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家族 R15版

結婚披露パーティーは城の大広間で行われた。

庭園も謁見室も全て完璧に整えられており、どんな状況にも対処可能であったが、誓いのキスのあとから、ウィーラーとレオノーラの魔力がさらに穏やかに混ざり合うようになり、城内でのパーティーも問題ないと氷魔術師が判断したからだ。


寄り添う二人の空気は穏やかで、互いの魔力が中和され、大広間には男女問わず訪れることができた。


玉座につく皇帝フェルミン、その横に並ぶウィーラーとレオノーラ。

今まで謁見が難しかったエスクレド帝国の貴族たちは、妻や娘を伴い勇んで拝謁の列に並んだ。


ウィーラーはここにきて初めて、レオノーラ以外の女性を何十人と間近で見ることになった。

女性たちは煌びやかな衣装と宝石で着飾り、ウィーラーの前で極上の笑みを見せる。


(なるほど、女とはこういうものなのか)


表情が動くことはないが、ウィーラーは内心感心していた。

女とは、細く、か弱く、キラキラとして、いつも微笑む存在なのだと。


レオノーラはすぐ横でそんなウィーラーの様子を敏感に感じていた。


(目をそらさないわ)


優雅な礼をとる令嬢たちから目をそらすことなく、ウィーラーは臣下の礼をとる貴族たちを一人一人眺めている。


(若くて、細くて、可愛らしい令嬢たちばかりだものね)


レオノーラは美しい笑みを崩すことなく、内心ではチクチクと嫉妬の針が胸を刺す不快感に耐えていた。


(仕方ないわ。皇太子殿下はお若いのだもの。でも私は私。正妃として精一杯努めるだけよ。気高くあるのよ。ミレイア様のように。)


皇后ミレイアは長時間起き上がることが難しい状態であったが、パーティーの前にフェルミン同席のもとで初めて会うことができた。

それほど、ウィーラーとレオノーラの魔力は穏やかだった。


フェルミンがミレイアを支えてベッドから抱き起こすと、ミレイアは優しく微笑んだ。

レオノーラはすぐに最上級の礼をとる。


「まあ、顔をあげて。あなたはもう私の娘なのよ。」


レオノーラは城にきてから、会えない代わりにミレイアに手紙を送っていた。ミレイアからも代筆で返事が届き、たった一週間だがニ度ほどやりとりをしていて、互いに会える日を楽しみにしていた。


「レオノーラ、こちらにきて。温かな手だわ。」


ミレイアはベッド脇に跪いたレオノーラの手をそっと握り、優しく包み込んだ。

病がちなため恐ろしく細い体をしているが、可憐な声には張りがあり、少女のような無垢な美しさがあるミレイアはとても35歳には見えない。

なにより、瞳の強い光がミレイアを皇后として輝かせていた。


「ミレイア様、お会いできて嬉しゅうございます。」

「私もよ。私がこんな体だから、あなたにも苦労をかけると思うけれど、またお手紙を送ってね。」

「はい。また書かせていただきます。」


レオノーラもきゅっとミレイアの手を握った。

短くとも心通った充実した交流だった。


その間、ウィーラーはじっと母ミレイアを見つめていた。

ウィーラーの凍てつく冷気はミレイアの体には毒だ。

ウィーラーは物心ついてから母と一つの部屋にいたことがなかった。

間近で会う母はとても小さく、寄り添う父の支えがなければ砕け散ってしまうのではないかと思った。


レオノーラがベッドから下がると、ミレイアはウィーラーを側によんだ。


「ウィーラー、手を。」

「ですが······」

「大丈夫。レオノーラの熱をわけてもらったから。」


いたずらっ子のように笑う母に、ウィーラーはおずおずと手を差し出した。

ミレイアはその手をぎゅっと握った。


「ウィーラー、ごめんなさい、ごめんなさいね。」

「母上······」

「寂しい思いをさせて······」


確かに遊んでもらうことも、抱き締めてもらうこともなかった。

だがそれは高位貴族にはよくあることだし、産むだけ産んであとは乳母に任せきりというのは一般的ですらある。そう思い、ウィーラーは諦めてきた。何より、自分のせいで母の病が悪化するなら会わない方がいいに決まっている。


だが、ミレイアは自分を責めてきた。産後すぐに体調を崩し、ろくにウィーラーをみることができなかった。体がいうことをきかず、少し回復してもまたすぐ寝込むことになる。フェルミンから日々の様子を聞くたびに、早く息子を胸に抱きたいと焦燥感にかられていた。そうこうしているうちに、ウィーラーの魔力がどんどん強くなり、物理的に近づくことができなくなってしまった。

妻としても母としても役割がこなせない自分を責める日々は、フェルミンがいなければ乗り越えることはできなかっただろう。

今、愛する夫に支えられ、愛しい我が子の手を握る自分はなんと幸せなのだろう。

ミレイアの瞳から涙がこぼれる。


「レオノーラに感謝だわ。こうしてウィーラーの手を握れる。ああ、ほんとうにあなたったら大きくなって。」

「はい。」

「お父様に似たのね。よかった。お父様は丈夫な方だから。」

「はい。」

「愛しているわ、ウィーラー。レオノーラを大事にね。また会いにきてちょうだい。」

「わかりました、母上。」


病にあっても着飾らなくても、ミレイアは気高く美しかった。凛とした心の芯が強く感じられた。

レオノーラはそんなミレイアのためにも、正妃として自分の責務をまっとうしようと改めて決意したのだ。



貴族たちの挨拶が済むと、あとは華やかなパーティーになる。

ウィーラーとレオノーラはしばらくその様子を眺め、やがてそれぞれに退席した。

レオノーラは別の間でジョルディとカルメアと会うことになっていた。


「姉さん!」


部屋に入った途端、カルメアが抱き付いてくる。


「カルメア、今日はありがとう。」

「いいのいいの。すっごいすっごい綺麗よ!」


21歳のカルメアは、一児の母だというのにいつまでも娘のような無邪気さがある。


「姉さん、ほんと綺麗だ。」

「ジョルディ、あなたもエスコートありがとう。」

「いえいえ。」


三人は人払いした部屋でしばしくつろいだ会話を楽しんだ。

アスタルノア王国は大国との同盟を喜んでおり、レオノーラの輿入れに民衆も沸いているらしい。


「姉さん、氷細工の輸入も決まったよ。」

「ほんとに?さすがだわジョルディ!」


エスクレド帝国で採れる鉱物に、氷のような透明度の貴重な石がある。柔らかな石は建造物には向かないが、加工のしやすさから置物などの装飾品が人気で、エスクレドでしか手に入らない。

それがアスタルノアでも買えるとなれば、観光客も増えるだろう。


「どの国にも輸出しなかった代物だ。これだけでアスタルノアの名も高まる。」

「よかった。私、結婚してほんとによかったわ。」


カルメアはしみじみと呟くレオノーラを見て、ニヤニヤとしながら脇腹をつついた。


「氷細工まで出すなんて、愛されてる証拠よね~。」

「はしたないぞ、カルメア。」

「だって~。兄さんだってそう思うでしょう?」

「こら、俺までつつくな。」


弟と妹のやりとりにレオノーラも笑ってしまう。

互いに家庭を持つ身で、特に子どもたちが一緒だと父と母の顔になる二人なので、こんなやりとりが懐かしかった。


「さて、だいぶゆっくりしてしまった。そろそろ失礼しよう。」

「このまま発つの?」

「慌ただしくて悪いな、姉さん。」

「いいえ。お父様とお母様によろしく伝えて。あと、フリアンにも。それからセシリアと、子どもたちと。」


ジョルディの妻セシリアは、三人目を産んだばかりだ。それでなくてもジョルディは皇太子としての政務におわれている。長く引き止めることはできない。


「カルメアも気を付けてね。」

「ありがとう姉さん。幸せになってね。」


カルメアとぎゅっと抱擁を交わすと、レオノーラは二人をドアまで見送る。


戸口でふと振り返ったジョルディが、そういえば、と口を開いた。


「この場を設けてくれたのは義兄上だよ。」

「皇太子殿下が?」

「そう。彼は姉さんを大事にしてくれるよ。」


はっきりとそう告げると、ジョルディはにっこり笑って部屋を出ていった。


(あら、まあ、そうなの······)


部屋に残ったレオノーラは、ジョルディの言葉を反芻する。


(大事に、ねぇ)


ウィーラーに、このような細やかな気遣いができるとは意外だった。正妃として、きちんと扱う姿勢があるようだ。これで失言さえなければね、と一人苦笑しながら、侍女に促されレオノーラも自室にさがった。


(まあ、期待しましょ)


少しだけ軽くなった足取りに、レオノーラはこれから始まる大仕事のことをしばし忘れた。



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