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本能で踊って

 職業柄なのだろうか? お母さんはコーニのことを簡単にあしらってしまっている。


「ごめんなさいねえ、ホントにうちの息子がご迷惑おかけしてしまって」


 いかにもお母さん然とした、作り物めいた台詞をサラリと使いこなしている。

 ぼくの頬が羞恥心で赤く熱くなるのと、コーニくんがギョッと目を剥いているのがほぼ同時の出来事であった。


「そんな! 助けられたのはオレのほうなんだ……ですよ」


 コーニくんは使い慣れていない言葉遣いを一生懸命に使いこなそうと努力している。


「怪獣になっちまったオレを、ヘータさんが助けてくれたんだ」


「そんな、助けただなんて……」


 コーニくんに感謝をされて、ぼくはいよいよどぎまぎとしてしまっている。


「ぼくはなにもしていないよ」


「なにもしていない、だって?」


 コーニくんの声音がグッと低いものになる。

 怒られるような気配にぼくはビクビクとしてしまう。

 事実、コーニくんはぼくの体を物理的に貫きそうなほどに強く見続けていた。


「あんなに巨大な鎌で怪獣と戦いまくったヤツの台詞だとは、到底思えないな」


 コーニくんはどうやら嫌味のようなものを言おうとしているようだった。


 彼の懸命な努力。

 しかしまことに心苦しいが、コーニくんの努力はこの場面においては実を結んだとは言えそうにない。


「まったく、こっちはマジで殺されそうになったっつうのに」


 台詞を言っている端から、コーニくんは笑顔の粒を増やす、膨らます、熟れさせている。


「魔法使いが聞いてあきれるよ」


「そ、そう言われましても。なにぶん手前は未熟者の魔法使いなもので……」


 ぼくが申し訳なさそうにしていると、コーニくんはいよいよさらに不快感を強めていた。


「違う違う、違うっての。むしろオレはあんたが、ヘータさんが怖いんだよ」


「ええ……?」


 とても怖がっているようには思えない。

 というかむしろ、ぼくの方がビクビク怯えているような気がする。


「オレは魔法使いに、怪獣として殺されるはずだった」


 コーニくんはそこでようやくぼくから目をそらし、視線を少し下に、表情に陰りを差しこませている。


「でも殺されなかった、お前はオレを殺さなかった」


 もう一度ぼくの方を見る。

 表情には笑いが浮かんでいた。


「殺さずに、助けようとしたんだぜ? 笑えるだろ」


 笑いながら、コーニくんは両の目から涙をこぼしていた。

 しくしくと泣きながら、コーニくんはぼくに友好の笑みを向け続けている。

 そして手を伸ばす。


 ぼくに向けて差し出された、手の平は空だった。


「殺さなかったこと、うらんでる?」


 手の平に触れない。

 触ろうと思ってもいない、ぼくは彼の好意の理由をまだ把握できていなかった。


「ああ、うらんでる」


 手の平を前にかざしたまま、コーニくんはぼくに素直な気持ちを伝えている。


「こんな世界に生きつづけるなら、いっそのことあのバカを殺して、オレも「人間」として生きるのを止めればよかった。この思いは変わらない」


「だったら……!」


「でも」


 コーニくんはぼくの意見を無理矢理にさえぎる。


「お前はオレの作ったものを期待している、見たいと思っているんだろ?」


 途端、僕の頭の中に彼の優れたる作品の数々が思い起こされる。


「それはもちろん!」


 ぼくは思わず口を開いていた。

 期待の言葉を発していた。


「あんなに素敵なデッサン、そうそう見られないよ!」


 ぼくは体をズズイとコーニくんの方に寄せる。

 彼はにげなかった。


「もしかして?! 新作を描いてくれるのっ?!」


 コーニくんは少しだけ目線を右にそらし、水のように滑らかな動作でぼくのほうを見つめる。


「そうだな……新作が見たいならオレの条件を飲んでもらってからだ」


 ニヤッと笑うコーニくんに、ぼくはやにわに緊張する。


「じょ、条件……!」


 ぼくなんかに何ができるのだろう?

 素晴らしい作品を見るために、一体何を捧げればいいのか。

 色々と考えてみる。


「金一封……バイトして稼いでみる? あ、それとも高級フレンチ……お正月に毎年食べに行くやつとか……。あ、すき焼きとかカニ鍋とか、うーん……そんな珍しくないものでもいいのかな……?」


「絶妙に金持ちな感じのある提案がムカつくな」


 察しのわるいぼくに苛立ち、コーニくんはついにはひとつの諦めをつけていた。


「違う、違うっての」


 「やれやれ」、と首を左右に振る。

 そしてまっすぐぼくを見て、ぼくにむけて手を差し出し、ぼくに要求をする。


「オレと友だちになってくれないか?」


「は、え?」


 ぼくがポカンとしていると、コーニくんの若葉を溶かしたようにうっすらと緑を帯びている頬が、夏の気配を有したように色彩を濃いものにしている。


「オレと友だちになって欲しい。そしたら、また新しく描いてもいい」


 ぶっきらぼうな言い方は聴きようによっては怒っているようにも思われる。

 だけどぼくはもう知っていた、まちがえなかった。

 彼は恥ずかしくて、だけどそれでも自分の願望を叶えようとしているのだった。


 友だちになる。

 なんともまあ、緊張感を掻き立てられる要求ではなかろうか。

 事実ぼくのお腹の辺りにじっとりと汗がにじむのを感じる。


 だけど迷っている場合では無かった。

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