03話 スピリット・ウンディーネ
ドーラは、壁際に置かれた青い髪の着ぐるみの面を手に取る。
スピリット・ウンディーネの面だ。
「もし【人形憑依】でアニメキャラの技や魔法を再現できるとしたら?」
前世の世界において、子供や大きなお友達の間で人気アニメだった魔法少女エレメンタル☆スピリッツ。
中学生の少女4名それぞれが、水・火・風・土のエレメントを操る魔法少女となって悪と戦う物語だ。
その登場人物の一人、水のエレメントを操り戦うのがスピリット・ウンディーネ。
常人とは比べ物にならない程のパワーで跳んだり殴ったり蹴ったりして悪を討つ。
また、水のエレメントの力を借りた魔法を使える。
得意なのは、何でも癒やすことができるという回復魔法だ。
「スピリット・ウンディーネの回復魔法が使えるなら、不治の病を治せるかもしれないが……【人形憑依】は、着ぐるみにも使えるだろうか?」
本物とほぼ変わらない形状であれば、ラシーの人形同様、着ぐるみにも【人形憑依】を使えそうだと踏んでいるドーラだったが、確証はないらしい。
自らの記憶には、そこまで詳細なスキルの使用条件がないようだ。
懸念材料は多い。
スピリット・ウンディーネは、ラシーとは違い、この異世界の存在ではない。
更に言えば、実在する人物ですらなく、あくまでアニメキャラでしかない。
もっと言えば、【人形憑依】を使う人形の中に、中の人が入っているという点も気になるところだ。
ただ、懸念材料ばかりでもない。
なぜ山田がこの世界に転生したのか。
なぜ山田の嫁ともども転生したのか。
なぜ【人形憑依】を発現している(元)ドーラとして転生したのか。
そういった状況も踏まえて考えると、着ぐるみにスキルを使ってみろと神が言っている。そう思えてならなかった。
「目線の高さからして、ドーラと山田は同じくらいの身長か? 体型的には痩せすぎだが……体型を絞る補正下着をなしにして、逆に、肉付きが足りないところを盛れば良いかな」
山田の身長は160cmちょっとであった。
男性にしては小柄だったため、そもそもドーラでは着ぐるみのサイズがあわないという懸念もあったが、その点は大丈夫なようだ。
また、標準体型だった山田からするとドーラはガリガリ体型だが、肉を絞ったり付けたりする補正下着もあるので問題ないようだ。
「懸念をあげたらきりがないし、やってみるしかないか」
ドーラは深く考えるのをやめ、スピリット・ウンディーネの着ぐるみを着るべく準備を始めた。
まずは服を脱ぎ、腰布(下着)を残して裸になる。
次に、腰布の上からインナーパンツを穿く。
パンツというより "あんこ"(体型を変えるためにつめる綿など)という感じだ。
お尻から太ももまでが厚い生地で覆われることで、女性特有の丸みを帯びたシルエットとなった。
ついでに、女性にはなく男性にしかないシンボルも隠せる。
そのうえからストッキングを穿く。
ドーラには然程生えていないが、脛毛の飛び出し防止だ。
更にその上から肌タイを穿いていく。
お腹のところまで肌タイを穿いたら一旦止め、次は胸を作る。
ブラジャーを付け、左右のカップの中にシリコンパッドを入れた。
更にその上から、スポーツブラを着込み胸を安定させる。
そこまでできたら、先程お腹のところで止めていた肌タイに腕を通し、顔の部分も被って、背中のファスナーをあげる。
「よし、体は完成っと」
頭の先から足の爪先まで、顔を残し、全身くまなく薄橙色の薄い生地で包み込まれた状態となる。
作り出した体のラインがそのまま浮き立ち、まるで女性型マネキンのようだ。
「……うぅ、体調が悪い時の着ぐるみは辛い。普通、こんな体調悪かったら着ないもんな……早いところ着てしまおう。次は衣装だ」
先程着たパンツやブラは体型を作るためのものだったが、今度はスピリット・ウンディーネが着る下着を身に着けていく。
先程とは変わり、レースの付いた可愛いパンティーとブラを身につける。
この後身につける衣装によって下着は見えなくなるはずだが、見えないところにもリアリティを追求していく。
最後に衣装だ。
全体的に青を基調とした衣装となっている。
下半身は、太ももまでのスパッツと、パニエの上にフリフリの短いスカート。
上半身は、ピタっとしたタイトなレオタードにフリフリが付いたような感じ。
足元は、スネまであるロングブーツ。
腕には、二の腕まであるサテンのロンググローブ。
首には、首回りピッタリなチョーカー。
「よし。後は面を……」
最後にスピリット・ウンディーネの面を被る。
「…………」
今までブツブツ喋りながら着ぐるんでいたドーラだが、面を被った瞬間急に無口になる。
というのも、着ぐるみは喋らないという暗黙のルールがあるからだ。
そこにはもうドーラはいなかった。
知る人ぞ知るスピリット・ウンディーネ(の着ぐるみ)が立っているのみだ。
もともとスラリとした体型のドーラだったが、あんこ等々で補正したことで、女性の体にしか見えなくなっていた。
また、人間の顔よりも少し大きな面によって頭身が下がり、アニメキャラのようなデフォルメされたシルエットとなっている。
「…………」
暫くの間、しっかりと衣装を身に着けられているかチェックしていたスピリット・ウンディーネだが、一通りチェックを終えると、意を決したかのようにコクリと頷く仕草を見せた。
間もなく、スピリット・ウンディーネ自身から、ラシーの時よりも大量な白いモヤが立ち上る。
それと同時にふらっとよろけてしまうが、なんとかもちなおした。
その後、逆再生するかのように、白いモヤがスピリット・ウンディーネに吸い込まれていく。
「…………」
スピリット・ウンディーネはキョロキョロと辺を見回しすと、かまどの脇に積んである薪に目をとめた。
そのままかまどの方へ向かい、薪を手に取る。
グッと握り潰すと、いともたやすく薪が砕け散った。
「!?」
自らの手をワキワキさせながら、しげしげと見つめるスピリット・ウンディーネ。
ウンウンと頷き、両手の拳を軽くにぎり、可愛らしいガッツポーズを取る。
どうやら【人形憑依】のスキルが上手く使えているかを確認したようだ。
暫しの後、スピリット・ウンディーネは、突如、遠くを見つめるようにキッ!っと顔を上げた。
そしてモデル立ちとなり、右手を天に、左手を地に向けて伸ばし叫ぶ。
「我が名はスピリット・ウンディーネ! ……って、あれ?」
しかしその声は、ドーラの声そのものだった。
しかも、体からは白いモヤが霧散し、スキルが解除されてしまう。
焦るドーラ。
スピリット・ウンディーネの怪力が得られようとも、彼女が得意とする回復魔法が使えないのでは不治の病を治せない。
暗黙のルールがどうとか言っていられず、声を出して思考の渦に入っていく。
「やはり魔法は無理なのか? いや、でも、怪力が得られたなら魔法もいけそうなものだが……そう、ラシーだってスキルを使えたじゃないか? スキルと魔法は違うということなのか……ラシーはどうやってスキルを使っていた? この世界のスキルは発声を必要としないのか? そうだ。俺の【人形憑依】も念じるだけで発動したしな……念じるだけ……やってみるか」
思いついたドーラは、再度自分に【人形憑依】を使用する。
また白いモヤが立ち上るが、その速度がかなり遅くなっており、また、精神的疲労も先程より一段と激しいようで、その場にしゃがみ込んでしまった。
しかしなんとかスキルを発動しきったようで、白いモヤが体に吸い込まれていく。
立ち上がったスピリット・ウンディーネは、再びキッ! っと顔を上げ、モデル立ちとなり、右手を天に、左手を地に向けて伸ばす。
「!!」
ポーズを取ったまま、必死に念じる。
しかし、スピリット・ウンディーネの魔法は使えないようだ。
しばし奮闘していたスピリット・ウンディーネだったが、やがてガックリと膝をつく。
その顔は可愛い笑顔なのだが、全身から絶望のオーラが滲み出ている。
そんなスピリット・ウンディーネの傍らには、壁際に置かれた他の嫁達が居た。
スピリット・ウンディーネも、なんとはなしに他の嫁達の方を見ていたが、突如ガバっと体を起こして手を伸ばす。
その手には、スピリット・ウンディーネの武器である魔法の杖が握られていた。
再び立ち上がり、魔法の杖をかざしながら先程のポーズをとるスピリット・ウンディーネ。
そして、魔法の杖に備わっているボタンを押す。
ちゃ~ん♪ちゃららら〜ん♪ちゃららら〜ん♪
すると魔法の杖から、スピリット・ウンディーネが魔法を使う際に流れるミュージックが流れ出す。
続いて。
「我が名はスピリット・ウンディーネ! 癒やせ! 不浄なる悪しき汚れを!」
魔法の杖から、スピリット・ウンディーネの声が発せられる。
それと同時に、スピリット・ウンディーネの体を虹色のエフェクトが包み込む。
スピリット・ウンディーネは、流れるようにポーズを決めていく。
そして、ミュージックが最高潮に盛り上がりを見せたところで、魔法の杖を頭上にビシッ! と掲げた。
「エレメンタル・オーバーヒール!」
次の瞬間、まばゆい光で小屋の中が白一色に塗りつぶされていく。
その後ゆっくりと光がおさまっていくと、そこには今までと何も変わらない光景があった。
「…………」
ゆっくりとスピリット・ウンディーネの面を外すドーラ。
それとともに白いモヤが霧散し、【人形憑依】のスキルが解除された。
外した面をベッド脇の机にそっと置くと、自分の体の様子を確認し始める。
「体から痛みが消えた……ははっ、やった……やったぞ!」
両の手を上に突き上げ、体全体で喜びを表すドーラ。
ただ、体の痛みは消えても疲労が限界まで溜まっていたのだろう。
そのままのポーズでよろけてベッドに倒れ込んだ。
「やっぱスピリット・ウンディーネといえば魔法の杖だよな。作中でも、魔法の杖が破壊されて魔法が使えなくなったくだりがあったじゃないか。そんなことも忘れてるなんて、にわかかっちゅーの! あはははっ!」
そう言ったドーラの顔には、満面の笑みが浮かんでいたのだった。