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お祭り編-2

 二人はお祭り騒ぎの商店街をぬけ、商店街の近くの公園に行く。


 ここは食事スペースになっていてテーブルと椅子がたくさん並べられていた。家族連れや中高生、栗子のようなおばさんグループが席を占領せんりょうしていた。

 混んでいたが、どうにか二人分の席を確保して熱々のチヂミを頬張った。


 タレは程ピリッと辛く、海鮮やニラもたっぷり入ったチヂミに二人の目尻は下がり続けた。


 あっという間に完食し、お次はベーカリーマツダのソーセージパンだ。こちらも小さなパンなのであっという間に完食してしまった。いくらでも食べられそうだ。


 桃果の口の端にソーセージパンに入っていたケチャップがつき、ティッシュで拭いていた。


 栗子はペットボトルのお茶を飲みホッと一息。久々にジャンキーなメニューを食べて、ちょっと胃が重い。老人に近いおばさんの栗子の胃には少々重たいメニューではあった。とはいえ、とてもおいしかったし、たまには良いだろう。お祭りの雰囲気も楽しく、疫病で塞ぎがちの商店街もちょっと明るく見える。


 それにシンデレラストーリーのプロットを作り始め、仕事中は正気を失いながら素敵な王子様ヒーローを頭の中で描いた。すでにこの時点で栗子のメンタルはガタガタになっていたので、今日のお祭りは良い気晴らしになった。


 ふと、少し遠くの席に視線を向けると知った顔があった。メゾンヤモメの裏に住む香坂今日子の夫・香坂光こうさかみつがいた。あんまり会った事はないが、公務員と聞いている。少し薄い頭や平べったい顔は全く存在感がないが、確かに真面目そうではあった。チェックにシャツもよく似合っていた。


「ちょっとシーちゃん、香坂さんちの旦那さん泣いてない?」

「そうだね。何かあったのかしら」


 香坂光は、屋台で勝ったチヂミを食べながら泣いていた。小さな豆の様な目からはぼろぼろと大粒の涙が流れている。


 光の様子は周囲の人はスルーしていた。確かに泣いてる中年男にはみな関わりたくないだろう。


「ちょっとシーちゃん?」


 止める桃果を無視して、栗子は光のそばに向かい、ティッシュをあげた。


 光はティッシュを素直に受け取り、涙を拭った。


 この涙はなんだろうか。やはり奥さんが浮気をして泣いているのか。光の妻・今日子の不倫疑惑を噂していた事を栗子はちょっと効果した。部外者はゲスい勘繰りができるが、当事者にとっては一大事だろう。


「なんか、ごめんなさいね。私、裏に住んでる亜傘あがさです。覚えています?」

「ああ、亜傘あがささんですが。お久しぶりです」

「辛いことがあったら何でも言って下さいよ。私達で協力できる事が有ればなんでもしますよ!」


 親切心で言ったが、心の奥底では、ちょっと人の不幸を除いてみたい気分もあった。不倫される夫の気持ちはどんなものだろうか。小説の心理描写にも役立つかもしれない。


「いえ、このキムさん所のチヂミが美味しくて、美味しくて感動して泣いてたんです」


 しかし栗子の予想に反して光の涙は嬉し涙だったようだ。


「まあ、キムさんのチヂミは確かに美味しかったですけど」

「でしょう! えびやイカはプリプリ、生地はもちもち、ごま油の香りも最高だ。それにこのタレもいい。辛くて少し酸っぱくて、生地との相性もピッタリだ」


 突然、怒涛どとうの食レポが始まり栗子はめんくらった。


 なぜ涙を流していたか理由は分かったが、嬉し泣きだったとは栗子は拍子抜けしてしまった。


「本当に本当に困ったことはないですか?」

「え? 別にないですよ。仕事もこのご時世で安定していますし、妻は美人でいい女だ。これ以上望む事はないね」

「そうですか」


 栗子はちょっと肩を落として桃果の元へ戻った。


「シーちゃん、香坂さんの旦那さん男だって?」

「別に何でもなかったみたい」


 栗子はため息をつく。


 コージーミステリなら町の住民は何らかの不幸や秘密を持っているものだが、火因町かいんちょうの住人はそうでもないのかもしれない。


「ハァ。やっぱりコージーミステリが書きたいんだけどな」


 栗子は桃果に聞こえない小さな声でつぶやいた。

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