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お祭り編-1

 いよいよ火因町かいんちょうの祭りの日がやってきた。


 栗子と桃果のためているパン祭りのシールは合計40枚になった。亜弓は仕事に行く前に昼ごはんとしてベーカリー・マツダのサンドイッチやガーリックトースト、コロッケパンなどをよく買っているからあっけなく溜まってしまった。


 栗子と桃果で話し合って、10点は抽選会に使い、あとの30点は素直にお皿を交換する事に決まった。


 祭りは商店街で行われるが、世界的流行している疫病えきびょうの影響の為、昼間から夕方まで行われる事になった。出店も出るが、十分に距離を保って、なるべく行列にならないようにして下さい!と町内会長でみあるベーカリー・マツダの店主が少々神経質しんけいしつにスピーカーで注意を呼びかけていた。


 とはいえ疫病えきびょうの影響で中止になる意見もあったぐらいなので、こうして開催できるのはありがたいと栗子は思う。


 まず栗子は桃果と二人で、幸子の店の前に出ている屋台に直行した。


 亜弓には雪也が来る時間だけを伝えている。あとは若い二人で勝手にやるだろう。


 幸子の屋台では、フルーツティーやホットコーヒー、蝶々やお花が描かれたアイシングクッキーが売られている。綺麗にラッピングされ、いかにも女性客や子供をターゲットにしていることがわかるが、客は男ばかり並んでいた。幸子は美人で男性ファンが多いのだ。幸子目当ての男達で彼女が経営しているティーショップも賑わっている。いわば商店街のマドンナと言っていいだろう。


 男たちの列の中には、マッサージ師の深田大地ふかだだいちやこの町の牧師の三上千尋みかみちひろもいた。どちらも栗子たちのご近所さんの独身男性達だった。


「あらあら、大地だいちさんも三上牧師も幸子さん目当て?」


 栗子は少々呆れながら二人の若い独身男性を見た。実際幸子の顔を見て二人とも頬が緩んでいるのだが。


「いや、彼女がこういうクッキー好きでね」


 大地はおばさんのゲスな勘繰りにちょっと顔を赤くして否定した。


「大地さん、彼女いたの?」


 桃果はそこに食いついた。大地はちょっとクマのようなルックスであまり雄っぽくない。奥手そうだ。桃果が驚くのも無理がない。


「いやぁ。恥ずかしいから突っ込まないで下さいよ。牧師さんは?」


 大地は三上に話題を振って誤魔化した。


「いや、単に信徒さん達にご馳走しようとクッキー買ってるだけですよ。そんな変な勘繰りやめてくださいって」


 明らかに栗子たちのゲスいな勘繰りに三上牧師は顔を顰める。


 確かに三上牧師は色白で清潔感があるルックスだ。それに牧師という職業柄、女性の尻を追いかけるようなマネは絶対しないだろう。聖書では性的不品行にかなり否定的だったはずだ。


 そんな下らない話をしていたら、栗子達の番が来てクッキーやアイスティーを買った。


「栗子さんも桃果さんも来てくれて嬉しいわぁ」


 艶っぽく幸子は笑顔を見せた。その笑顔にはたから見ている男性陣達の目はハートになっている。


 アイシングクッキーは蝶々と猫のを選んだ。一個200円以上したが、その可愛さに栗子も桃果も負けてあいまったし、同じ家に住む仲間がこうして頑張って居るので応援しない選択肢はない。


 商店街の祭りは一応ソーシャルディスタンスを守れとは言って居るが、普通に密だ。栗子は火因町かいんちょうにこんなに人がいるのか驚くぐらいだったが、もしかしたら隣町の住民も来ているのかもしれない。


 とりあえず幸子の店には行けたので栗子と桃果は一通り屋台を巡って見る事にした。人混みが老人の差しかかかっておばさん二人には辛いので、ゆっくりのんびり歩く。


 ベーカリー・マツダの屋台では、串に刺されたカレーパンやソーセージパン、小さめなハンバーガーや塩バターパンなど片手でサクッと食べられるお祭り向けのパンを中心に売られていた。


 若いパン職人見習いの松田和水まつだわみずがせっせと客を捌いていたが、栗子達がついたときには人気のカレーパンや塩バターパンが売り切れていた。客足も落ち着いたようで、和水はホッと息をついていた。


「こんにちは。和水くん!」

「こんにちは!」


 二人は和水に挨拶をして、串が刺されたソーセージパンを頼んだ。小さなソーセージがパンにくるまれ、なんとも可愛らしいフォルムのパンだ。


「ソーセージパン美味しそうだね、シーちゃん!」

「私もソーセージパン食べたい、食べたい!」

「こんにちは〜。いや、メゾン・ヤモメの二人は元気だな」


 若い和水は二人のパワーに若干引きつつ、手早くパンを袋に詰めていく。


「ところでメゾンヤモメに新しい人は入ったんですよね?」

「あら、滝沢さんの事ご存知なの?」


 栗子は小銭をトレイに置きながら言った。


「タッキーはいい子よ」


 桃果は亜弓の事はタッキーと親しく呼んでいた。

 栗子は同居人とはいえ、担当編集者なので滝沢さんか亜弓さんと呼んでいた。


「いやぁ、美人な若い人がいるってウチの親父が大騒ぎしてましてね。幸子さんと並んだら、けっこう迫力がありますね。女優さんっぽいね」


 和水の父親はベーカリーマツダの店主でもあった。ちなみに町内会会長もしていて、この祭りの企画も全部やってる人物でもある。田舎の商店街をなんとか盛り上げて思いが強いようだった。


「ウチの親父もスケベで嫌になりますよ」

「そうなの。まあいいじゃない。実際幸子さんもタッキーも美人なんだから」

「そうそう。っていうか和水くんと滝沢さんけっこうお似合いじゃない?」


 栗子がそういうと和水の顔は真っ赤になった。真面目そうな好青年という見た目を裏切らない反応だ。


 亜弓が雪也に惚れて居ることは気づいていたが、性格と金銭感覚がおかしな雪也で良いのか疑問だった。まあ、亜弓も大人だし、本人が希望をするなら応援するが。昔、親戚の見合いの世話のようなこともした事があるが、結局お節介だと嫌がられて、恋のキューピッドのような真似はやめていた。


 和水からソーセージパンの入った袋を受け取り、さらに二人はお祭り騒ぎの商店街を歩いた。わたあめやスーパーボールすくいの屋台もでていたが、さすがに二人はおばさんなのでスルーする。


 香坂今日子こうさかきょうこの姿も見かけた。ケーキ屋スズキの屋台で、色とりどりのチョコバナナを買って写真を撮っていた。確かにSNS映えしそうなチョコバナナで若い女性達がケーキ屋スズキの屋台で盛り上がっている。それもなんかおばさん二人が買うのは恥ずかしい。栗子も桃果もおばさんではあるが、人並みの羞恥心しゅうちしんはあった。


「シーちゃん、あっちの屋台行かない?」


 桃果が指さしたのは、輸入食品店・ゴールドの屋台だった。店主のキムが、チヂミを焼いていてごま油の香りが、おばさん二人の食欲を刺激した。


「キムさん、こんにちは!」

「いい匂いね、キムさん!」

「焼き立てどう? チヂミだよ!」

「すごい美味しいですよ。熱々の出来立てを是非食べて」


 キムさんはちょっとカタコトの日本語でチヂミを勧めた。キムの隣でアシストをしている輸入食品店のバイトの女性・佳織にもおススメされ、ごま油の香ばしい匂いに二人は抗えなかった。


「もちろん買うわ!」


 二人は、鼻の穴を膨らませて焼き立てのチヂミの匂いを吸い込んだ。

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