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馬車の旅 R15版

アスタルノア王国第一王女レオノーラ·ラー·アスタルノアは、馬車で一人屈辱にうち震えていた。


15歳で社交界デビューした後数年で嫁ぐのが一般的である貴族社会において、28歳の自分は行き遅れもいいところ、結婚などとっくに諦めていた。

それが突如10歳も年下の男性に嫁ぐことになった。

自分が選ばれた事情はよく飲み込んでいるし、選択肢もない皇太子を不憫に思うくらいだったが、それでも、あんな下品な言葉を聞かされることになるとは思わなかった。


レオノーラは身長こそ高めではあるが、元々は線が細く、華奢な体型だった。

それが、19歳を過ぎた頃からだんだんと胸と腰に肉がついて、どんなに食事や運動に気を付けても痩せなかった。

もちろん今でも努力はしているが、もう以前のスリムな体型に戻ることはないのだと、この変化が年齢によるものなのだと、鏡を見るたびに暗い気持ちになるのだ。

未婚女性の、ふんわりとスカートが広がるドレスなど勿論似合わない。ウエストをどんなに絞っても、肉のついた胸と腰のせいで太って見えてしまう。

なので、レオノーラはいつも、装飾が控えめで腰のあたりまでラインが見えるデザインを選ぶ。隠すよりも出してしまった方が、かえってスッキリ見えると気付いたからだ。


馬車の旅では、窮屈な服装は疲労に繋がるので、今日はコルセットはつけていなかった。魔力の特性で寒さを感じないので、薄手のワンピーススタイルという完全に移動用の洋服だった。

まさか大国の皇太子が迎えに来るなんて誰が考えるだろうか。

国境で騎士と取り次ぎをしたときに初めて知らされ、皇太子を待たせることなど出来ず、慌てて大判のストールを羽織ってなんとか体裁を整えたのだ。

それなのに······。


「くっ······」


思わず声が漏れ、レオノーラは唇を噛んだ。



皇太子は、素晴らしく美しい人だった。

馬車を降りた途端、レオノーラは今までに感じたことのない、涼やかな風を頬に受けた。


(これが、氷の軍帝······)


錆色の鎧、真っ白な肌、輝く銀髪、彫像のように立派な体躯。まるで神話から抜け出した軍神のようだ。


レオノーラの魔力とウィーラーの魔力が影響し合い、二人の間に穏やかな風が渦を巻いた。

冷たい風が暖められ、熱い風が冷やされる。

二人は同時にその変化を感じた。そして、この婚姻は正しかったと確信したのだ。


ウィーラーがレオノーラの元に歩いてくる。初対面に相応しい常識的な距離までくると、ウィーラーは軽く頭を下げた。


「エスクレド帝国ウィーラー·アーサー·エスクレドです。」

「アスタルノア王国第一王女レオノーラ·ラー·アスタルノアと申します。」


レオノーラは深く腰を折り、最上級の礼をとる。

ドレスならもう少しサマになるのだが、仕方ない。軽装なのだから、せめて礼儀は尽くしたかった。


「このような姿で申し訳ありません。皇太子殿下がご気分を害されないことを心から願います。」

「いや。護衛なら自分が適任だと思ったまで。」

「皇太子殿下のお心遣いに感謝いたします。」


ウィーラーの言葉は軍人らしく簡潔で、声に抑揚もなく愛想もなかった。


(氷の軍帝ってぴったりだわ。)


内心でそんなことを思いながらレオノーラがゆっくりと顔を上げると、ウィーラーが冷たく眉根をよせているのが目に入った。

その表情にレオノーラはビクリと震え、大きな衝撃を受けた。


(やはりこの服装が、いや、私が気に入らないんだわ。)


これだけの美貌と体躯だ、魔力のことさえなければ女性が放っておかないに違いない。それが、10も歳上の行き遅れを娶らねばならないのだ。


レオノーラは、ウィーラーの表情にショックをうけている自分にも驚いた。


(当然のことなのに。私は、何を期待していたのかしら。)


突如舞い込んだ求婚に、恋愛小説のようにときめいたことは確かだった。

男性が近付けない炎の魔力、それに対して氷の魔力を持つなんて、運命的ではないか。年の差も、境遇も、小説の要素としてはぴったりだ。

しかし、浮かれたのは一瞬。レオノーラはきちんと現実を理解していた。

それでも、もしかしたら、という思いが捨てきれていなかったのかもしれない。

レオノーラにとって唯一の男性になる人、もしかして、私を好きになってくれるかも、なんて。


今、ウィーラーの表情を見て、その一縷の期待は打ち砕かれた。

氷の軍帝、冷たく凍った表情、嫌悪に寄せられた眉。

レオノーラは、視線をそっと地面に落とした。これ以上見ていられなかった。


「レオノーラ姫、出発しよう。」

「はい。宜しくお願い致します。」


冷たく馬車に戻れと言われたようで、レオノーラの胸が痛んだ。

そして、再度礼をとり馬車に戻る途中、あの言葉が聞こえたのだ。


レオノーラは最初何を言われたのかわからなかった。

ちょうど風がふわりとこちらに吹いていて、意図せずその呟きを運んでしまったのだろう。

ウィーラーもわざわざ自分に聞かせようと思って言ったわけではないとわかる。それくらい微かな呟きだった。

だが、だからこそウィーラーの本音なのだと思った。


「なんてケツしてやがる······」


恥ずかしかった。

ウィーラーは冷たいながらも礼儀をわきまえていた。こんな言葉を投げかける人物ではなかった。わざわざ護衛のために国境まで来てくれるくらいだ。きっとウィーラーもどこか期待をしていたに違いない。

それを、自分を見て、期待を打ち砕かれ、落胆し、去り際に思わず本音が出てしまったのだ。


(みっともない!こんな体、大嫌い!!)


レオノーラはぎゅっとストールを掴み、涙と屈辱に耐えた。



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