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陰陽なりて  作者: モモサト
7/20

理央

 「あら偉い、今日は、ちゃんと病室にいたわね」

 

 「あっ、あやめさん」

 

 朝日が差し込む病室で、少し配膳の遅くなった朝食を食べ終え、一息ついた頃を見計らったように、あやめは現れた。


 「ええ、おはよう直柔君、よく眠れた、と聞くと嫌味に聞こえてしまうかしら?」


 「…別に嫌味とまでは思わないけど、あんまり寝た気はしない」


 直柔が苦笑してそう答えると、あやめは気遣わし気に此方を見た。


 分からない事が色々とあり過ぎて悶々としていたのだが、美人な看護師に労わってもらうだけで、少し気が晴れたように感じる自分はやはり根が単純なのだろう。


 「そう、それなら今日は少しお昼寝の時間を設けた方がいいかもね。あんまり寝すぎると夜眠れなくなってしまうけど、体が弱ると、心も弱りやすくなって、良くないものに目を付けられやすくなるから。――健康管理には気を配りなさい」


 「うん」


 「よろしい……それで何か聞きたいことがあるんでしょう?」


 あやめは何かを言いたそうにしていた直柔に気付いたのか、そう話を振ってくれる。


 その配慮が今は、ありがたかった。


 聞きたいことなど、それこそ幾らでもある。


 「…あやめさんは〝平野さん〟の霊が出たっていう噂、知ってる?」


 自分が安眠できなかった事を知ったように尋ねてきたくらいだ。


 ここで働いているあやめが、多くの患者の間でも知られている事を、知らないなんて事は無いだろう。


 それでも、どこまで自分の認識と誤差があるのかを確認するために尋ねる。


 「ええ、今病院中の噂になっているからね。実際に昨晩は何人もの人から変な声が聞こえるってナースコールが掛かってきたし、悲鳴を上げた人を落ち着かせないといけないしでナースセンターも大わらわだったしね。大きな声じゃ言えないけど看護師の中にも平野さんの姿を見たって人がいたくらいだから当然、知っているわ」


 「……俺は、そんな騒ぎになっているなんて全然気づかなかった。〝平野さん〟が俺の所に来た時、俺も確かに起きていた筈なのに。それなのに俺だけ騒ぎに気付かないなんてことあるんですか?」

 

 自分の記憶にあるのは無音の世界で木霊するように響く〝誰か〟の声だけだった一方で、あやめの話などを聞く限り結構な大騒動であったらしい。


 自分が寝入った後にそうなったのか時系列的な順序は分からないが、そんな大騒動を眠りが浅かった状態の自分が欠片も気づかない事などあるだろうか。


 まるで自分だけ違う世界にいたかのような事実関係の誤差が、今になってとても恐ろしい。


 何より気になることが、もう一つ…

 

 「それに、こんな騒ぎになるくらい、いっぱいの人が幽霊を目撃するなんてこと普通あるんですか?―――これって俺が原因なんじゃ?」

 

 この大騒動を引き起こしたのは、もしかしたら自分なのではないかという疑念が、どうしても拭えないのだ。

 

 だって、そうだろう。

 

 こんな幽霊騒動が、これまでも何度も起きていたのなら、幽霊を信じる人がもっと世に溢れていないとおかしいではないか。

 

 そうでなくとも病院中を徘徊していたのは昨日、自分が出会った幽霊なのだ。


 平野さんの霊が病院内を徘徊し始めた理由が、自分である可能性は高いように思えた。

 

 「そうね」

 

 そう尋ねると、あやめは少し考えるように悩むと「昨日渡したお守りを見せてほしい」と言うので、首に掛けていたお守りを渡す。


 直柔の目には最初に受け取った時と何も変わらないように見えるのだが、あやめには何か自分とは別のものが見えているのだろう。


 暫くの間ジッと見詰めて「何かを跳ねのけた跡はあるけど…」等々と何かを呟いていたが、やがて弱ったように、諦めたように溜息を吐き出して言った。

 

 「そう…また迷道めいどうに入り込んだのね?」


 「…やっぱり」


 「ええ、おそらくは、貴方も〝平野さん〟も存在していた場所が、現実からずれた場所にいたから何も聞こえなかったんでしょうね。

 ごめんなさい、お守りが貴方と怪異との近すぎる距離を遠ざけてくれると思ったのだけど、期待していたほど効果が無かったみたい」


 あやめはそう申し訳なさそうに謝ってくれるが、そう言われると効果に心当たりがあった。


 「…いや、効果はあったんだと思い、ます。誰かの感情が入り込んでくるような〝何か気持ち悪い感じ〟はしなかったから…」


 やはり、あの時、自分は迷道に入り込んでいたのだ。


 初めて入った時と何か感じが違うと感じたのは、あやめのお守りのお陰だったのだろう。あの薄壁を一枚隔てたような感覚がなかったらと思うとぞっとする。


 きっと、自分は近すぎる感情に耐え切れなかっただろう。


 「…そう、少しでも効果があったならよかったけど、怖い思いをさせたわね」


 「あっ、いや…それよりも、その…」

 

 「……そうね、嘘をついても仕方ないからハッキリ言うわ。これほど多くの人が平野さんの霊を目撃したのは、確かに貴方が原因だわ」


 「ああ」


 直柔は、真っすぐ自分を見詰めてそう答えてくれたあやめの返事に、やっぱりと納得してしまう。


 同じ日に十人近くの人が同じ霊を見たなんて話し、それこそ下手な怪談話ですら聞かないくらいなのだから。


 「おそらくだけど、平野さんは今、自分の世界に入り込んだ貴方という存在を必死に探している。それが縁となって、彼女を現世うつよへ導く道標となっているのでしょう」


 「……俺を探すことで現実側に近づいて来ているってこと?」


 自分という何故か迷道を行き来できてしてしまう人間の痕跡を追う事で、迷道(あの世)から現実世界までへの道のりを最短距離で詰めてきているというだろうか。


 あやめの話を聞いて、そんな漠然としたイメージを抱いて確認するように聞き返す。


 「ええ、そういう解釈で問題ないわ。彼女は霊体でありながら非常に現実世界に近い所まで来ている。それこそ少しでも霊感があれば彼女を見ることができるくらいにわね」


 「あー」


 直柔は、その答えを聞いて思わず頭を抱えてしまう。


 もしかしたら自分が原因かもしれないとは思っていたが、考えうる中でも最悪の答えだった。


 せいぜい平野さんが病院内を徘徊し始めた原因であるくらいだと考えていたのだが、彼女が多くの人の目に触れた理由すら自分であるとは、流石に思ってもいなかった。


 「俺はどうすればいい?」


 この力で怖い思いをするのが自分だけならば、自分が我慢すればいいだけだが、周囲の人も巻き込むとなっては話が変わってくる。

 

 妹や家族、それに自分の親しい友人たちにも怖い思いをさせてしまい、もしかしたら危害が及ぶかもしれないと思うと耐えられなかった。


 「……正直、難しいわね、私が想定したより、貴方の力は冥界に近すぎる」


 「そんな……」


 唯一の頼りであるあやめに、難しい顔で考え込むように、そう言われてしまうと目の前が真っ暗になったような絶望感がひしひしと胸の中から込み上げてくる。


 「少なくとも場当たり的な対処療法じゃ対処しきれない、私の手持ちで一番強力な護符で守り切れていないことからもそれは明らか。となると、どうして貴方がそんなに冥界との距離が近いのか、その原因を見つけて根本的な所から問題に対処しないと……」


 あやめが何かを見定めるように直柔の顔をジッと覗き込みながら、ぶつぶつと呟きながら自分の考えを整理していく。


 直柔は、それを邪魔しないように黙ってあやめの考えがまとまるのを待っていると。


 「……あら?直柔君、昨日、私以外に…誰か変わった人と会った?」


 「変わった人?」


 「ええ、私以外の誰かが貴方に厄除けのまじないを掛けた痕跡みたいなのがあるんだけど」


 あやめが不思議そうにそう尋ねてくるのに、直柔は同じように首を捻り「あっ」と思い出す。


 そうだ、自分はもう一つどうしても聞きたいことがあったのだった。

 

 文字通り「いきなり現れて」自分の事を2度も助けてくれた〝不思議な女の子〟のことを。

 

 荒唐無稽で、詳しく話すには少し気恥ずかしい諸々があり、どう切り出して尋ねれば良いのか分からなかったため後回しにしてしまっていたが、そんなまじないを掛けてくれたとしたら、あの女の子しかいないだろう。


 「あの実は……」


 直柔は、そう切り出して、自分の身に起こった彼女にまつわる2つの不思議な出来事。


 「車に轢かれそうになった時に助けてくれた時の事」と「〝平野さん〟に怯えていた自分を励まして助けてくれた事」の顛末を話した。









 「そう、そんなことが…」


 「その、信じられないかもしれないけど本当なんです」


 「…ああ、その子の実在を疑っている訳じゃないのよ。ただね…」


 直柔の話を聞き終えて、あやめは何かを暫く考えこむと。


 「ちょっといいかしら」


 「へ?」


 あやめは、そう一言断ると戸惑う直柔の顔を両手でガシッと掴むと、まるでキスでもするかのようにグイッと鼻先が触れ合いそうなほど近づけてくる。

 

 「あ、あの?」

 

 「黙って、私の目を見なさい」

 

 「は、はぁー」

 

 直柔は、相手の吐息すらも自分の顔に掛かる資金距離にドギマギしながらも、何か意味があるのだろうと宙にさ迷わせていた視線をあやめの吸い込まれそうなほど澄んだ綺麗な瞳に視線を固定する。

 

 ジッと真剣な表情で自分の目を見詰めるあやめと視線を合わせ、この距離で改めて見つめ合うことで、やっぱりあやめがとんでもない美人であるという事実に改めて気恥ずかしさを覚える。

 

 その気恥ずかしさを誤魔化そうと。あやめが何をしようとしているのかを確かめる事に意識を傾け、至近距離で見つめ合う相手を観察することに集中する。

 

 改めて目の前の美人を観察すると、直ぐに気が付くことがあった。

 

 …あれ、目が合っているのに合ってない。


 目を見合わせている、あやめの目の焦点が、まるで直柔の瞳の先に焦点を合わせているかのように見えた。


 ……まるで自分の魂の奥底でも覗き込んでいるかのように。

 

 その吸い込まれそうなほど透き通った、不思議な輝きを宿す瞳の中に、本当に自分が吸い込まれそうな恐怖すら覚えた時。

 

 まるで何かが繋がったかのように直柔の中で何かが鳴動する。

 

 先ほどから何度か感じていた自分が吸い込まれるような錯覚を更に強く感じ、今度はそれだけでは無く自分の中に何かが入り込んで来るような錯覚も覚えて、あやめの目の中の闇に魅入られる。

 

 目の前が真っ暗になっていくような初めての感覚に、直柔は恐怖にも似た焦燥を覚えたが、だからと言って何ができる訳もなく。


 あやめの口から聞きとることのできない言葉が発せられたと思ったのを最後に今度こそ目の前が真っ暗な闇に染まった。







 闇に包まれた世界がグルグルと周りブレテいた視界が急に定まる。



 直柔は何処か見覚えがあるような気がする色褪せた世界で何故か髪の毛もまだ生えていない生まれたばかりの裸の赤ん坊を抱いていた。


 俺は一体何をしているんだろう?


 そんな疑問を覚えたが、その疑問も白い霧に包まれるように隠され消えてしまう。


 すると残るのは頼りない命を自分の腕で抱いている事への不安とその子供への母性か父性か、それとも違う何かなのかは分からないがキラキラと煌めくような暖かい思いが理由も無く次から次へと溢れるように湧き上がり、唯、しっかりと腕の中の赤ん坊を胸の中へと抱き直す。


 「絶対に俺が・・・・・」


 守るから、幸せにするから、愛しているから、そんなどれだけ言葉を尽くしても足りない思いが湧き上がりそれを表現する言葉を探していると、


 また急に世界が、電源が切れたように暗くなり闇に包まれた。




 闇に包まれた世界がグルグルと周りブレテいた視界が急に定まる。




 気が付くと直柔は見覚えのない世界に立っていた。


 周りの風景は何処か蜃気楼のように揺らめき霞がかっていて広い開けた場所に居るのだと言う事は分かっても此処が何処なのかは分からないそんな場所に居た。


 どうして俺はこんな所に居るんだろう?


 そんな疑問を思い浮かべているとクイクイっとズボンが引っ張られた感触がして直柔が下を向くと小学生に入ったかどうかぐらいの年齢の可愛い女の子が居た。


 その子が無垢な笑顔で抱っこをせがむように腕を差し出して来るのに疑問もなく答えて女の子を抱きかかえ上げる。


 女の子がギュッと首筋に顔を押し付けて抱き着いてくるのに直柔の胸の中が煌めいて光る暖かい何かで満たされていくのが分かった。


 「         」


 女の子が何か嬉しそうに楽しそうに何かを言ったのが分かった瞬間世界が暗転する。




 闇に包まれた世界がグルグルと周りブレテいた視界が急に定まる。




 直柔は何も見えない闇の中で一人足を投げ出し地面に座り込んでいた。


 どうして俺は一人なんだろう?


 そんな疑問に答えるように前から先ほどの女の子の面影を残す大人と女の人が歩いてくる。


 その女の人は幸せそうな満ちたりた表情をしていて、ボウッと見上げる直柔を見下ろし可笑しそうに笑う。


 その笑顔があまりに妖艶で魅力的で光り輝いていてこの闇の中での唯一の光で、直柔とその女の人だけがこの世界の全てだった。


 女の人がゆっくりと歩み寄って来てそのまま地面に足を投げ出して座り込んだ直柔の膝の上に跨って座ると女の人は向かい合ったその状態のままギュッと抱き着いて来る。


 それが泣きそうなぐらい嬉しくて、満ち足りたくらい幸せで。


 その温もりが、重さが、柔らかさが、全てが愛しくて直柔はその女の人を抱き返す。


 キラキラと白い流動的な光の奔流が荒れ狂う光景を脳裏に幻視して、胸が一杯で涙が溢れ出てきそうなのを必死に我慢する。


 「        」


 女の人の優しい響きに乗せて届けてくれた愛しくて堪らない言葉に、直柔がこの胸に溢れる思いを乗せて言葉を返そうとした時、世界が闇に包まれて消えた。


 世界はもう動かない、ただ、ただ、一寸先も見通す事が出来ない闇が広がり続けている。


 この世界がどれだけ広いのかを分からせず、周りがどうなっているのか分からせない、光を飲み込んでしまった闇が何処までも広がる冷たい世界が続く。


 俺はこれから一体どうすればいいんだろう?


 その答えが何処からも返って来はしなくても・・・


 世界から切り捨てられたような場所に一人で居ても直柔は、今は何も恐ろしくなかった。

 

 

 

 

 

 「……ああ、そういうこと」

 

 直ぐ目の前から聞こえた、深い共感を示すような声に直柔はハッと意識を取り戻した。

 

 「い、今のは…?」

 

 目の前にある、あやめの瞳が柔らかく細められ、慈しむように自分を見ていることにドギマギしながら先ほど見えた白昼夢の事を尋ねる。


 「そうね、深淵を覗き込む時、また深淵も貴方の事を覗き見ているのだっていう所かしら」


 あやめは、冗談めかしてそう答えると、直柔のことを胸の中に引き寄せるように抱きしめる。


 「えっ?あっ、あの」


 突然のあやめの抱擁は、驚くほど柔らかく、熱いと感じるくらい高い体温に、気恥しさと驚きで直柔は硬直してしまう。


 「貴方も、貴女も、随分と奇妙で、素敵な因果に囚われたものね」


 あやめは宝物を撫でるように、直柔の頭を撫でながら、慈しむようにそう言う。


 「――ちょ、ええい、いい加減、説明せいや」


 まるで本当の幼子のように自分を扱うあやめの態度に、気恥ずかしさを堪え切れなくなった直柔は抱擁を振りほどく。


 「あらら、でも別に改めて説明するほどの事でもないのよね」


 直柔の気のない態度にも、あやめは苦笑を一つ浮かべるだけで特に気にした様子もなく。パイプ椅子を引っ張り出して座ると本当に何でもない事のように話し始めた。

 

 「貴方にも薄々は分かっていたんじゃない、その女の子は貴方の守護霊みたいなものよ。まあ少しばかり特殊な、ね」


 「は?」


 「だから少しばかり貴方の因縁を覗いてみたのよ、直柔の事を身をていして助けたってことは守護霊の類じゃないかって辺りは付いたからね。それで見てみたら、いろいろと予想の斜め上を行っていたけど案の定ってところね」


 「ちょ、ちょっと待って」

 

 楽しそうに話すあやめの言葉を遮って、直柔はいきなり告げられた、消化しきれない衝撃的な事実を必死に整理しながら尋ねる。

 

 「……それじゃあ、あの子はもう生きていないの」

 

 直柔は、自分を守ってくれた不思議な女の子が、もう既に死んでしまっているのだということに自分でも驚くくらい強いショックを受けながら尋ねる。

 

 「それは、また難しい質問ね、彼女の場合、生きているとも、生きてないとも言えるわね」

 

 「どういう意味?」

 

 あやめの、まるで謎かけのような返事に一縷いちるの望みを掛けるように尋ねる。

 

 「…そうね、きっと一度聞いてしまったら、聞かなかった事には二度と出来ないくらいショックの大きな話になるけど、それでも聞く」

 

 あやめは先ほどまでの軽い雰囲気ではなく、また吸い込まれそうだと思うくらい澄んだ瞳を直柔に向けて、覚悟を見定めるように真剣な口調で尋ねてきた。

 

 その重々しい雰囲気に咄嗟に直柔は怯みそうになる。

 

 彼女が生きているとも、生きていないとも言える理由を聞くのだ。


 きっと人一人分の生死の重さを背負わねばならないくらいの重々しい話なのだろうという事は漠然と想像がついた。

 

 きっと、その生き死にの理由には、大なり小なり自分が関わっているのだろうことも。自分が彼女の死の原因になっていたりしたらと思うと、正直体に震えが走りそうだった。

 

 それでも…

 

 「聞かせてください」

 

 二度も命を助けてくれた女の子の事を此処で、自分には関係ないことだと見て見ぬ振りをするような恩知らずの恥知らずには死んでもなりたくなかった。

 

 「そう」

 

 あやめは、そんな直柔の覚悟を聞き届けるように一度目を瞑ると、努めて淡々と話し出した。

 

 「こんな事象じしょうを実際に見るのは私も初めてで説明するのが酷く難しいのだけれど、そうね。貴方は両面宿儺りょうめんすくなという鬼神のことを知っているかしら」

 

 「えっと…たしか一つの体に二つの顔があって四本の腕を持っていたとかいう奴ですよね」 

 

 昨今、話題の漫画のラスボス的な存在として登場する敵役のことを思い出しながら、確認するように尋ねる。

 

 「良く知っているわね。なら、その宿儺をイメージしてくれれば分かりやすいのだけど、貴方は体こそ一般的な人間のものと同じだけれど……魂は普通の人間のものではないの」

 

 「え?」

 

 言葉の意味は分かっても、意味が理解できず、直柔は思わず尋ね返す。

 

 「つまりね、宿儺の体が異形のものであったのと同じように、貴方は魂の形が異形なの。まるで二つの魂が一つになったように貴方の魂は二つの体と二つの意思を持っている」

 

 そのあやめの言葉の意味を呆然自失一歩手前の頭で何とか理解する。

 

 両面宿儺が二つの顔に四本の腕を持つ異形の怪物であったように、自分は魂の形が普通の人とは違い二つの魂が一つになったような異形の形をしているということだ。

 

 「それって、つまり…あの女の子は」

 

 「そう貴方と魂を同じくする、言わば貴方の半身みたいなものよ」

 

 そう言われてもまるで実感は湧かなかった。

 

 「どうして…」

 

 ただ、どうして、そんな奇妙な事になっているのかという疑問だけが次々と浮かんできた。

 

 「それも、また難しい質問ね、神の御業か、気紛れか。……ただ、これだけは言えるわ。この世の出来事は全て繋がっているの。全ての結果には、その結果に至る因果がある。神ならざる人の身ではその結果に至った訳を知ることはできなくとも、その意味ならば己の手で幾らでも変えることができる。

 そうなった理由が、前世の宿縁であろうと、先祖の因縁であろうと、今を生きるあなた達には関係のないこと。貴方の半身である自分を大切にしてあげなさい。きっと、それが一番大切なことよ」

 

 「……うん」

 

 不思議とあやめが諭すように自分に掛けてくれた言葉はスッと心に入って来た。

 

 自分が何者なのかなんて、今も昔も分からないけれど……


 平野さんの霊に怯える自分を助けてくれた時に、彼女が言ってくれた『私はお前を守るために生まれたんだって、だから私は此処にいる』という言葉だけは何故か信じることができた。

 

 彼女が自分に向けてくれた誰かを守りたいという気持ちは、先ほどあやめに目を覗き込まれた時に見た白昼夢の中で、自分が目の前の女の子に感じた本能的な衝動にも似た「守りたい」という思いと同じものだろうという事が、何故か分かって。

 

 そう言えば、あの白昼夢に出てきた女の子と女の人が、あの自分を助けてくれた女の子と何処か面影が似ていた事を思い出し。

 

 もしかしたら、あの白昼夢が、彼女との繋がりの理由を紐解く手掛かりであるのかもしれないと漠然と思ったが、そんなことは関係なく。彼女の事を大切にしなければ、大切にしたいと自然に思えた。

 

 「ふふっ、それじゃあ、あの子に名前を付けてあげなきゃね」

 

 「あっ、そうか」

 

 少しは事実を受け止めることができた直柔の様子を見てとったのか。


 そう提案してくれるあやめの言葉に、あやめの言う通りであるならば彼女には名前すらないという事実に気付かされる。

 

 彼女も自分であるならば名前は直柔になるのだろうが、違う意思を持ち性別も違う彼女に、自分と同じ名前を使い回させるのは、何か違う気がした。

 

 「自分の名前を自分で付けるというのも変な話だし、私が名付け親になってもいいわよね?」


 「うん」

 

 自分の半身の名前を決めるなどという大役を担えるほど自分のセンスに自信を持っていない直柔は一二もなく了承する。

 

 「それじゃあ…リオなんてどうかしら、ことわりの理に、中央の央で理央」

 

 「黒川理央っか、うん、いいんじゃない」

 

 直柔は、理央という名前の響きもシンプルで良いと頷く。

 

 「そう、よかった。これで理央ちゃんの名前が世界に定着すれば貴方が迷道に知らない内に迷い込むなんてこともなくなると思うわ」

 

 「えっ、あっ…」

 

 どうして理央の名づけが迷道の問題に繋がるのかと疑問に思ったが、そもそも、その問題の解決のためにどうするかを話し合っていたことを思い出す。

 

 そんな事すらも忘れていた様子の直柔にあやめは苦笑を一つ浮かべると説明してくれる。

 

 「貴方が迷道に入り込んでしまっていたのは、貴方の半身が文字通り、この世に存在しないものであったからよ。魂の半分がこの世に定まっていなかったのだもの。そりゃ体の半分があの世に迷い込んでしまうのも仕方がないわよね。

 けど、貴方の半身にこうして名前を付けて、この世のものとしての在り方を定めてあげれば、名前が世界に定着するに従って、そこら辺の融通も利くようになると思うわ」

 

 「おおー」

 

 その朗報に直柔は救われたような気持ちになって歓声を上げる。

 

 「おそらく、その内、理央ちゃんも自由に貴方の前に現れることができるようになると思う。そうした事実を踏まえた上で、直柔君、貴方に忠告させて頂戴」

 

 「えっ、うん」

 

 迷道の問題が解決できる目途が立ったというのに、何に注意しろというのだろうと疑問に思いながら直柔は頷く。

 

 「理央ちゃんのことを同じ霊能力者、特にそれを仕事にしてお金を稼いでいたり、何か組織だって活動していたりしている人間には、決して知られないようにして」

 

 「えっ、どうして」

 

 「あなた達は特殊過ぎるの、貴方たちの魂が特殊なものであるってことを一目で見抜けるような霊能者はまずいないでしょう。けど、理央ちゃんという特殊な存在を見れば、ある程度の知識と力を持つ霊能者なら必ず違和感を持つわ。

 理央ちゃんの存在は、それだけ異質なの。

 その力を利用するために、手段を問わず、それこそ非道な手を使ってでも利用しようとする人間が現れかねない。貴方が霊能者として生きていくつもりがないのなら決してみだりに理央ちゃんの存在を教えてはダメよ。

 一応これから念のためにいざと言う時に頼れる霊能者を何人か教えてあげるけど、その人達にも必要ないなら教えないで、いい?」

 

 「わ、分かった」

 

 霊能者や宗教という存在が縁遠いものであったからこそ、何をしてくるか分からない相手だという恐怖心も手伝って、直柔は強く頷いた。

 

 「ん、よろしい」

 

 あやめは、その返事に満足そうに頷いた。

 

 そんなあやめの様子に、直柔もようやく自分の問題に一段落を付けることができたようだと一息ついた――


 「それじゃあ、少し休憩したら、次は実地授業といきましょう」

 

 ――のを見計らったように、あやめが悪戯な笑みを浮かべてそう言った。

 

 「え?」

 

 「当然でしょう、貴方の質問に答えただけで、私の授業は始まってもいないんだから」

 

 思わず聞き返す直柔に、あやめは無慈悲にそう告げてくる。

 

 「ふふっ、大丈夫、今度はそんなに難しい話は多くないから」

 

 意味ありげな悪戯な微笑を浮かべるあやめを見て、直柔は嫌な予感を覚える。


 そんな思わせぶりな笑みを浮かべながら、声色だけは諭すような変に優しげなものであることも不気味過ぎた。

 

 僅かな怯えを見せる直柔を見て、あやめがニヤリと口元を歪めるのに。


 あっ、これ絶対禄でもない事をさせる気だと半ば確信しながら、直柔は教わる立場である我が身の不幸を呪いながら「はい」と答えるのだった。


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