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時間は待っちゃくれないのだ

「殺してやる」


 初めてコーニは敵に向けて自分の言葉を正しく、美しく表現して伝達させていた。


 コーニの目にはきっと迷いなんて無かったのだろう。

 純粋無垢な殺意、選択肢はそれしか見えていない。

 一生懸命に、彼はアサノのことを殺そうとしていた。


「なに……」


 アサノが何かを言おうとしていた。

 馬鹿か、と俺は廊下に躍り出て奴のことをこころの底から罵った。


 この場合においてお前がやるべきことは助けを呼ぶか、……ダメか、今はみんな青空を見るために校庭に集まってしまっている。

 まったくもって馬鹿馬鹿しい、忌々しい。青空なんて特別有難がるものでも無いというのに。


 だってほら、今ここで殺人が行われようとしていて、空の青さに一体どれほど価値と意味があるというのだ?


 コーニが刃を握りしめる。

 殺意はすでに決定されているようだった。


 敵の肉を貫き、骨を刺して血管を破る、血液の海を作る。

 そのためにコーニはアサノに飛びかかろうとしていた。


「ぎゃ」


 アサノが今さらながらに悲鳴をあげようとしている。


 遅っせえんだよ。

 俺はこころの中で奴のことを罵倒しながら、体はすでに彼らの間に参上していた。


「やめろ!」


 叫んでいるのは俺の喉元だった。

 自分の声が自分ではない気がしてならない。

 俺はこんなにハッキリと相手のことを否定することが出来たのか、驚きの事実である。


「な……?!」


 俺のことに最初に気付いたのはアサノの方だった。

 コーニはまだ俺に気付いていない、後ろから飛びかかってきた邪魔に彼は獣のような唸り声をあげている。


 俺の腕の中で暴れ狂うコーニ。

 どうやら彼は俺のことにまだ気づいていないようだった。


 ただ殺意だけを胸の中に、排除すべき(アサノ)に刃を突き立てんとしている。


「ダメだよ!」


 俺は必死にコーニのことを止めようとした。それしか出来なかった。


「ダメだ! 殺しちゃダメだ!」


 前へ前へと突き進む体を何とかしておさえなくてはならない。

 俺はコーニと抱きしめあうような格好になる。


「こんな奴殺す価値なんて無い! 無意味だって!」


 言葉で説得しても、もはや意味なんてない。

 頭の奥ではそう理解している。

 だが意識の表層はまだ実力行使による物事の解決という楽観的視点を捨てきれないでいる。


「こんなバカのせいで……キミが……」


 ああ、もう駄目だ、言葉遣いさえもうまく作れない。


 己の至らなさに失望を覚えている。

 すると、


 サシュ。と、なにか柔らかいものが切り取られるような気配が耳に届いた。


「……うぃ」


 爽やかな風がひゅうひゅうと通り抜けたような、そんな気配に気の抜けた声を発してしまう。


「ひっ……!」


 背中からアサノの引きつった声が聞こえてきた。

 

 それは悲鳴だった。気付く頃、俺の右手に熱がドクドクと膨れ上がる。


「うあ……」


 赤さ、血液がぼたぼたと廊下に垂れる。

 色にコーニが気付いている。


「うぅ……」


 俺は呻き声のようなものを口の中に転がす。

 痛みはあまり感じないのは、過剰な興奮状態が引き起こす限定的な状態が為せる麻酔薬だったと思う。


 しまった。

 と俺は自らの失態に強く後悔を抱く。


 よりにもよってこの世界で、可能性がある対象の目の前で、「自分」が出血をしてしまった。


 危惧した内容な悲しいかな、すぐさま目の前にて現象を引き起こしてしまっている。


「ひゃ」


 俺は危険性がある対象をまっすぐ見る。

 見つめる。刃物を持ったニンゲン、この世界の生き物が浅い呼吸を繰り返していた。


「ひゃ ひゃ」


 刃物を持ったニンゲン。

 今さらながらに彼の特徴を子細に観察する、のは自分のかなしい性分である。


 おそらくは「ゴブリン」と呼称される子鬼、妖精類にぞくする亜人種。

 眼球は白目と呼べる場所が固ゆで卵の黄身部分のようにうっすらとした黄色を帯びている。

 瞳孔は偶蹄目類の獣人のように横長、かすかに凹凸があるのは鈴の口を想起させる。


 緑がかった色白の肌。

 三角形に尖る耳と、少し大きめの鼻に変化が訪れる。


 三角形に尖る耳が大きく広がる。

 拡大は最初の数秒間はわずかなものだった。


 ミシミシ……と肉があるべき形を失い、異常性を持って増幅する。


 ボコリ! と泡がはじけるような音が鳴る。

 と同時に膨れ上がった耳が廊下の窓にぶつかる、ガラスが割れる。


 パリイィン!

 鳴動が空間を切り裂いた。


「ひいい?!」


 ああクソ、アサノの馬鹿はまだ逃げていないのか。


 自分は人間に舌打ちをしたくなる。

 だが今は単純な怒りに逃避している場合ではない。


 もう逃げられないのだ。


 決意を抱こうとした。

 上手く出来るかは分からない、だけど方法はすでに知っている。


 息を吸って吐き出す。

 魔力が血液に熱を灯す、感覚に懐かしさを覚える。


 右手をかざす。

 オレンジ色の光の明滅のあとに、自分の手元に一個の道具が現れるのを確かめる。


「羽根?」


 アサノが弱々しい声で俺の手の中にある道具について呟いている。


「羽根ほうき、というんだよ、馬鹿たれ」


 俺はアサノの方にチラリと視線を向ける。


「はね……ほうき?」


 アサノは壊れかけの玩具のように言葉をくりかえしている。


 と、そこへ銀色のきらめきがアサノのもとにひらめこうとしていた。


「ひゃ」


 耳を翼へと変身させたコーニ……らしきものが、持っている包丁を再びアサノの肉体に突き立てんと攻撃を試みていた。


 輝きが真っ直ぐ馬鹿(アサノ)の方に向かう。

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