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満たされている時には気付けないんだ

 雨が降っていた。

 灰笛(はいふえ)という名の地方都市に雨が降っている。

 それは別段特別なことでもなかった。


 できることなら雨について、思いに耽りたいのが本音だった。


「ボーっとしてるんじゃないよ、ヘータ」


 しかし現実はそれを許してくれない。

 ぼくはお母さんに名前を呼ばれ振り向く。

 スカートタイプのビジネススーツに身を包んだお母さんがぼくに危機的管理能力を求めていた。


「今回の事件について、君はもれなく渦中のど真ん中にいたんだらね」


 仕事現場から抜け出してきたからなのだろうか、お母さんの言葉遣いは家にいるときよりちょっとだけ雰囲気が違っている。


「それにしてもびっくりだよ」


 お母さんはしみじみとうなずきを繰り返している。


「まさか学校で生徒が怪獣に変身してクラスメイトを食べようとしたら、自分の息子が魔法使いとして怪獣を退治しちゃうなんてさ」


 事の顛末としてはまさにそうである。

 そうとしか言いようがない。

 

 不満点は無かった。

 不足はない、ありのままの事実である。


「で、こうして学校は大騒ぎ」


 お母さんはかかとで小さくヒールを鳴らす。


「保護者参加型の大会議ってわけ」


「そういうこと」


 ぼくはお母さんに間の手を入れる。

 お母さんはぼくに向けてにっこりと笑う。


「それで? 私のかわいいかわいいひとり息子さんは、今回どんな風に暴れたのかな?」


 問いかけられた。

 ぼくは質問の内容に答えてみる。


「敵はおしっこを漏らして、いまはお家でママと一緒にバブバブお眠りしているんじゃないかな?」


 お母さんは笑った。


「それは最高だね」


 ぼくも笑う。

 ぼくたちのケタケタとした笑い声が、誰もいないはずの学校、静かな廊下に不気味に響き渡る。


「うわッ……」


 ドン引きの様子でぼくたちのことを見ている視線が一つ。


「あ」


 笑いをこらえつつ、ぼくは廊下にひとりたたずむ彼のもとに駆け寄る。


「コーニくん!」


 にっこにこで走り寄ってくるぼくを見た、コーニは顔を少し引きつらせて後退する。


「ちょ、なんで逃げんの?」


 笑顔のままのぼくに、コーニが冷めた目線を向けている。


「そんな爆発スマイルで駆け寄られたら、だいたいの人は怯えて逃げると思うが?」


「あ、そうか」


 シチュエーションを想像してみる。

 確かに怖い。

 加えて、今のコーニくんには笑顔で走り回れるような余裕など無いはずだった。


「あれ?」


 真顔を強く意識しつつ、ぼくはコーニくんがここに入る理由について問いかける。


「コーニくん、自警団とか先生とか校長先生とか教頭とか……あと教育委員会の人たちとか……。お話の真っ最中じゃなかったの?」


 今回起きた怪獣騒ぎ。

 奇跡的……と自分の行動を過大評価するようであまり言いたくない言い回しだけど……。

 何はともあれ、結果的には誰一人として死ぬことは無かった。

 

 アサノやそのほか、ぼく、そしてコーニくん。

 場面に関わった要素が何一つとして欠落しなかった。

 いまさら覆されることの無い事実。


 紛うこと無き現実をうまく受け止めきれないでいる。


「なんだよ」


 コーニくんがぼくのことを小馬鹿にしたように見てきていた。


英雄(ヒーロー)のくせして、ぼんやりしやがってよ」


 コーニくんの表現にぼくの頬がボワッと熱くなる。


「や、やめてよぉ、ヒーローだなんて、そんな恥ずかしい呼び方」


「じゃあ、他にどう呼べばいいんだよ?」

 

「そ、そんなこと自分で考えてよ」


 それもそうかと、コーニくんが少し考える。

 二秒だけの時間で彼はすぐに決定をしていた。


「じゃあ、ヘータって呼ばせてもらうよ」


 コーニくんがぼくと向き合う。

 僕の眼をまっすぐ見る。

 かたゆで卵のようにうっすらと優しげな黄色を帯びた白目部分は、いまは涙の気配にキラキラときらめいていた。


「ありがとう」


 コーニくんがぼくに向けて深く、深く頭を下げていた。


「助けてくれてありがとう」


 驚いた。

 ぼくが何も言えないでいると、コーニは顔をあげて再び僕の両目をまっすぐ見てきている。


「あんたが、「魔法使い」が助けてくれなかったら、オレはいまここに生きてさえいられなかった」


 ぼくは戸惑ってしまう。


「そんな……ぼくはただ、えっと」


 困惑しつつも黙るわけにはいかないと懸命に言葉を探す。


「食べられたくなかった、死にたくないから戦った。魔法使いとして、「人間」を食べようとする困ったさんを止めようとした」


 ただそれだけのことだった。


 コーニくんはまだ俺のことを見つめている。

 表情から読み取れる感情は、今のところ見つけられない。


「だから、その……」


 真剣なまなざしにどのように対応すべきなのだろうか?

 ぼくが迷っていると。


「あらあら、まあまあ」


 お母さんが、それはもうとても嬉しそうにコーニくんの方に近寄っていった。


「貴方がコーニくんね? いつもうちの息子がお世話になっております」


「いや、別にお世話なんてした憶えない、っすけど」


 お母さんの距離の詰め具合に、コーニくんはあからさまに戸惑っていた。

 しかし逃げようとはしない。

 警戒はしているものの、ハッキリとした拒絶を表している訳では無さそうだった。

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