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「……蝉の声がうるさいな」
「一通り教えなければいけない事は教えたから」。そう言って仕事に戻ったあやめと別れて、病室のベッドで一人ぼんやりと寝転がっていた直柔は、小さく文句の言葉を吐き出した。
昨日の交通事故に始まり、目まぐるしく自分の世界の常識が打ち壊されていくような出来事の連続に、身体的、精神的にも疲れているのだろう。寝不足気味だった事も相まって、倦怠感にも似た気怠さが身体を支配していた。
だからこそ昼寝でもしようと思ってベッドの上に寝転がっていたのだが……
霞掛かったような眠気がある一方で、消化しきれない感情や思考がグルグルと頭の中を駆け巡っていて眠る事ができなかった。
病室のベッドで一人何をするでもなく寝転がっている時間というのは、退屈で、孤独で、これまで考えもしなかった事を自然と考えさせられた。
そうして、ぼんやりと思い出したのは別れ際のあやめとのやり取りだった。
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「平野さんが因果を取り込み終えて妖になるには、おそらく数日は掛かるでしょう。少なくとも貴方が明後日、退院するまでに孵化することはないでしょうから安心しなさい」
そのあやめの言葉に安心すると共に、ふと浮かんでしまった疑問を尋ねる。
「……平野さんは、どうなるの?」
「しかるべき人間が呼ばれて対処されることになるでしょうね」
その対処というのは、討伐、除霊、いろいろな言い方はあるのだろうが、結局は平野さんの霊を殺すということなのではないだろうか。
その事実に直柔は、こんな化物じみた存在が野に放たれなくて済む事へ安心を覚えると同時に、それでいいのだろうかと心に引っ掛かるものを感じてしまう。
だって、そうだろう。
平野さんの霊は「ただ生きていたいと願っていた」だけなのだから。
そして、本当の所の事実は分からないが、もしかしたら医者が手を尽くさなかったせいで死んでしまったというのなら、彼女は被害者なのだ。
それが妖という化物扱いをされて、断罪するように対処されていいものだとは思えなかった。
「……気持ちは分かるけどね。人がその手で救えるものなんて本当に限られているわ。生きている人間が、人の世の秩序を守るために『救うべき命』と『救えない魂』との間に線引きを設けてしまうのは仕方のないことなんでしょうね」
そんな思いが顔に出ていたのだろう。
あやめは、自分の肩に手を置きながらそう寂しそうに言った。
「もし、平野さんの霊をこのままにしたら、彼女は怨みのある担当医を必ず殺すでしょう。それだけならば、まだ因果応報の範囲なのかもしれない。
…けれど、彼女はそれだけでは決して止まらない。この病院にいる医者という医者を皆殺しにしたら、次はほかの病院の医者まで手を掛けようとするでしょう。
それが他人の因果を受け入れると言う力を得た対価であり、妖に変わるという意味なのよ。彼女は医者への恨みを晴らすだけの怪物(因果の代弁者)になってしまったの。
……幾ら医者を殺したって彼女の本当の意味での無念は晴れないのにね。ただ生きていたかった、その望みを叶えてくれなかった相手に復讐することだけの存在になることを彼女は良しとしてしまったのよ」
あやめの言う通り、本当に医者を殺し続けるためだけの存在に成ってしまったのであれば、それは確かに「怪物」としか言い表しようのないものだと思えた。
「そして実際に、彼女が医者を一人でも殺してしまったら、どうなると思う?
平野さんの担当医は、確かに平野さんの命を救うために全ての手を尽くした訳じゃなかった。けど、少なくとも病院側が客観的に状況を見て、問題視するほどの手抜きをした訳でも、大きなミスを犯した訳でもなかった。
医者はある程度恨まれるのも仕事の内だとは言え、実際に怨まれて呪い殺されるなんて事が起こって噂になったりしたら、医者になりたいという人が更に減って問題の根が更に深くなるだけよ。
――であるならば、そうなる前に処理してしまうことが秩序を守る側からすれば最善なのでしょうね。
妖に完全に変じた時、その魂は変質し、死しても人類史の因果の中に戻ることはない。現世の秩序を守る側からしたら人の世を守るための化物退治以上でも、以下でもないのでしょう」
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直柔は、そう言った時のあやめの達観しながらも、何処か寂しそうな顔を思い出しモヤモヤと胸の中が騒めく。
もし本当にあやめの言う通りなのだとすれば、平野さんのやろうとしていることは、人手不足の中で懸命に働いて現状を支えてくれている医者や看護師さんたちの思いを踏みにじるような行いなのだろう。
そして、それは平野さんを「生かしてあげられなかった」現状の問題を改善させるのではなく、悪化させるだけだという。
それらの事実は、平野さんを止めるしかないことを明確に示唆していた。
けれど、でも……
「なぁ、本当に死んでも仕方ながったのか?」
そう自分に尋ねていた、平野さんの静かだが有無を言わせぬ迫力を伴った詰問の声が、耳から消えてくれない。
初めて平野さんの迷道に入り込んだ時の物寂しさの奥底に感じた。燃え滾るような憤怒と不信感が、凝り固まったような黒いドロドロとした激情が、胸に迫ってくるのだ。
……どれだけ平野さんが死んでしまったことを無念に辛く思っていたのかを。
それに気付いてしまうと、もう駄目だった。
村越さんとの出会いを通して幽霊というものが、何ら特別なものではないと知った今、平野さんの事を意思疎通もできない、意味不明な〝怪物〟のように思う事などできなかった。
あんなに恐ろしかった平野さんも〝自分と同じ人間〟だったのだと。
頭ではなく、心で理解した時、それは世界がひっくり返ったように感じるくらい大きな事実だった。
――だからこそ思ってしまうのだ。
どうして、こんな事になってしまったのだろう。
誰が悪かったのだろう、と。
手を抜いたと患者から不信感を抱かれる、信頼を得られなかった医者が悪いのか。
自身の死を受け入れきれなかった平野さんが悪いのか。
病院運営の方に問題があるのか。
平野さんの無念を分かち合えなかった家族に問題があるのか。
病院が直面する問題を改善することができない政治に問題があるのか。
いくら考えても所詮、誰の事情も実状も知らず、想像することしかできない、直柔には誰が悪いのか答えを出せなかった。
いや、そもそも誰かの、何かのせいにする事が間違いなのかもしれない。
きっと皆、悪くて、悪くないのだ。
誰か一人の、何か一つのせい、するには問題の根が深く、今挙げたような要因が全て複雑に絡み合い、結果的に今、目に見える問題として表面的に発生しているだけなのだ。
……これも因果の繋がりって奴なのかな
あやめが話してくれた因果の話を思い出して、漠然とそんなことを思う。
そして、全ての人間が悪いのかもしれないと考えた時、自分も平野さんをあそこまで追い詰めた一因であった事に気付く。
もし自分が普通の人間で迷道に迷い込んだりしなけらば、きっと平野さんは今も5階の窓から中庭を見下ろして「どうして」と一人で悩み続けていただろう。その末に今とは違う答えを導き出せたのではないか。
もし自分が平野さんの霊を恐れることなく、真正面から向き合って一緒に悩んで上げる事ができたなら、まともな答えを返す事はできずとも最悪の答えに至らずに済んだのではないか。
……そんな、もしもの可能性に思いを馳せた時。
平野さんが妖に変じるに至る最後のトリガーを引いたのは自分であり。
彼女が妖に変じる前に救う事ができたかもしれない最後の可能性を握っていたのも自分だったのではないかと、そんな事を考えてしまうのだ。
―――いや、頭では分かってはいるのだ。
そんな事を考えてしまうこと自体、思い上がり以外の何者でもないのだろう、と。
けれど、それが自分じゃなくてもいい。
誰かがちょっと手を差し伸べてあげることが出来たならば、この結末は変わっていたのではないだろうか。
―――そんな考えが頭の片隅から消えないのだ。
………あれ、待てよ。
その時、ふと気が付いたことがあった。
もし自分の考えた通り、誰かがちょっと手を差し伸べるだけで、結末が変わったかもしれないのならばだ。
平野さんが「妖」に変じるという最悪の結末に至ったのは、本当に誰も手を差しのべなかったからなのだろうか。
そうではなく。
今回は、その過程が悪い方に繋がったのではないだろうか。
つまり、「誰が悪いのか」「何を憎めばいいのか」「自分の怒りは正当なのか」を悩み続けていた平野さんに「妖」になるべきという答えを囁いた何者かがいたのではないだろうか。
――そうだ、少なくとも平野さんの悩みに答えた〝何か〟がなければ、こんな状況にはなってない。
それは何かと考えた時、専門的な知識に乏しい直柔に、思い浮かぶ可能性は多くはなかった。
あやめは言っていた。
因果同士が結び付くことがあると。
であるならば、平野さんは病院中を尋ね回った時、病院に対して「怒り」を「不満」を「不信」を抱く誰かと出会ったのではないだろうか。
それは、平野さんの目から見える事実を補強し、もう一方の病院側の訴える正しさを否定することで、胸の中に燻っていた「怒り」と「不満」を正当化し、「不信」に確かな根拠を与えたのではないか。
もしくは「噂」という因果を媒介に、平野さんの下に集まった病院に対する「怒り」や「不満」、「不信」の因果の多さを見て、これだけの人が同じものを抱えているのならば自分の怒りは正しいと思ったのか。
平野さんが答えを得たから「因果」が集まったのか、「因果」が集まったから答えを得たのか。その前後関係までは分からないが、平野さんは同じ「怒り」「不満」「不信」の因果と出会った事だけは確かなのではないか。
そうして数が集まるごとに「怒り」は、「不満」は、「不信」は、揺るぎない正義へと姿を変えていったのではないか。
一人だけの怒りでは無いとい事実が、「怒り」をさらに大きな「憎悪」に、「不満」を「鬱憤」に、「不信」を「隔意」に育て、「こんなにも同じことで怒っている人」がいるのだから、相手が悪いのだと冷静さからほど遠い狂騒へと至らせたのではないだろうか。
……平野さんに復讐のためならば、自分の全てを捧げても良いという答えを出させるくらいに。
そう考えた時、直柔は初めて見も凍るような悪寒というものを覚えた。
先ほどあやめに連れられて見た、あの歪な黒い粘質的な何かに、虫のように集っていた黒い靄の一つ一つが誰かの「怒り」であり、「不満」であり、「不信」だったのだと、ようやく、その意味する所に理解が追い付いた。
それは今この瞬間も互いに結び付き、一つ一つは小さかったかもしれない種火のような「漠然とした怒り」を「明確な憎悪」へと育て上げているのではないだろうか。
そう思い至って直柔は、先ほど見た光景が何だったのかを悟り、心底おそろしいと思った。
あの黒い粘質的な球体の中で育まれているのは、そんな狂騒の末に生み出されようとしている怪物なのだと本当の意味で理解できた気がした。
いや、正確には自分には理解できないものだという事が、理解できたという方が正しいか。
つまりは、今の平野さんの状態というのは、海外のニュースなどで偶に見る、死者が発生するような大規模な過激デモを起こす準備をしているような状態なのだろう。
何千、何万という路上を埋め尽くすような群衆が、これから火炎瓶や鉄パイプなどを持って敵の非を弾劾しようと、互いの主張を擦り合わせて士気を高め、武器を準備し、決行日を待っているようなものなのだ。
ただ現実と一つ違うのは、因果と呼ばれる何千、何万人分の意思の残滓である力は、一人の指導者(平野さん)の下に集まり文字通り一つの存在(怪物)となって、敵に襲い掛かろうとしていることだろう。
それが現実のデモであっても、常世の事象であっても、テロや革命が日常茶飯事の国と比べたら、ずっと平和な国の生まれである直柔には理解の範疇を超えた事態だった。
ただ、もう自分一人が少し勇気を出したくらいでは、本当にどうにもならない事態なのだということだけは理解できた。
あやめの言う通り、そんなものを止められるのは現実のデモであれば暴徒鎮圧用の装備を整えた警察や自衛隊くらいであるように、たった一人の子供が声を張り上げたくらいで、止まれるような段階ではないのだろう。
それに、何を言ってあげればいいのかも分からなかった。
どうすれば平野さんが、医者の事を許せるようになるのか。
どうすれば平野さんの心が救われるのか。
今回の問題で、誰が一番悪いのか、何が諸悪の根源だったのかすら分かっていない自分に、一体何を言えるというのだろう。
そう考えた時、第三者として黙って見護ることが、一番なのではないかとすら思えたが、それは余りにも救いの無さ過ぎる答えのように思えた。
「……どうしようもないんだよな」
直柔は、自分に言い聞かせるように小さく呟くが、胸の中で燻るもどかしさは拭えなかった。
そのもどかしさの理由は、きっと申し訳なさなのだろう。
半ばトラウマになりそうなほど恐ろしい相手ではあったけれど……あんなに辛く、苦しそうだった平野さんに何もしてあげることができない事への。
義理も借りも何もない相手に、勝手にそんなことを思うのは、きっと自分の一方的な同情なのだろう。
「はぁ」
直柔は、自分でも何がそんなに引っ掛かっているのか分からない、胸の中でモヤモヤと蟠っている感情を持て余して、小さく溜息を吐き出す。
ただ、ジリジリと焦げ付くような焦燥を伴い、自分を急き立てるのだ。
このままじゃいけない、「何か」をしなければいけない、と。
それは本能的に、何となく分かっている。
……けど、「何を」すればいいのかが分からない。
その、もどかしさに気疲れして直柔は、ベッドの中で寝返りを打ち天上をボーっと見上げた。
………………
………………………………………………
一つの事をずっと考えるのって、こんなに疲れるんだな。
村越さんが、霊は疲れないから昼も夜も関係なく一月近くの間、延々と悩み続けていたと言っていたのを不意に思い出し。
確かにこんなことをずっと続けていたら頭のネジが一本、二本吹き飛んで自分の正気が疑わしくなるのも理解できるような気がした。
そう思った時、疲れるというのは良い意味でも、悪い意味でもリミッターなのだろう。
気疲れすることで一度考える事を止めて、考えをリセットすることで、その時の自分の凝り固まった考え以外のもものを取り込むことができる余地を得るのだろう。
そうすることで、人は「迷い」を抱くことができるのだ。
その結果、良くも悪くも人は立ち止まり、違う選択肢(可能性)を考えることができる。
それが人の弱さであり、強さなのだろう。
けれど、「霊」は違う、その逆なのだ。
彼らは疲れないからこそ、立ち止まれず、「迷えない」。
ただ一つの思いに突き動かされて、突き進み続けることしかできないのだろう。
そう考えた時、平野さんが亡くなったのは半年くらい前という話だったが半年間もの間、ギリギリのところで悩み続けた執念、狂気とは、どれほどの思いだったのだろう。
それを自分勝手に想像して、ゾワゾワっと背筋が逆立つような感覚に身震いする―――。
……ああ、そういうことなのか
―――と、同時に村越さんの言っていた「魂の輪郭」という言葉の本当の意味が、不意に理解をできたような気がした。
突き進み続けることしかできず、迷いを抱けないのが、霊の本質であるならば。
「魂の輪郭」とは、迷えないが故に自身の本当に求めるモノを誤魔化す事も、偽る事もできず、「剥き出しとなった本当の自分」の事を指し示しているのではないだろうか。
村越さんが言っていた自分の半生を採点するように振り返って得た「答え」とは、生前の自分が「迷い」によって辿り着くことができなかった魂が本当に求めていた唯一の道に気付くということ。であるならば「霊」とは、誤魔化しも嘘も吐く事ができない、自分の進むべき唯一の道を見つける事を強制させられた存在なのだ。
その「答え」を求めた「自分の魂」の在り方こそが、自分の本質であり「魂の輪郭」だと言う事なのだろう。
村越さんは、そうしてみっともない自分の本質に気付いた。
……平野さんは、自分の在り方を歪ませた者への「怒り」を答えにした。
――――そして理央は、自分を守るために生まれたのだと言い切ってみせた。
全ての「答え」にも共通している事は、どれも怖いくらい剥き出しの感情であり、眩しいくらい「純粋」であるということだ。
その在り方は、酷く危ういものであると感じると同時に、心底から憧れのようなものを抱いてしまう。
己の答えだけに殉じて突き進む、その姿は眩いくらい美しいと、そう感じてしまったからだ。
それくらい自分の生き方が定まった人間というのは、その在り方がどのようなものであっても一株の美しさのようなものを感じさせた。
特に今のように悩むだけで何一つ答えを出すことができない自分と比べた時、彼ら彼女らの迷いの無い在り方は、とてもカッコイイもののように思えた。
俺も、いつか、そんな「答え」を出す事ができるのだろうか。
―――「自分の魂の輪郭」ってどんなものなのだろう?
それが分かれば平野さんの問題にも答えを出す事ができるのだろうか。
そう思って考えてみるが、残念ながら精神的にも幼いままである自分には、漠然とし過ぎた問題であり「答え」の輪郭すらも掴むことができなかった。
「……ぬぁあぁー」
いい加減、知恵熱のようなものすら出たのではないかと思うほど考え疲れて、呻き声のようなものを発してしまう。
頭の中が良い具合に茹だっているのに顔をゴシゴシと拭うと、考えるのを止めて目を瞑り、枕に顔を埋める。
……もう疲れた、どうせ茹だった頭で幾ら考えたって答えなんか出やしない、もう寝よう……
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みーんみんみんみーん
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みーんみーみーんみーん
空っぽにした頭の中に蝉の鳴き声が木霊するように響く。
5分くらいは寝ようと頑張ってみたのだが、眠れそうで眠れなかった。
「…はぁー」
直柔は、無理に眠る事を諦めて目を開くと溜息を吐き出し、窓の外の快晴の空を睨む。
窓の外に広がる目が覚めるほどの真っ青な空は、ジリジリと焦げそうなくらい眩い日刺しに彩られていた。
―――そういえば初めて理央と会った時も、こんな空だったな。
火傷しそうなくらい熱いアスファルトの上に寝転がっていた自分に手を差し出してくれていた理央のことを思い出す。
昨日の事である筈なのに、ずっと昔からの知り合いのように感じてしまうのは、彼女が自分の魂の片割れであるからだろうか。
今思えば初めて会った時、まるで迷子のように心細そそうに混乱した様子だったのは、初めて自分の体の中から抜け出した戸惑いのようなものを感じていたからなのだろう。
自分と同じ服を着ていたのも、同一人物だったからと思えば納得だ。
……そういえば、初めて会った時から、彼女は自分の名前を読んでくれていたな。
そう考えると自分は、彼女の事を認識してあげる事ができていなかったのだが、彼女の方は自分の事を認識できていたようだ。
それを考えると、どうしようもないくらい申し訳なく、気恥ずかしい。
自分の中から見ているだけしかできない孤独を、理央にずっと味合わせ続けたことを思うと胸が痛み。そして、自分の恥ずかしい所も全部、見られていたのだと思うと無性に頭を抱えたくなる。
―――でも理央は、そんな俺を守ろうと思ってくれているんだよな。
不思議と自分の事を何より大切に思ってくれているという事実だけは、疑いなく信じることができた。
そして、それは、とても幸せな事なのだと思えた。
……でも、どうして理央は、そんなに俺の事を大切に思ってくれているんだろう。
何となく、その理由を自分も分かっているような気がするのだが、それは言葉にすることのできない感覚的なものでしかなかった。
その時、ふとあやめの言葉を思い出した。
「貴方は魂の形が異形なの」
もしかしたら、これが異形であるという自分の魂の輪郭なのだろうかと、そんな事を思って。自分の半身であるという彼女と二人でならば、自分一人では出す事ができない答えを出す事ができるのではないか、そんな根拠のない考えが頭の片隅を過ぎったのだった。