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01話 異世界転生

 日本の都内で働く、一見どこにでもいるようなサラリーマン山田太郎(男:31歳)には、身近な人に隠している趣味があった。


 その趣味とは着ぐるみだ。


 一口に着ぐるみと言っても色々な種類があるが、山田が好むのはアニメキャラの着ぐるみで、美少女着ぐるみと呼ばれるものばかりを対象にしている。


 つまりは、ゆるふわっとした系の着ぐるみではなく、大きいお友達が好む系(例えば魔法少女もの等)の着ぐるみだ。


 しかも "見る" ではなく "着る" ことが好きで、着ぐるみでコスプレイベントに参加したり、着ぐるみ好きが集うオフ会に参加したりといった具合だ。


 え? 男なのに美少女着ぐるみを着るなんておかしいって?

 いやいや。多くの美少女着ぐるみの中身は男だから。

 プロの着ぐるみショーチームであればそうとも言い切れないが、趣味で美少女着ぐるみをしている人達の99%は野郎だ。


 ん? 中の人などいない?

 あはは。現実を見ましょうよ。


 とまぁ、一般的には理解されにくい趣味を楽しむ山田だが、30歳という節目をむかえた頃から、ふと不安になることも増えてきていた。


 この先も着ぐるみを続けていて良いのか?

 例えば40歳でも着ぐるみを続けている自分を想像するとどうだ?

 それに彼女いない歴も年齢と一緒だし。

 結婚や子供までは望まないが、年老いてからも見越した生活に変えるなら、ここ数年が運命の分かれ道なのでは?


 20代の若き日には何の不安も感じず趣味に没頭してきた山田だったが、最近ではそんな風に悩みはじめていた。


 ただ、なかなか着ぐるみをやめる決心まではつかないのだが……



   ◆◆◆



「ただいまぁ」


 夜遅く仕事から帰った山田は、誰もいないはずの自宅アパートに入ると1人呟いた。

 確かに誰もいないのだが、壁際に備え付けられた台の上には、カラフルな髪色をしたアニメ顔の女性(顔だけ)が並んでいた。

 その顔の中は空洞で、人間が被れるようになっている。


 着ぐるみの顔、通称 "面" だ。


 山田は、彼女らにただいまを言ったようだ。


 また、その横に置かれたハンガーラックには、彼女らがアニメの中で着ているのとそっくりな衣装や、肌タイ(頭から足の爪先までの全身を覆い、顔の部分だけが空いた薄橙色の全身タイツ)がかけられていた。


 ちなみに山田は、彼女らのことを「俺の嫁」と呼ぶ。

 山田に限らず、他の着ぐるみ仲間も同様だ。

 この呼び方は、着ぐるみ業界に限らず、オタクと言われる業界全体の習慣みたいなものであろう。


「はぁ……今関わっている仕事、炎上案件すぎてキッツいよなぁ。酒を飲まないとやってられん……」


 山田は、仕事に対する愚痴を呟きながら、だるそうにスーツやらなんやらを脱いでそこらに放り出すと、パンツ一丁のまま冷蔵庫へ向かう。

 冷蔵庫から500mlの缶ビールを取り出すと、パソコンラック前の椅子にもたれかかった。


 カシュッ


 缶ビールを開け、ゴキュゴキュ喉を鳴らしながら一気に1/3ほどを流し込む。


「ゥヴァーッ! 五臓六腑にしみわたるなぁ!」


 完全におっさんである。


「さてと。今日は何か更新されているかなっとぉ」


 山田はパソコンに向かうと、日課である着ぐるみサイト巡りやSNS巡りをはじめる。


「お!? ちょびさんちに新しい嫁キター! かわいいなー、会いたいなー。でも、ちょびさんとはまだ会ったことないからなぁ……どうやってお近づきになろう? とりあえず "いいね" しとこう」


 そんな風に日課をこなしつつ、山田は酒の量を増やしていく。

 あちらこちらと巡っているうちに、3缶目のビールを飲み干していた。


 その頃になると、仕事の疲れも手伝ったのか、椅子に座ったままウトウトと船をこぎはじめる。

 徐々にうつ伏せ気味になっていき、しまいには机に突っ伏し深い眠りに落ちていくのだった。



   ◆◆◆



 それから数時間後の深夜。


 完全に寝入ってしまった山田。


 その山田が住むアパートの外に、怪しい男の人影が現れる。

 男はすぐに去っていったが、男の去った後には揺らめく炎が残されていた。

 その炎は次第に大きくなり、やがて、アパート全体を覆うほどに燃え広がっていく。


 放火だ。


 火の手は、山田の部屋にも襲いかかる。

 開け放たれていた窓からカーテンへ燃え移り、カーテンを伝って天井へ燃え広がっていった。

 そして、壁際に置いてあった着ぐるみの面、衣装、肌タイ、撮りためたデータ等々、山田が10年かけて、数百万円を注ぎ込み集めてきたもの一式も容赦なく燃やしていく。


 そんな状態になったところで異常を感じた山田は、深い眠りから少しだけ浮上してきた。

 しかし、既に部屋の中には煙が充満しており、その煙を大量に吸ってしまった山田の意識はもうろうとしていて、立ち上がることもできない状態だ。


「なんだこれ……火事? 体が動かない……俺は死ぬのか……あぁ、趣味に没頭した人生だったなぁ……でも火事で死ぬなら、この趣味の秘密は墓まで持っていけそうか……」


 意識がもうろうとしているせいか、死の恐怖はさほど感じていないようだ。

 寧ろ、最後の最後まで、着ぐるみという趣味が身内バレしないかを心配している。


 こうして、地球上での山田の生は、理不尽にも突如潰えてしまうのだった。



   ◆◆◆



「……んっ……あれ? ここは……天国? なんだか薄汚れた感じだけど……うっ、体中がメッチャ痛い……」


 目を覚ました彼が最初に見たものは、木造感丸出しの、といってもロッジのような洒落た感じはなく、まさにボロ小屋といった雰囲気の低い天井だった。

 手作り感満載の粗末なベッドに寝っ転がり、天井を見上げる格好だ。


「ん……」


 天井ばかり見ていても埒が明かないと思ったのか、彼は視線を横に落としていく。

 そこには、天井と同じく見知らぬボロ小屋の壁があり、ところどころ隙間が空いていて、外からやわらかな日差しが漏れている。


 そんな様子を伺える壁際には、いくつか彼の見知った物があった。


「え? 俺の嫁たち? 火事で燃えたはずじゃ……というか、そもそも火事はどうなった? ここ、俺の部屋じゃないよね? それにしても体中が痛すぎなんだけど……あ、火傷のせいか?」


 あまりにわけがわからなすぎたのか、いくつもの質問が口をついて出た。

 しかし、それに回答する者はいない。


「とりあえず救急車を呼ぼう。あれだけの火事だったし……体中の痛みも洒落にならない」


 辺りに手を這わせスマートフォンを探る動きを見せるが、それらしき物を見つけることができないでいる。


「あれ、スマホどこだ? 体起こせるかな……イチチッ! ぐぅ……よし、起きた」


 ベッドの上に身を起こし、そのままスマートフォンを探しはじめる彼だったが、突如その動きを止める。

 そして、自分の手の甲に視線を落としマジマジと見つめだした。


「火傷してないな?」


 ぱっと見た限り、手に火傷跡のような外傷はない。

 足や顔など、その他の部分についても同様だ。

 まじまじと自分の手や足を見つめていた彼だったが、不意に、自分の勘違いに気がつく。


「違う……この体は俺の……山田太郎の体じゃない」


 彼は確信しているかのように断言する。


「体だけじゃない。記憶にも別人の記憶が……いや、別人の記憶に山田の記憶が足されたと言うべきか?」


 彼は、しばらくの間黙って考え込んでいた。

 そして、状況を整理するかのように、自分の理解したことを口に出す。


「そうだ。俺の名前はドーラだ。俺は、山小屋に籠もって狩りをする猟師だ。そして病を患い、一人寝たきりのまま、誰に知られることもなく息を引き取ったんだ……え? この世界にはモンスターがいる? 魔法もあるの? これって、もしかして……」


 日本において、一見どこにでもいるサラリーマンであった山田だが、今やその面影は全くない。

 髪は、肩まで伸びたざんばらヘアーに。

 髭は、数センチに伸び揉み上げと繋がって口まわりを覆っている。


 顔は、ほりが深く美形ともとれる顔立ちとなっていた。

 しかし、病的なまでに痩せていることや、ざんばらな髪型、仙人の様な髭が、せっかく整っている容姿を台無しにしている。

 その見た目が手伝い年齢も不詳だが、31歳だった山田よりはだいぶ若く見える。


 唯一変わらない点といえば、黒髪・黒目であることと小柄な身長だけだろうか。


「これって、もしかして、異世界転生ってやつか!?」


 そう。

 この瞬間、地球人の山田は、異世界人のドーラとして生まれ変わったのだった。

X(旧twitter)も宜しくお願いします。

https://twitter.com/saotomeao

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