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02話 スキル【人形憑依】

「いやいやいや。ちょっとまって。俺、不治の病にかかってるの?」


 山田あらためドーラは、頭を抱える。


「異世界転生したばかりなのに、最初から詰んでるし……え? 俺死ぬの? しかも、まさかの人生2回目の死……いやだ……怖いっ、死にたくなイッ!? イチチ……」


 状況を把握するにつれて死の恐怖心が増していき、おもわず叫けびそうになるドーラ。

 しかし、病におかされた体が先に悲鳴を上げ、ドーラの叫びを途切れさせた。

 痛みに耐えきれずベッドに倒れ込み、体をくの字に曲げて悶える。


「……ぐっ……イッ!?…………ふぅ……ふぅ」


 暫くは痛みに耐えるのみだったドーラだが、やがて深呼吸を繰り返し始めた。

 ただ、時折胸の辺に激痛が走るようで、服の胸元を固く握りしめ、苦痛に顔を歪めている。

 それでもなんとか深呼吸を続け、徐々に落ち着きを取り戻しはじめた。

 痛みに集中することで、逆にパニックとならず冷静さを取り戻せたようだ。


「ふぅ……まてまてまて。山田の思考だけで考えて、詰んでると諦めては駄目だ。この世界の知識も考慮に入れて考え直そう。ここで諦めたら本当に死んでしまう」


 ドーラは、痛む胸をさすりながら起き上がると、ベッドのふちに座り直した。


「でだ。死んでしまった以前のドーラ……というと、俺のことなのに何だかややこしいな? (元)ドーラとでも呼ぶか。その(元)ドーラの記憶を遡ってみようか」


 落ち着きを取り戻したドーラは、より深く自らの記憶を探っていく。

 モンスター、魔法、そういった地球には無い概念があるのだから、他にも思いもよらない情報があるはずだと考えた。


「……スキル?」


 そしてすぐに、自らの記憶からスキルという存在を探り当てる。


「あー……うん。魔法もスキルの一種なのか? ほぉ。俺にもスキルが発現? しているらしい。【人形憑依】ってやつなのか。ふーん」


 自らの記憶から【人形憑依】がどのようなスキルなのかわかったドーラだが、本当にそんなことが? という疑問でいっぱいの顔をする。


「実際に、この目で見てみないと信じがたいな……とりあえずスキルを使ってみよう」


 スキルとは何なのかという概念的な記憶はとりあえずおいておき、まずはスキルを試してみるようだ。


「【人形憑依】を使うには……」


 視線をめぐらしたドーラは、ベッド脇の小さなテーブル上にあった女の子の人形に目を向ける。

 汚れやほつれが目立つ、だいぶ使い込まれた感のある人形だ。

 少し考える素振りを見せていたが、その人形は目当てのものではなかったらしい。


「テーブルの下の箱?」


 テーブルの下には、鍵の付いた箱が置かれていた。

 ボロ小屋には似つかわしくない、高級感あふれる雰囲気を醸し出している箱だ。


「この箱の鍵は……ここか」


 鍵は、ドーラが身につけている腰袋に入っていた。


 鍵を使って箱を開けてみると、中には小さな犬の人形が入っていた。

 小さなといっても、実寸大と思われる小型犬ほどの大きさだ。


 この犬の人形は、とある有名な造形師の作品らしい。

 毛並みであるとか、瞳の感じまで本物の犬と見分けがつかない。


 そして、この犬の人形の価格だが、なんと(元)ドーラの年収にも匹敵するほどの価格のようだ。

 なぜ、そんなにも高価な人形を持っていたんだ? という疑問が浮かぶドーラだったが、その記憶を探るよりもなによりもまず、スキルを使ってみることを優占する。


「なるほど。【人形憑依】を使って、この人形を操れるようだ。まぁ、ものは試しだな」


 ドーラは犬の人形を手に取る。


 (元)ドーラの記憶によれば、この犬の人形は、実在した犬をモチーフにして作られているらしい。

 その犬の名前はラシーといった。


 ドーラは犬の人形と向かい合うと、心の中で(ラシーの魂よ宿れ)と念じた。


 間もなく、ドーラの体から白いモヤが立ち上り、頭上に集まっていく。

 眉尻をあげて苦しそうな顔をするドーラ。


 やがて、白いモヤの大きさはラシー程となる。

 その直後、まるで煙を掃除機で吸い込むかのような勢いで、白いモヤが犬の人形に吸い込まれていった。

 と同時に、ドーラの眉尻も下がる。


「ふぅ……今の白いモヤは何だ? 白いモヤが出ている間、何んだか精神的にどっと疲れたが……けどそのかいあってか、スキルは無事使えたんじゃないか?」


 ラシーに白いモヤが吸い込まれると、ラシーの質感が変わった。

 犬そのものといった感じの、肉の弾力性がうまれている。


 ドーラは、ラシーをそっと床に置く。


「じゃ、早速ラシーを動かしてみるか。ラシー、歩け」


 ドーラが言うと、ラシーはトコトコと部屋の中を回るように歩き始めた。


「おぉ、動いた動いた!」


 その後も、ラシーにおすわりさせたり、伏せをさせたりと、色々な動きを試していく。

 その結果、あまりに無理な動き、例えば逆立ちするや空を飛ぶ、といった動き等はできないことがわかった。

 恐らく、本物のラシーができない動きはできないのだろう。


「完全に本物の犬だな。自律的に動かすこともでるし、動きもやたらリアルだ。地球で流行り始めていたAIロボットの比じゃないな」


 ドーラの言ったとおり、先程まで人形だったとは思えないほどに、本物のような動きだ。

 自由に動けとラシーに指示したところ、今は、しっぽを振りながら部屋の中をぐるぐると駆け回っている。

 晩年の(元)ドーラも、このラシーを自動で動かし、本当のペットのように可愛がっていた、という記憶が蘇る。


「よし。次は……ラシーこっちへ来るんだ」


 ドーラに呼ばれたラシーは、しっぽをブンブカ振りながらドーラのもとへ走り寄っていく。

 そして、ドーラの足もとまで来ると、ペタンとお尻を下ろして、おすわりのポーズをとった。


「さて。ここからが本題だ。ラシー、俺に【体力分配】のスキルを使ってくれ」


 すると、言葉を理解しているのか、ラッシーはワンと吠える仕草をする。

 ただ、吠える声までは出ないようだ。


 ラシーは目を閉じて、深くゆっくりとした呼吸をしはじめる。

 間もなく、ラシーの体が薄緑色に輝き出す。

 そしてその輝きは、ゆっくりとドーラの元へと漂いはじめ、ドーラの身を包んでいく。


「おぉ……これは気持ちいい……」


 【人形憑依】は、人形のもととなった本物の能力を完全に再現することができるようだ。

 つまり、実在した本物のラシーも【体力分配】を使えたということだ。


 本物のラシーは忠犬ラシーと呼ばれ、広く世間に知られている犬だ。

 ラシーは、とある冒険者に飼われていたそうで、日々疲労して帰る飼い主を【体力分配】で回復していたと伝えられている。


 スキルを研究している学者の間では、ザックリ言えばスキルは、これこれこういうことがしたい! という強い思い・行動によって発現するのだと考えられている。

 ラシーにスキルが発現した要因も、日々戦いに明け暮れ疲労する主人の身を案じ、疲労を癒やしたいと願い続けたことによるのだろう。

 ただ、ラシーのように、人間以外の生物でスキルを発現したという事例は極端に少ない。

 スキルを発現するには、人間ほどに思考し、行動する必要があるというのが通説だ。


「倦怠感は若干薄れたな」


 逆に、スキルを使ったラシーはというと、スキルを使った反動なのか、舌をハッハと出して浅い呼吸をくりかえす仕草をして、グッタリとその場から動かなくなってしまった。


「だが、ラシーの【体力分配】では、残念ながら俺の不治の病までは治せないようだ」


 その言葉を聞いたラシーは、まるで謝るかのように、くぅーんと喉を鳴らす仕草をする。


「いや、ラシーのせいじゃないさ。しかし、実際は犬の人形とはいえ、これだけへばっているのを見るとなんだか可愛そうだな……一旦【人形憑依】を解除してみるか」


 ドーラは、ラシーに向かい(ラシーの魂よ去れ)と念じる。

 すると、ラシーの体から例の白いモヤが立ち上り霧散した。

 それと同時に、突如ラシーがピタリと動かなくなる。

 元の人形に戻ってしまったようだ。


「なるほどなるほど? 他にも色々スキルの検証をしたいところだが、とりあえずは後回しだ。まずは……」


 そう言うとドーラは、壁際に置かれた着ぐるみ道具一式に目をやる。


「この【人形憑依】、本物そっくりの人形にだけ使えるような感覚がある。感覚的なものだから確証はないが……もし、人形のもととなった本物の能力を完全に再現できるならあるいは?」


 ドーラは、不治の病を完治できる可能性を思いついたようだ。

 そして、壁際に置かれた嫁たちの中から一人の面を手に取り、その可能性にかけるのだった。

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