エスコート R15版
氷の軍帝自らが護衛する馬車を襲撃する愚か者がいるはずもなく、旅は順調に進み、予定通りエスクレド帝国に到着した。
大陸中に今回の婚姻は周知されており、通過する他国も好意的に道を譲ってくれたし、宿泊する時はまるごと宿を貸し切るので、国民も歓迎ムードで迎えてくれた。
ウィーラーとレオノーラが共にいると、混じりあった魔力が心地よい風をつくり、護衛の騎士たちにとっても快適な旅になった。
レオノーラの護衛は女性騎士が20名、遠巻きに男性騎士が10名。
ウィーラーの隊は男性騎士20名であった。
レオノーラは厳重に守られ、一つとして問題もなく、エスクレド皇帝との謁見に望むことができた。
ただ、胸の痛みはおさまることはなかった。
ウィーラーは常に馬車の一番近くにいたが、レオノーラには危険だから馬車から出るなといい、宿について挨拶をしても目をそらしているようだった。
(視界に入れたくないほど私が嫌いなのだわ······)
それでもレオノーラは笑顔を崩さず、いつも最上級の礼をとり、これ以上ウィーラーの不興を買わないようつとめた。
若い男性にとって、28歳の自分など不快でしかないのだ。
最初に感じた屈辱は、深い悲しみに変わっていった。
自分が18歳だったら、もっと華奢な頃だったら、あんな言葉も聞かずにすんだのにと。
夜、一人になると、どうしようもないほどの寂しさを覚えて涙が出ることもあった。
(こんなことではいけない。私は子どもを産みさえすればいいんだから。こんな感情に振り回されてはだめよ。)
泣いた後は必死に自分を立て直し、なるべくウィーラーの視界に入らないよう過ごした。
だから、謁見の際にウィーラーがエスコートに現れたことにとても驚いた。
ウィーラーは皇帝の隣に座り、共に自分を迎えるのだと思っていたのだ。
ウィーラーは前髪を後ろに流し、やや長めの襟足は逞しい首にそわせ、黒の軍服を着こんでいた。白い肌と輝く銀髪が黒によく映えて美しく、エスコートのために準備をしてくれたのだとわかる。
とはいえ、腕を組むわけでもなく、手をとられることもなく、ウィーラーはただレオノーラの隣に立っているだけだったが、それでも心強かった。
相手は大国の皇帝である。ウィーラーは皇太子だが、二十日間の旅は、それでも彼を身近に感じさせてくれていた。
(それに、今日は目をそらさなかったわ!)
ウィーラーはいつも冷たく眉根を寄せて視線をそらすのだが、今日は少しだけ目が合った。
(やっぱりこのドレスにして良かった)
レオノーラは謁見のために、侍女のセアラが息切れするほどコルセットを締めた。
モスグリーンの落ち着いた色あいのドレスは鎖骨まで隠れるデザインで、胸の膨らみも押さえている。
腰まである真っ赤な髪は、ウェーブを生かしてふんわりと結い上げ、なるべく清楚に、できれば可愛らしく見えるようにしてもらった。
きつく見られがちなワインレッドの瞳も、目尻に柔らかくラインを入れるとだいぶ印象が変わる。
ウィーラーのちょっとした変化に自信をつけたレオノーラは、皇帝の前で優雅に礼をとった。
「レオノーラ姫、楽にしてくれ。おお、これは美しいな。」
ゆっくりと顔を上げたレオノーラを見て、ウィーラーの父、皇帝フェルミン·アーサー·エスクレドは感嘆の声をあげた。
「これほど美しい姫だったとは。このような事情もなければウィーラーが娶ることなど出来なかったな。」
「アスタルノア王国第一王女レオノーラ·ラー·アスタルノアでございます。皇帝陛下の心優しいお言葉に感謝いたします。」
フェルミンはまだ38歳の若き皇帝だ。
幼い頃から神童と呼ばれ、その政治手腕と先見の明はやはり魔女の血かと、羨望と妬みをこめて囁かれていた。
くすんだ銀髪と金の瞳、さすがウィーラーの父という美丈夫だった。
「一週間後には義父になる。そう堅くならずに。」
その言葉にレオノーラは内心動揺した。
一週間?!
予定では、一ヶ月後のはずだった。
「ちょっと事情があってな。もうこちらで準備を進めているから、レオノーラ姫も一週間後の式に合わせてくれ。」
「かしこまりました。」
どんな事情があったのかはわからないが、皇帝が説明しないということはレオノーラが口を挟むことではないということだ。
レオノーラは素直に従い、謁見は無事に終わった。
これから一週間、レオノーラはドレスの調整と、自身の体を磨くことに専念しなければならない。
(若さも体型も仕方ないけど、少しでも、マシに見えるように······)
ウィーラーのエスコートに礼を言うと、レオノーラはさっそくドレスの調整のため部屋に下がった。
優雅な足取りで去るレオノーラのその後ろ姿を、ウィーラーはじっと見つめていた。