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兎ちゃん、お友だちができる

 そこへアサノくんのお父さんと思わしき男性が登場してきた。


「どうしたのかな! また怪獣に襲われたのかな?!」


 叫ぶ声がアサノくんと似ているような、似ていないような。

 スーツ姿の男性はぼくらのことを一瞥する。

 そして一人の人間、兎のように長い耳を持つ人物に注目していた。


「パパ! こいつらだよ!」


 ゼーヒューと息を荒くして、アサノくんがぼくとコーニくんのことを指で差している。


「こいつらが! 俺を喰い殺そうとしたんだ!」


 まったくもって見当違いも甚だしい。

 もしかして彼はなにかしら優れたる創作に関する能力を有しているのではなかろうか?

 と、期待しそうになる。

 

「パパの力でこいつらをここから追い出してよッ!」


 しかし期待は外れたようだった。

 身内に助けを求めるとは、なんともまあ、珍しくもなんともないありきたりな方法である。

 もっとこう……すごいのを期待していたのに。

 たとえば……自分も負けじと怪獣に変身したり! とか。

 ちょっと空想的すぎるかな?

 

 色々と考えているあいだにもアサノくんはなにやら喚いていたが、しかしぼくはぼんやりと聞き流すだけだった。


「ご心配無用だよ」


 ボーっとしているぼくとは違い、どうやらコーニくんはここに来るまで色々と考えを巡らせていたようだった。


「お前が何を言おうとも、こんな学校さっさと捨ててやる」


 コーニは僕の手を離していた。

 いまは拳を固く、固く力強く握りしめている。

 攻撃のための姿勢、だけど身を滅ぼすような真似はもうしないと決めている。


 自分の手は絵を描くためにある、マンガを描くためにある、アニメーションを描くために存在しているのだ。

 この世界に生きるヒトを殺すためにあるのではない。


「な、なんだよ……」


 ぼくらの決意を、アサノくんはとても気持ち悪がっていた。


「ショウガイシャのくせに、精神異常者のくせに、キチガイのくせに!」


 アサノくんはぼくらから目をそらし、自分のお父さんの方に首を動かした。


「キモいんだよ! 死ね、消えろ、この……ッ!!」


 アサノくんがぼくらに殴りかかってきた。

 そして殴られた。


「バカヤロウッ!!」


 叫んでいるのはアサノくんのお父さんで、殴られたのはアサノくんだった。


「ぎゃ」

 

 げんこつがアサノくんの頭頂部をおそう。

 ミシャリ、と何かが潰れる音がした。


「お嬢様の前でそんな汚い言葉を使うんじゃない!」


 アサノくんのお父さんはアサノくんに怒りながら、そそくさと兎耳の人に近寄る。


 ぼくとよく似た形と色の耳、ぼくと同じような雰囲気の顔を持つひと。


「トビラ家のお嬢様ァ!」


 ぼくのお母さんのことを、アサノくんのお父さんはそう呼んだ。


「どうしてこのような田舎に?」


 お母さんが質問に答えている。


「ああ、夫の仕事の関係でここに越してきたのよ」


 事実を簡単に伝えながら、お母さんはアサノくんのお父さんに話題を振り分けている。


「先の集会ではトビラ家によく尽くしてくれたものだから、叔母さまはあなたのことを大層お褒めになられていたわ」


 ぼくは嫌な気分になる。

 この言葉遣いはお母さんが、僕たちの実家、おばさんたちを相手にする時の攻撃態勢だ。


 お母さんの攻撃を受ける、アサノくんのお父さんは一回り二回り、体を小さくさせているようだった。


「トビラ家って……」


 コーニくんはようやく情報を思い出したかのように目を少し大きく見開いている。


「「糧の流れ」に属する名門、月兎(げっと)の一族……。

 ……って、マジもんの貴族?! 上級国民?! 超絶怒涛の超大金持ちじゃねーか!」


 ぼくはコーニくんの言葉をちょっとだけ否定する。


「コーニくん、貴族は戦後にぼくら亜人の魔術師によって解体されたんだよ」


「うるせえよ」


 コーニくんはまだドキドキしているようで、しかし口元にはまた元気の良さそうな笑みを浮かべている。


「おやおや」


 その様子を見て、アサノくんのお父さんがもの欲しそうな視線を向けてきていた。


「そちらはご子息の方で? 耳はもちろんのこと、お顔もよく似ていらっしゃる」


 そうなのである。

 ぼくとお母さんはとてもよく似ている、特に目の部分は瓜二つだ。

 そしてぼくは自分の目をけっこう気に入っている。


 さて、アサノくんのお父さんが自分の子どもさんに質問をしていた。


「アサノ、こちらのご子息とご学友と、ちゃんと仲よくしているのか?」


 アサノくんは答えなかった。

 沈黙をしている彼に困ったのか、アサノくんのお父さんは僕たちに視線を、気まずい静けさへの助け舟を視線だけで要求してきていた。

 

「……」


 ぼくはお母さんと、そしてコーニくん、ぼくの友だちと視線を交わす。


「……はぁ」


 コーニくんは優しい黄色の眼球と鈴の隙間のような形の瞳孔で、少し考え事をする。


 どうしようか?

 どうしたもんかね?


 ぼくたちは無言で相談事をしている。

 なんだかこれじゃあ、友達というより冒険を共にする同好の士みたいである。


 うん、友だちよりもそっちの方がいいや。


 ぼくが提案をするよりも先に、コーニくんが先に唇を開いていた。

 ぼくらの手にはナイフは無い。

 まだ空っぽのままだった。

いったんお終いです。

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