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04話 狩り

 ベッドに倒れ込んだドーラだったが、瞼が重くなってきたようだ。

 病から開放された安心感や、スキル使用による疲労感から、眠気がやってきたのだろうか。


「このまま寝たら衣装が傷んでしまう……でもまぁ、着ぐる寝は気持ちいいし、仕方がないよなぁ……」


 眠気に抗えないドーラが、言い訳とも取れるようなことを言いながら徐々に目を閉じていく。

 ちなみに、きぐる寝とは着ぐるみ状態のまま寝ることだが、面を被っていればまだしも、頭まですっぽりな肌タイに衣装を着ているだけの状態なので、なんとも中途半端な格好ではある。


 ぐぎゅるるぅ


 そんな状態でウトウトしていたドーラだったが、大きく鳴った自分の腹の音とともに目を開いた。

 むくりと身を起こすと、お腹の辺りをさすりだす。


 お腹がすいたようだ。


 睡眠欲より食欲が勝ったようで、ベッドから降りてかまどへ向かうが、干からびた人参のようなものしかない。


「不治の病の次は、餓死の危機か? いや、危機というほどでもないか。食料はなんとでもなるな」


 そう言うと、壁にかけられたナタや、床に置かれた大きなカゴを見やる。


「前職は猟師だしな。森から採れる野草やキノコにも詳しいし……いや、せっかく着ぐるんでいることだし【人形憑依】を使って肉を狩るか。ただ、この疲労感で使えるのか?」


 ここ1時間の間に、ラシーで1回、スピリット・ウンディーネで2回スキルを使っている。

 しかも、ラシーと比べてスピリット・ウンディーネの方が明らかに白いモヤの量が多く、その分疲労しているように見えた。

 恐らくだが、操る対象の体積に比例して疲労も増加するのだろう。


「喜びのあまり面を外してしまったが、スキルを解除したのはミスったか。次は失神か? その程度で済むのか? (元)ドーラの記憶にも【人形憑依】の細かな知識はあまりないんだよなぁ……」


 ぐぎゅるるるるぅっ


 先程よりも、腹の虫の催促が強くなったように感じられる。


「……弱った体が肉を欲している。んー、スピリット・ウンディーネが狩りに向くかと言うと微妙だが、着替える気力も沸かないし、あの怪力があればどうとでもなるだろう。よし、やるか!」


 ドーラは、先程机に置いた面をとりスポッと被ると、三度スピリット・ウンディーネとなる。

 静かにベッドに腰をおろすと、コクリと頷いた。


「…………」


 暫くの後、体から白いモヤが立ち上ったが、次の瞬間コテンとベッドに倒れてしまった。

 そんな状態のスピリット・ウンディーネに、白いモヤは吸い込まれていく。


 しかしスピリット・ウンディーネは、横になったまま動かない。

 規則的に肩は上下しているので、恐らくは、気を失い眠っているのだろう。

 恐らくというのは、スピリット・ウンディーネの大きなお目めはパッチリと開いているので、傍から見ると目を開けて横になっているようにしか見えないからだ。



   ◆◆◆



 次にスピリット・ウンディーネが気が付いた時には、日は完全に昇っていた。


「…………」


 スピリット・ウンディーネは、自らの手をワキワキさせる。

 自らの体に力が宿っていることを確認すると、むくりと起き上がった。


 ごるきゅるるるるぅ!


「!?」


 とんでもない腹の音に、起き上がりかけた体がフニャリと崩れる。

 しかし、なんとか腕で体を支えつつ、フラフラと立ち上がるスピリット・ウンディーネ。

 空腹が限界らしく、早速狩りに出かけるようだ。


 特に狩り道具は持たず、手ぶらのまま小屋に一つしかない扉を開ける。


 小屋の入り口から5メートル四方は切り開かれていて、ちょっとした広場となっていた。

 薪火の跡があったり、動物の血抜きに使うらしき物干し台の様な物があったりする。


 広場から先は、獣道すらなく完全に森の中といった具合だ。


「…………」


 スピリット・ウンディーネは、早速深い森の中へと分け入っていった。

 森の中を動き回るには全くもって適さない衣装をしているが、そんなことはお構いなしに、森の中を凄まじい速さで駆け抜けていく。


 途中、細いつりばしのかかった渓谷を渡る。


 この渓谷が防波堤となって、村の方へ流れるモンスターの数を抑制してくれているらしい。

 逆に言えば、渓谷から先はモンスターが多数徘徊する危険地帯ということだ。


 スピリット・ウンディーネは、吊橋から暫らく進んだところで突如急停止し、木陰に身を隠した。


「…………」


 スピリット・ウンディーネの視線の先50メートルほどの場所には、1匹の猪にも似た生き物がいた。

 猪といっても、その体格は牛を一回り大きくしたほどもある。

 口元からは、上に向かって凶悪にそそり立った牙が2本、見えていた。

 その目に理性のかけらはなく、ヨダレをボタボタたらし、荒い息を吐きながらその場に佇んでいる。


 グレートボアというモンスターだ。


 その突進力は凄まじく、まともに体当たりされようものなら、車に跳ね飛ばされたかのような衝撃を受けるだろう。

 また、その体皮は固く、剣の素人が剣で切りつけた程度では傷一つつかないほどだ。


 そんな危険極まりないモンスターを木陰から観察していたスピリット・ウンディーネだったが、暫らくすると木陰から出て、身を隠していた木を軽く拳で叩いた。


 ゴッ!


 軽くに見える動きだったが、なかなか盛大に音が響き渡る。

 拳を叩きつけた箇所を見ると、木の幹が陥没していた。

 

 突如鳴り響いた音に、辺りを見回すグレートボア。

 やがてスピリット・ウンディーネを見つけると、警戒心をあらわにする。


「…………」


 スピリット・ウンディーネは、無言で、なんの構えを取ることもなく立っている。


 グレートボアは、スピリット・ウンディーネの方を凝視しながら、木々の間をノッソリと歩きだした。

 暫し歩きまわった後に停止し、スピリット・ウンディーネの方へと向き直る。

 スピリット・ウンディーネとの間に障害物がない、一直線となるルートを探していたようだ。

 ザッザッとその場で地面を蹴り、突進の構えを見せる。


「ブギィィイイッ!」


 耳をつんざく雄叫びを上げて、グレードボアが突進してきた。

 一気にトップスピードにのり、瞬く間に距離をつめてくる。


 グレートボアが突進を始めたと同時に、スピリット・ウンディーネは右拳を握り大きく振りかぶっていた。

 まるで野球のピッチャーが玉を投げる瞬間の様な格好だ。


 突進してきたグレートボアがあと一歩というところまで迫った瞬間、一気に拳を振り抜いた。


 ゴギッ!


 眉間にストレートパンチを喰らったグレードボアは、何かが砕ける音とともに、車にでも跳ねられたかのような勢いで空中を吹っ飛んでいく。

 ノーバウンドで十数メートル先の大木にぶち当たると、地面に落下し、そのまま動かなくなった。


「…………」


 スピリット・ウンディーネは、グレートボアの元へ歩み寄ると状態を確認しだす。

 グレートボアの眉間は大きく陥没しており、即死の状態だった。


 グレートボアの絶命を確認したスピリット・ウンディーネは、無造作にグレートボアの足を掴むと、来た道を物凄い勢いで戻っていく。


 間もなく、小屋前の広場まで戻ったスピリット・ウンディーネ。

 手にしたグレートボアをヒョイと持ち上げ、血を抜くための物干し台に引っ掛ける。

 そこまでしたら、一旦小屋へと入っていった。


 暫くの後、小屋からは着ぐるみを脱いで元の服に着替えたドーラが出てくる。


「いやー、グレートボアをグーパン一発とか、ほんとチートスキルだな。しかもコイツ1500キロ近くありそうだが軽々と運んじゃうし」


 猟師である(元)ドーラも、グレートボアを狩った経験はある。

 しかし、勿論まともに戦ってではなく罠をしかけての狩りであり、罠にかかるまでは何日もの時間がかかる。

 今のようにパパッと狩れるわけではない。

 更に、森の奥から1500キロもの肉の塊を運搬するだけでも困難な作業だ。

 狩りの危険性や運搬の手間などを考慮し、グレートボアを狩る場合は複数名で行うのが一般的だ。


「さてと、まずは血抜きしないとな。血抜きを待つ間に、舌だけ切り落としてタンステーキ! 今日はご馳走だ!」


 グレートボアはそれなりに強いモンスターであり市場へ出回る数は少ないが、肉に濃厚な旨味があることから非常に需要が高く、高級食材の一つと言われている。

 家畜用のブタや牛などと比べても、値段が2桁は違う。


「残りの肉で、明日は焼肉! つっても食べ切れないから、残りは燻製や干し肉に加工だな。しかし、これならグレートボア以外のモンスターも楽勝だな! 希少モンスター素材もどんどんゲットしていこう!」


 こうして、安定した衣食住(衣? 着ぐるみ?)の不安を解消したドーラは、異世界での生活を始めるのだった。

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