17話 女性内臓
翌日ドーラは、昼近くまで眠りこけた。
前日の強行軍で相当疲れていたようだ。
「んーっ……とぉ。腹減ったな……リリリは起きているかな?」
ひと伸びしてから身を起こし、寝ていたソファーに腰掛けて辺りを見回すが、近くにリリリの気配はなかった。
「研究室の方かな」
ソファーから立ち上がると、家を出て、隣に建つ研究室へと向う。
入り口の小さな扉の前まで来たドーラは、コンコンコンとノックしてみる。
少し待つと、中からリリリが出てきた。
「おはようございます、ドーラさん。お腹が空いたでしょう。食事にしましょうか」
「おはよう。お腹も空いたけど、先に水を使わせてもらっても良いかな」
「はいどうぞ。家の裏手に井戸があるので、そちらを使ってください。私は、食事を用意しておきますね」
「ありがとう」
リリリが家に入るのを見送ってから、ドーラは井戸へと向かう。
井戸には手押しポンプが備え付けられていた。
キコキコとポンプを押すと蛇口から水が出てきて、置いてある手桶に水が溜まる。
「ふぅ、冷たくて気持ちいい」
水を含ませた布で全身を軽く拭き、ある程度サッパリしたドーラが家に戻ると、リリリが食事を用意してくれていた。
野菜とハムを挟んだパンにスープと簡単な物だったが、昨日の昼からろくに食べていなかったドーラは、がっついて一気に食べきった。
「ふぅ、ごちそうさん。さてと。今日、リリリは何か急ぎの用事とかある?」
「え? 特にないですけど、なぜですか?」
「着ぐるみを着てもらって【人形憑依】のスキルを試す約束したじゃない。早速今日どうかなーって思って」
ドーラの言葉に、リリリは勢いよく席を立ち上がる。
「今すぐ始めましょう!」
「お、おぅ……急にスイッチ入ったね……」
リリリからの提案で、スキルは研究室の方で試してみることとなった。
ドーラとリリリは、着ぐるみ道具一式を持って研究室へと向かう。
研究室入り口の扉を開けると、玄関のようなものはなく、いきなり巨大な空間になっていた。
壁などの仕切りは一切なく、屋根を支える太い柱が何本か立っている。
研究室というよりは倉庫といった感じだ。
ほとんどの空間は、室内なのに地面が剥き出しで、土と岩が転がる荒れ地になっている。
ただ、入り口の辺りだけは雰囲気が違っていて、板張りの床になっていた。
入って右側の壁沿いには本棚が立ち並び、本でビッシリ埋まっている。
逆に左側の壁沿いの棚には、なんだかよくわからない機材が並んでいた。
また、直ぐ側には大きな机が置かれ、椅子も何脚かあり、机の上には本や機材が乱雑に散らばっていた。
「リリリは、いつもこんなところで寝起きしてるのか? ちゃんと家で寝たほうが良いぞ……」
「寝るギリギリまで魔法書を読み漁ったり魔法の研究をしているので、研究室にいるほうが都合が良いんです」
「まぁ、そう言うなら強制はできないが……とりあえず、ここなら人に見られることなく【人形憑依】を試せそうだな」
「防音仕様なのである程度の音は漏れませんし、壁には耐魔法も施してあります。ただ、あまりに高威力の魔法は流石に耐えきれません。レヴィアタンちゃんの漆黒の玉の魔法どころか、レッサーデーモンに使っていた重力魔法でも耐えられないでしょう」
「なるほど……そしたら、とりあえず収納魔法だけでも試してみるか」
「はいっ! それが上手くいけば、町の外で他の魔法も試しましょう!」
「この辺は人も多いから、そうやすやすとは外で試せないだろぉ……まぁ、他の魔法はおいおいな。それより、こう一面なにもないと着ぐるみを着る場所がないな。家の方で着てくるとなると、一瞬とはいえ外に出ないとだし……」
面倒くさくなりかけた会話の流れを断ち切り、話を先に進めるドーラ。
「そうですね……そしたら、申し訳ないですがドーラさんは家の方で待っていてもらい、10分後に研究室へ戻ってきてもらうというのは?」
「うーん。でも、説明なしにリリリ一人で着られるかなぁ? リリリの体型なら体型補正の必要がないにしても、色々ややこしいし」
「……そんなに私の着替えを覗きたいのですか?」
声に怒気がこもるリリリ。
「ちがっ! 変な意味じゃなくて、本当に着るのややこしいんだって!」
「本当でしょうか……ただ服を着るようなものでは?」
「言葉だけだと説明が難しいな……しかたない。俺が着ながら説明するから、側で見ててよ」
そう言うとドーラは、着ぐるみ道具を出しはじめた。
続いて服を脱ごうとするドーラだったが、ピタッとその動きを止める。
「……とりあえず、肌タイを穿くまでは後ろ向いてて」
「あ、そこから見れば良かったんですね」
気持ち、リリリが残念そうな顔をしたような気がする。
リリリが後ろ向きになったのを確認すると、ドーラは急いで下着になり肌タイを穿いていく。
リリリには体型補正するようなものは必要なさそうなので、そういったものは端折っている。
「よしっと。こっち向いて良いよ」
リリリがドーラの方へ向き直ると、腰の辺りまで肌タイを穿き、上半身裸のドーラが立っていた。
「相変わらず恥ずかしい状態ですね」
「だから嫌だったんだよ着ているとこ見られるの。荒野で着替えを見られた時も恥ずかしかったしさ……とにかく! ここからはちゃんと見ててくれよ!」
半分ヤケクソ気味に、背中のファスナーをあげるコツや、肌タイに頭を入れるコツ、衣装の着かた、面の被り方等々を説明していく。
「と、こんな感じかな。どう、わかった?」
ドーラは、説明のために試しに被った面を外し、リリリに問いかける。
「はい、よくわかりました。確かに、ただ服を着るよりだいぶややこしかったですね。けど、ふぁすなー? というのは不思議ですね。凄く便利です。どこで手に入れたのですか?」
「その辺りは企業秘密だ。替えが効かないから、乱暴に扱って壊すなよ?」
リリリの理解が得られたようなので、ドーラは着ぐるみを脱いでいく。
ついでに脱ぐときの注意点も伝えていく。
と、肌タイを腰まで脱いだところで動きを止める。
「……あっち向いててくれるか」
「あ、そこまで見たら終わりでしたか。わかりました」
ドーラがジト目でリリリを見ると、リリリは素知らぬ顔で後ろを向いた。
ドーラは、肌タイを脱ぐと急いで自分の服に着替えた。
「よし、もういいぞ。じゃ、早速リリリも着ぐるみを着てみてよ。俺は扉の外で待ってるから、着替え終わったら呼んでくれ」
「はい」
「あと、俺が着た肌タイじゃアレだから、こっちの予備を使ってくれ。衣装や面は1つづつしかないから、流石に使い回しになっちゃうけどな」
「わかりました」
「最後に。大事なことなので念押しするが、着ぐるみは……」
「声を出さない」
「そうそう。【人形憑依】のスキルを使うための制限事項でもあるから注意してくれ。じゃ、またあとでな」
ドーラはリリリに着ぐるみ道具一式を渡すと、研究室から出る。
外に出ると、家の前の通りを街の人が行き交っていた。
どの人も身なりが整っていて、ここが高級住宅街であることが伺いしれる。
ドーラの身なりはというと、商人として街に入るために整えてはいたが、そこまで高級感溢れるものでもなく普通な感じだ。
その平凡な身なりがゆえか、ここが有名人らしきリリリの家だからなのか、通り過ぎる人の視線が度々ドーラに刺さった。
ただ、足を止められてしまうまではなかったので、ドーラは居心地が悪いながらもその場に留まる。
そんな中、待つこと15分。
「リリリまだかなぁ。補正下着もなにもないし、流石にそろそろ……」
そう思った矢先、研究室の扉からコンコンコンとノックされる。
「お。やっと着替え終わったか。リリリー、入るぞー」
言いながらドーラは、研究室の扉を開けた。
入って真正面には、誰も立っていなかった。
ドーラは、さっと中へ入ると扉を閉める。
そこから視線を左に向けていくと、外からは見えない壁際に立つレヴィアタンがいた。
体のラインがもろに出てしまうからか、うつ向き加減でモジモジとして恥ずかしがっている様子だ。
その様子がやたら可愛い。
「おぉ、自分の嫁が動くこの感動を味わうのは久方ぶりだ。しかも中身は女子ときている……ヤバい」
前世では、着ぐるみ仲間にお願いして嫁を着てもらうこともあった。
というか、大抵皆着たがりなので、お願いするまでもなく嫁を着たいという人が現れたものだ。
もっとも、声をかけてくるのは野郎ばかりなので、今回のような女性内臓というのはドーラも初体験だ。
レヴィアタンは、まだ、壁際でモジモジと恥ずかしがっていた。
その様子に、おもわずゴクリと喉を鳴らすドーラ。
「肌タイはピッタリでたるみもないし、衣装もピッタリ……あっ、あの。だっ……抱きついても良いですか!?」
「駄目に決まっています!」
ドーラのいきなりなお願いに、思わず即レスしてしまうレヴィアタンの中のリリリ。
その声に、一気に素に戻るドーラ。
「いや、そこでリリリの声を出しちゃ駄目だぞ。それにレヴィアタンは、リリリみたいに "ですます調" でもないしな。気持ちはジェスチャーで表現しないと」
「!? …………」
レヴィアタンは、顔をフリフリして拒否の意を示した。
「そうそう、その調子。さて、じゃ、そろそろ本題に移ろうか。覚悟は良いか?」
少しの間をおいて、レヴィアタンは無言でコクリと頷いた。
ドーラは、いよいよ自分以外の着ぐるみに【人形憑依】のスキルを使ってみるのだった。




