第1話 転生
私は今日も地面に魔力を込めていた。
とても長い年月をかけて行ってきたこの作業も、ようやく終わりの目途が立ってきた。
「しかし、どうしたものか…」
このままでは滅亡する未来しか見えないが、もう時間がなかった。
どうにか考えを巡らせるが、いい考えは何も思い浮かばない。
「やはり、私では無理だよ」
過去の戦友を思い、泣き言を言う。
言えるときに言っておかないと、私は圧力に潰されてしまいそうだった。
その後、日が暮れてきたので作業を中断し野宿した。
結局いい策は思い浮かばなかった。
「このままでは、終われない...」
その夜、夢を見た。お告げの夢だった。
お告げは、転生者が生まれるという内容だった。
翌朝、私の不安はある程度解消されていた。
いいタイミングだった。恐らく、これが最後の戦いになるだろう。
このチャンスに賭けるしかない。
私は、作業を早めに終わらせようと普段より張り切って地面に向かった。
___________
俺はゴブリンだ。生まれた時からゴブリンだ。生まれるのは二回目なんだが。
生まれた直後は状況がわからなくて混乱もした。
しかし、数時間も寝っ転がり続けて、横で眠ってる赤ん坊のゴブリン達を見るといやが応でも自分の置かれた立場をわかってしまう。
自分の手を見てみる。緑色だ。うん、俺はゴブリンに転生している。
トラックに轢かれて死にかけたときは、(まじで死にたくない。神様助けて何でもするから生きていたい)って思ってたけど、まさかゴブリンに転生しちまうとは。
母親は人間だった。ずっと無言で洞窟の隅っこにいる。
目が虚ろでかなり危険な状態のように見える。
父親が誰かはわからなかった。まぁ、つまりそういうことだ。
洞窟に来るゴブリン達は普通に親切だった。
兄ちゃんゴブリン達は俺たち兄弟に果物を持って来てくれたし、放っておくとすぐに糞尿にまみれる俺たちの寝床を掃除してくれた。
生まれて三日が経った。
普段は見かけないジジイゴブリンが洞窟にやってきた。
兄ちゃん達はジジイを慕っているようだ。ジジイの登場に喜んでいる。
ジジイの言葉に兄ちゃん達はなんか驚いてるみたいだった。
ジジイがニコニコしながらこっちに来る。なんだこいつ。親戚のジジイが赤ん坊を抱き上げて感動するイベントか?
ジジイが手を俺の頭に乗せ、何やらぶつぶつ呟いている。
次の瞬間、俺は猛烈な頭痛に襲われた。
痛い痛い痛い。痛すぎる。あれ?これ死ぬんじゃね?今死んだら、変な夢を見ていたって感じになって病院で目を覚ましそうだな。
俺は到底耐えられない頭痛に、現実逃避しつつもすぐに意識を失ってしまった。
一週間が過ぎた。
ゴブリンって生物は一週間もすればよちよち歩けた。
結局あの後、目が覚めても普通にゴブリンだった。
頭痛は嘘のように消えていた。
体に特に変わったところは見られなかったから、ジジイにアイアンクロー決められただけの可能性がある。もしそうだとしたらあのジジイ許せねえ。
母親らしき人間が今朝死んでいた。俺たちの弟達をまた出産した後の事だった。
恐らく狂ったのだろう、壁に頭を打ち付けた跡があった。
母親の死体は洞窟の外に運ばれていった。
もしも彼女が、俺が元人間だと知ったらどう思うのだろうか。
人間だったのに、ゴブリンとして生きている俺のことを軽蔑するのだろうか。
考えてもわからないことだが。そのことを知る機会は永遠に失われてしまった。
俺は例えゴブリンとしてでも生きていきたいと思った。
だってまだまだ生まれたばっかだし。
童貞のまま死にたくない。せっかくチャンスを貰ったんだ。今度は活かさねば。
望んでゴブリンに生まれた訳ではないから、ゴブリンに生まれた事を恨まれる筋合いはない。
ゴブリンに生まれたからだろうか、俺はゴブリンのみんなのことが別に嫌いではない。むしろ大事な家族だ。
俺はいてもたってもいられなくなり、自分を鍛えようとめちゃくちゃ洞窟内を歩き回った。
すぐに疲れてしまったので、たくさんお昼寝した。
別の日には、コミュニケーションが取りたくて兄ちゃんたちの言葉をよく聞いたりもしていた。
そのおかげか、喋っている事が少しずつ分かるようになっていった。
同じ時に生まれた兄弟たちはじゃれて遊んでいたり、藁をいじったりしていた。
俺が天才過ぎてやばいね。
二週間が経った。
どうやら、生まれてきた時期ごとにグループにわけて子ゴブリンは育てられているようだった。
俺たちより何日か早く生まれたらしきグループはもう洞窟の外へ行ってしまった。
俺は同期の兄弟達と鬼ごっこで遊んでいた。
心の中でゴブリンなんだから全員鬼やないかいと突っ込みながら走っていると、俺らのグループを主に担当している兄ちゃんに呼び止められた。
「おーい、お前ら、ちょっと集まれー!」
「「はーい」」
兄弟達はみんな言葉を喋れるようになっていた。
ゴブリンの成長速度恐るべし。俺は凡才でした。
「なんだろうね」
「わかんない。外に何かしに行くのかなぁ」
飯以外で兄ちゃんが俺たちを集める事は今までなかった。
俺達は新しいイベントにワクワクしていた。
「兄ちゃん、なにー?」
「今日はお前らにオジジ様から大事なお話がある」
兄ちゃんがそう言うと、ジジイゴブリンが洞窟に入ってきた。
げっ!アイアンクロージジイだ。
俺は退路を確認しつつ、こっそりジジイから離れた場所に移動する。
「誰ー?」
「オジジ様だ。とってもすごいから、とってもえらい」
兄弟は奴が誰か覚えていないらしい。
すまん兄弟。身代わりとなってくれ。骨は拾う。
「なんでとってもすごいの?」
「とっても強いし、長生きだからすごい」
「「すげー」」
素直な兄弟たちは目をキラキラさせながら兄ちゃんの話を聞いている。
あぁ、確かにジジイのアイアンクローは強力だったよ。
「やぁ、みんな。他のゴブリンからはオジジと呼ばれている、ただの年寄りのゴブリンだよ」
ジジイが口を開く。
「オジジさまつよいってホント?」
「あぁ、本当だ。ずっと人間と戦ってきた」
ジジイの言葉を受けて、俺たちに緊張が走る。
洞窟の外は、どうやらゴブリンにとって過ごしやすい世界ではないようだ。
「今日はみんなに話があって来たんだ。そうだな、まずは...」
ジジイは、こちらに歩みよって来た。
おもむろに兄弟の頭へ手を乗せる。
唐突のことに兄弟は緊張しているようだった。
アイアンクローが来る!と思ったが、ある程度頭をなでたら手を次の兄弟の頭へ移動させた。
ジジイは「ふむ」と言ったり、うなずいたりしながら次々と兄弟たちの頭に手を乗せていった。
その様子に兄ちゃんも困惑しているようだった。
ジジイ大丈夫か?何やってんだ?
そんな心配をしていると、俺の番が来た。
ジジイが頭をなでる。にぎにぎする。
…なんだか俺だけ長くないか?
俺がビビりながらジジイを見ると、ジジイは口を開いた。
「君、前世の記憶を持っているね?」
…なんで?