第5話 森の支配図
「待てっ!! 【兎足】!」
強力なダッシュで一気に獲物に接近し、剣を突き立てる。
その先には鋭い角を生やした兎が刺さっている。
この森でも一、二を争う美味な魔物だ。
すでに武技は手に入れていた。
「やった! 今日はごちそうだ!」
カインはすっかり森の生活に慣れてきていた。
この森には、普通の動物はいない。
全て、危険な魔物だ。
今仕留めたニードルラビットも、その凄まじい突進力と鋭い角で人を簡単に串刺しにする。
群れをなすと、あのデッドグリズリーも倒してしまうほどの危険生物なのだ。
カインは二日目からも必死にこの森で魔物を狩り、食事をしている。
3日もすると、根源からの飢えを感じるために、強力な魔物でもどんどん狩っていく必要があった。
水場を中心に拠点を移動しながら様々な魔物を狩っている。
群れをなす狼、サーベルウルフ。
罠まで扱う血煙猿。
凶悪な腕力で全てを握りつぶすアームゴリラ。
強烈な毒で巨大な魔物も人のみにするポイズンキングスネーク。
この森には、一匹でも人間社会に出てくれば都市のひとつも崩壊させかねない魔物がうじゃうじゃと溢れていた。
それでも、カインは知っていた。
それらの魔物が児戯に感じるほどの強者がいることを……
「まずい……竜がいる……」
反射的に【隠密】を発動し隠れる。
カインが森で竜に遭遇したのは二度目、一度目はあらゆる攻撃が通じず、必死に逃げている途中、本当に偶然に、獲物を追っているマウントバイソンが竜の横っ腹に突進して、そちらにターゲットが移行したことで逃走することが出来た。
『どうするマスター……我らも成長したぞ、試すか?』
『まだ無理だよ、それに、昨日食事したばかりで、飢えていない』
【以心伝心】で剣と相談する。
多くの魔石を摂取し成長し、日常的に会話が可能になった知的武具バハムディア。
絶体絶命の最初の戦闘で手助けをしてくれた相棒も、まだ本来の姿ではないが、日常的なアドバイスを出来るくらいには成長している。
カインの本能的な飢えは、他の生命を渇望するために、飢えれば飢えるほど戦闘力が向上する。
反動も大きくなるのでギリギリまで飢えることは避けているが、満たされている状態のカインでは竜殺しは不可能、とカインは判断している。
『同族食いは出来ないし、竜族は滅びないから、命を削るとそのまま餓死するかもしれないし』
【龍の胃袋】は竜族を食えない。
そして、寿命以外で竜族は死なない。
つまり、あの力を引き出して竜族を倒しても、空腹で動けなくなり、そのまま死ぬか、復活した竜に殺される。
『こういうはぐれ竜を圧倒的な力でぶちのめせれば、従わせられるんですが……
まだ無理ですかね……』
『もう少し、力をつけよう』
竜同士の序列を決めれば自分の群れに入れることが出来る。
強大な龍は多くの手足となる群れを持つ。
強い竜の群れに入れば、それだけ竜同士の闘いが減り、安全に暮らせる。
この広大な森でもいくつかのグループが構成されているっぽい。というのがバハムディアの言だ。
そして、カインの両親の敵である強大な帝国に対抗するためには、自らも力を、軍を保つ必要があるとカインは考えた。
自らの成長と共に自らの内にある竜の力を感じており、竜の協力の重要性を理解している。
「1匹の竜でも仲間になってくれれば、少なくとも都市とも戦える……あの、敵とだって……」
多くの魔物と戦い、何度も夢に見る敵の動きと比較して、敵の強さを理解していく。
そもそも父アデルに勝つほどの強者だ。
それこそ竜とも戦える強者だろう。
カインはそう考えていた。
「でも、本当にドラゴンバスターに……僕が……」
この森の魔物と戦って、自らが普通ではないことは自覚している。
それでも龍を倒すことは現実味のないおとぎ話の中の話のようだった。
それほどに竜というものは、力の象徴となっている。
そんな竜がウロウロしているこの森、なにかが起きればカインのような小さな存在は消し飛んでしまう。
その自覚が彼の行動を慎重にさせ、結果として多くの魔物を仕留め、多くの能力を得ることにつながった。
竜の力を得て、なお増長しないカイン、育てた両親の賜であった。
「……ぐぅ……父様……母様……行かない……僕を……置いていかないで……」
カインは、あの日の出来事を幾度となく夢見てしまっていた。
魔物を倒し、成長しても、心は10歳……
相棒であるディアがいなければ、耐えられなかったかもしれない。
心の強さは、竜の力で与えられるものではない、自らの力で成長させるしか無い。
『……カイン……』
ディアは、悪夢に苦しむカインの隣で、せめて少しでも彼を癒やしたいと、温もりを発することしか出来なかった……
「端に……ついた」
少しづつ森の行動範囲を広げて、ついに崖に到達した。
死の森をぐるっと囲う巨大な壁、太古の昔に落下した星が作った場所とも言われている死の森。
カイン見上げても果てが見えないほど高さの崖が目の前にそびえ立っていた。
「こんな高さから落ちて、本当によく助かったよな……」
『その高さが有ったから、龍を穿った。という考え方も有りますよ』
「たしかになぁ……」
少しづつ小川と壁を利用しながら頭の中に地図を描いていく。
未だに未知の魔物と出会うことも多い、それらの『食事』を繰り返すことで、『飢え』の間隔が少しづつ広くなっていた。
そして、とうとう、龍のテリトリーに触れてしまう。
ズクン!
そのエリアに一歩足を踏み入れた瞬間に、まるで心臓を握りつぶされるような感覚に襲われた。
絶対的な強者の匂いを体中の細胞が感じ取って、警鐘を鳴らした。
「……見られた……」
『マスター! 逃げろ!』
視界に龍はいない。
しかし、確実に視られた……
この、うかつな一歩から、カインの決死の逃走劇が始まる……