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戦闘中は前だけしか見れない

 祖父の声だった。


「魔法使いというのは元来「普通の人間」に使役されるべき存在だったんだよ」


 年齢を感じさせない声。

 若々しいと言えば聞こえが良いが、どことなく子供っぽい気配、幼児性を感じさせる声音であった。


「その中でもとりわけ俺たち「糧」の流れは特に強い魔力を以てして、人間さまをお守りしなくちゃならないわけであって」


 ああ、おじいさん、俺はとても悲しい気持ちでいます。

 声が遠くなる、意識が現代の時間軸、戦いが繰り広げられようとしている場面に引き戻されている。


「ああ、あ……あひぃいぃいいい」


 アサノが悲鳴をあげながら股間を尿で濡らしている。

 たれ流された体液の新鮮で濃密な臭気に、怪獣へと変身してしまったクラスメイトの食欲中枢がガンガンに刺激されていた。


 怪獣が叫び声をあげる。


「   !   」


 震える鈴のような音色。

 社に静かに止まる鈴。来訪したニンゲンの祈りに反応して鳴り響く、境内のような静謐さ、緊張感が空間を支配する。


 一瞬俺はこの場所が神聖なコロッセウムかなにかかと、そう思いこみそうになる。

 だが悲しいかな、現実においてここは学校で、本当は安心安全な学園生活を送るべき環境にあるはずだった。


 しかし戦いは始まってしまう。


「   !!」


 怪獣が飛び上がった。

 ドラゴンの翼のように広がった聴覚器官がひるがえる。

 大量の空気を孕んでまっすぐ獲物に、つまりはアサノの肉に飛びかかろうとする。


「ぎゃ」


 俺はアサノの悲鳴を聞きながら、一直線に飛んできた怪獣の体を武器ではじき出した。


 衝撃に合わせて俺と怪獣の体が横薙ぎに吹き飛ぶ。

 ガラスが割れる音が下、俺の持つ巨大な鎌の様な武器と怪獣の肉体がぶつかり、廊下の窓ガラスが破壊されていた。


 そのまま外に飛び出す。


 何よりもまずはアサノ……獲物になる「人間」から怪獣を引き離さないといけない。


 廊下の外側、学校の裏庭に躍り出る。

 太陽の熱を少し含んだ温かな空気に触れる。しかし熱はいまの俺にはまったくもって、なんの意味も為さなかった。


 飛び上がる怪獣。

 右腕に握りしめているのは巨大化させた包丁の一振り。

 大きな刃物が害になる存在、魔法使いである俺の肉を切断しようとする。


 刃物の一閃を鎌の峰であしらう。

 反動に流されて怪獣の体が少しのけ反る。


 体制を整えるべきか? 考えながらすでに足は動いている。

 走りだした俺の後を追いかけ、すぐに追いつき、前方に怪獣が立ちふさがる。


 待ちかまえていた、と思っているのだろうか? 怪獣にまだ理性的な思考能力が残されているのならば、ぜひともお教え願いたいところ。


 しかし願望は叶えられない。

 俺の両腕はすでに怪獣に向けて攻撃を実行している。


 大鎌の刃を横に一閃。怪獣はそれをジャンプで避ける。


 怪獣はそのまま上にのぼる。

 耳の位置に膨らむ翼を羽ばたかせながら、学校の外壁を上へ、上へ、一気に駆け登る。


 上昇した分、落下への負荷が付与される。

 怪獣は叫び声をあげながら刃物の一閃を振り落す。


 呪力と体重が書き加えられた一撃が振り落ちてくる。

 雷撃のような攻撃を俺は大鎌の柄の部分でいなした。


 すべての衝撃波を吸収するにはこちらの体積が少なすぎていた。

 俺は防御をする中で体を後方に飛ばせる。

 少しでも衝撃波の影響を受け流すという面目、しかし実際のところは怪獣の重みに耐えきれなかったというのが実情だった。


 想定することが出来なかった力の流れに俺のほそっこい、頼りがいの無い肉体が翻弄される。

 背中に圧迫感を覚える。


「うぐッ……!」


 しまった、学校の外壁、障壁に追いやられてしまった。

 自由度を大きく損なった状態の俺めがけて、怪獣はすかさず刃の切っ先を振りかざす。


 怪獣にしてみればこの一撃で全てを終わらせても構わないつもりだったのかもしれない。

 なんにせよ怪獣にとっては、全ての攻撃が敵を害するための手段でしかなかった。


 本能の力をたっぷり含んだ横薙ぎを、俺は大鎌でいなすので精いっぱいだった。


 怪獣の方にはまだ理性は残っていたのだろうか?

 そのことばかり考えてしまう。だが考えられるということは、こころの一面ではまだ優位性が残されている証でもある。

 と、俺は壁伝いに怪獣と距離を取りながらオプチミズムに縋りつている。


 敵同士がまた一定の距離感を持ち始める。


 狙うべき肉を喰らえなかった怪獣が襲いかかる。

 単純な突進。

 この機を逃すものかと、俺は大鎌に少しの魔力を込める。


 少しの勇気を振り絞る。

 大丈夫だ、俺は魔法使い、魔法を信じよう。


 大鎌から手を離し、武器全体に別の意味を含ませる。

 自動的に回転する大鎌は、さながらチェーンソーのような攻撃力を帯びていた。


「  ?!  」


 科学的根拠からまた一歩はぐれた攻撃の方法に怪獣が戸惑う。


 動揺は、どうやらうまく彼から「人間」的思考を大きく削ぎ落とすことに成功したようだった。


 いける……! と思った。

 だが考えた時点で、理性的であると思う、その時点で俺は世界にとって怪獣よりも無価値で無意味でしかない。


 事実を証明するように、大鎌の回転を無視した行動が怪獣のこころを前へ、力強い前進を起こしていた。

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