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水たまりはまだ魔法使いのことを理解しない

 刃渡りに十センチ程度の武器だった。

 ついさっきまでコーニの右手に握りしめられていた物。


 腕が真っ直ぐ伸びてきている。

 ニンゲンの腕とはとてもじゃないが呼べそうになかった。

 電信柱のように太い一本はしっかりと包丁を握りしめている。


 五本の指は五百ミリリットルのペットボトルほどの太さになっている。


「え?」


 ゴミクソ馬鹿……。

 と、俺はアサノに対してそう叫びたくなるが、しかしここはクラスメイトとしての尊厳を……。

 

 ……いや、違うな。

 俺は自分自身に言い訳をする事を許さなかった。


 もっと単純に物事を考えなくてはならない。

 緊張感が作りだすビリビリとした緊張感。

 あと少し、ほんのわずかな切っ掛けで世界の全てが崩壊してしまいそうだった。


 俺はとっさに手を左斜め上にかざしていた。

 シャク。

 瑞々しいリンゴの果肉を前歯で喰いちぎったような音が聞こえた。

 それは俺の左腕がコーニの……コーニだったもの、べつの「何か」に変わろうとしている生き物の攻撃によるものだった。


 パタタ……と、真っ赤な血液が廊下の床に新しい暗闇を垂らす。

 暗さはいつかに彼が流した涙とおなじ、点々とした色合いは世界になんの意味もなさない。


「ひいいぃ……!!」


 あっという間に血まみれ名になる俺の体に怯えたか、あるいはもっと別の、自分自身の命を脅かす存在に恐怖しているか。


 アサノが見ている先、そこで彼はほんとうに怪獣へ変身をしてしまっていた。


 「ゴブリン」に「ドラゴン」の要素を掛け合わせたような似姿。

 三角にとがる耳は巨大な羽に変身していた。


 前歯は悲しいまでに人間の特徴を残したままだった。

 まだ完全に人間を捨てきれていない、だからこそ憎悪を作ることが出来る、じつに人間らしく。


 怪獣へ変身した彼が声を発していた。


「 あああ  あああ あー あー あー 」


 最初は赤ん坊のようにただ音だけを発している。

 しかし段々と明確な意志を以て敵意を確固たるものにしていた。


「 殺してやる 」


 それは敵に向けた憎しみのこころだった。


「 殺してやる

  殺してやる

  殺してやる


  殺してやるッ!!! 」


 刃物が振り落とされる。

 狙いは敵に定めらえている。


 アサノの肉が、怪獣の刃に脳天から股間の下まで真っ二つにされそうになる。

 なにも無ければ、それで終わるはずだった。


 それはそれで、ハッピーエンドなのかもしれなかった。


 そう思っていた。なのに。

 なのに、俺の体はアサノのことをかばっていた。


 拳を握りしめる。

 右手、そこには一つの武器を握りしめている。


 羽箒だったモノ。

 今は持ち主である俺の魔力の反応し、本当の姿から変身させられている。


 理屈としてはコーニがニンゲンの正しい肉の形状から怪獣に変身してしまったことと何ら変わりはない。

 能動的であるか受動的であるか、そのぐらいの違いしかなかった。


 俺の武器に軌道を大きく反らされた怪獣の刃が、それでも勢いをほとんど逸らさないままにアサノの足元に突き刺さる。


 硬いモノが壊される音。

 廊下の床に深々とした刺し傷が生まれていた。


「あひ」


 アサノはぐったりと腰を崩す。

 尻餅をついて、床に刺さった攻撃を見ている。


 あともう少し、ほんの些細な切っ掛けで刺し傷は自分の肉を穿ったはずだった。

 ……と、アサノにそこまでの想像力があったかどうかなどは分からない。少なくとも本人に聴く必要がある情報だった。


「あひいぃぃぃいいい」


 しかし今のアサノは到底質問に答えられる余裕を持ってい無いようだった。

 尻餅をついたままで、冷たい廊下の上にブルブルと身を震わせている。


 そりゃあ、まあ、そうなるわな。俺は納得する、せざるを得ないでいる。

 同級生がいきなり怪獣に変身したと思ったら自分に向けて殺意を滾らせているのである。

 恐怖以外の何者でもないし、正直おれもまだ事の正体を何一つとして掴められないでいる。


 だが、やるべきことはすでに決まっていた。


 怪獣は敵を殺し、そして……。

 ……そして、魔法使いは異形から人間を守るために戦う。

 ただそれだけの事、百年前から変わらない、この世界の約束事だった。


 攻撃のために俺は一歩後ろに下がる。


 さてどうしたものか、と考えているとかかとに液体の気配を感じた。

 生温かいそれに俺はとっさにアサノが負傷してしまったかと、そう危惧した。


 しかしそれ自体はすぐに杞憂だと分かった。

 どうやら液体は血液では無く尿であるらしかった。


 アサノが失禁した、広がっていく水たまりに俺は自分の姿を見る。


 そこにはウサ耳のなんとも頼りがいの無さそうな魔法使いの姿があった。

 耳は怯えでせわしなく動き、うなじはすでに緊張感による汗でビショビショ。

 あらわになった首の後ろ、そこにはこの世界における魔法使いとしての証、呪いの火傷痕がある。


 限りなく真円に近いひと筆、円の内側に目のマークを十字になるよう重ね合せている。


 自分が見たことの無いひと、他の誰か、だけど全くの無関係では無いひとたち。


 遠い昔、俺の一族が受け持った呪いの力。

 魔法使いとしての使命が頭のなかで再上映される。


 声が聞こえた。

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