、やっぱり安定してゴブリンが繁殖するには、力で実行支配して定期的に生贄を要求するしかないのか」
「それ明らかに成敗される奴じゃん」
「俺もそう思う」
そもそもゴブリンって存在が成敗される定めか?
流石に、これは思ったけど発言しない事にした。今から頑張ろうって時に、後ろ向きすぎると思ったから。
ユージと話していて、いつもの場所まで来た。
ちょうど会話もきりが良かったので、そのままユージと別れる。
洞窟に帰ると、倒れている兄弟達がいた。
「ホシノ、お帰りー」
「う、動けねー」
よほど今日の筋トレがきつかったのだろう。全員座るのにも苦労していた。
「おう、ただいま。ちなみに、明日の筋肉痛が一番大変だぞ」
「「「うげー」」」
兄弟達はうめき声をあげた。
翌朝、小屋に行くとオジジとロクダ、チバが帰ってきていた。
ロクダとチバは疲れているようでぐったりとしていたが、オジジはいつも通りだった。
「今回の偵察は長かったですね。どこまで行ってたんですか?」
俺は世間話半分でオジジに質問する。
「あぁ、今回は足を延ばしてエルフ軍の方まで偵察に行ってきたんだよ。前線は相変わらず小規模な戦闘しか起きてなかったけど、後方では大きな動きがあった。今日は作戦会議だ。この機会に、我々も動くぞ」
しかし、その返答は想像よりも遥かに内容があるものだった。
オジジのその言葉を受けて、俺はもうこの生活が終わり、本当に戦争が始まってしまうであろうことを理解した。