第4話 覚醒
バサリ……
後ろで結んであった髪の毛が、デッドグリズリーの一撃で切り落とされた。
それからは敵の攻撃を見切りながら、髪型を短く刈り込んでいく。
カインは、狂化したデッドグリズリーの攻撃で恐ろしいことを成し遂げていた。
「ふぅ、やっとスッキリした。
感謝するよ」
【グワアアアアアアァァァァ!!】
理性を失ってなお、魂が相手を、カインを恐怖していた。
その恐怖から逃れるために、デッドグリズリーは必死に体を動かし続けていた。
すべての攻撃は相手に届くことはなく、気がつけば、全てを切り裂く自慢の爪は、髪を刈るハサミ代わりに使用されている……
「似合ってるじゃないか、マスター」
「ありがとう……って、誰?」
「いやいや、さっきも普通に会話したじゃないですか」
「え、どこにいるの? 怖いんだけど……」
「本気で言ってます?」
「うわっ!! 剣が喋ったーぁぁぁ!!!???」
今も猛攻の中にありながら、ふざけながらもすべての攻撃を交わしていく……
【ギャアアオオオオオオオ!!】
それが、デッドグリズリーの渾身の体当たりだった。
残された狂化のエネルギーを全て注ぎ込んだ、最速最強の一撃だった。
「斬って大丈夫? 痛くないの君?」
「そんなこと言ってる場合ですか!?」
ザンッ!
デッドグリズリーは、真っ二つに分かれて、背後の大木に激突し、その生涯を終えた。
「流石ですマスター……どうやら時間ですね。
ちゃんと【食事】してまた呼び出してくださいね」
「それって、どういう……」
次の瞬間、カインの体から力が抜ける。
「こ、これは……」
鎧が服の形に変化し、剣も平凡な小剣に戻っていく、そして、カインの姿も青年から少年の姿に戻っていく。
一つ異なるのは髪が短くかられ、肥満体型は見る影もなく、むしろガリガリになっていた。
グルルルルルルルルル……
激しい音に新たな魔物が出たのかと思ったが、その音の正体は自らの腹だった。
「腹が……減った……やばいぞ……」
とんでもない空腹感、飢餓感を叩きつけられる。
「しょ、食事なんて……!!」
周囲を見回しても、目立った食事はないが、ある一つのものから目を離せなくなる。
「……腹が……減った……」
体を動かすのもしんどいが、その感覚に引っ張られ、ソレに近づいていく……
「これだ……!」
生のままだろうが関係なくかじりつく……
真っ二つになったデッドグリズリーの死体だ。
「旨い!! 旨いぞぉ!!」
血を飲み込むと体に染み渡るようだった。
肉を喰らえば命が吹き込まれるようだった。
骨や牙、爪の一欠片まで、ボリボリと貪るように一心不乱に食べ続けていた……
「はぁ……はぁ……」
最後には魔石が残る。
真っ赤な美しい宝石。ほのかに光っているように見える。
ある程度以上の魔物の体内にあり、普通の動物と圧倒的な能力の差を生み出す根源だ。
もちろん食べ物ではない。
人間にとっては、貴重な魔道具の動力源として重宝されている。
しかし、カインは迷うことなくその拳ほどの魔石をごくりと飲み込んだ。
「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
カインの脳天からつま先まで、衝撃が駆け抜ける。
体が沸き立ち、今まで感じたことのないような快感がカインを襲った……
先程までガリガリに痩せ、デッドグリズリーの巨体を平らげ、餓鬼のように膨らんだ腹が一瞬でちぢみ、少年のような体だが、鍛え抜かれたような筋肉を持つ体躯へと変化した。
同時にみすぼらしい小剣も少し成長し、普通の剣へと変化した。
洋服は体のサイズに合わせて大きさが変化するだけにとどまるのであった。
「すごい……体中に力がみなぎっている……」
「……スター……体と……会話……能力を……」
「剣の人!?」
カインが剣に耳をくっつけると今にも消え入りそうな声で教えてくれた。
【龍の胃袋】
初めて捕食した魔物の能力を取り込み、力を蓄えることが出来る。
カインが目を閉じ瞑想するように自らの身体と向き合うと、新たな力が体に宿っていることがわかった。
「うおおおおお!! 【熊爪】!」
その後、別のデッドグリズリーと遭遇し早速スキルを使う。
斬撃が3つに分かれ、強力な熊の一撃を加える。
初めて遭遇したときと比べると、明らかに自分の体が成長していることを実感する。
狂化は起きずに、普通にデッドグリズリーを討伐することが可能になった。
ある段階に至った戦士は、武技と呼ばれる技を身につける。
カインはそれを捕食によって手に入れていた。
「硬った!」
衝動のような食欲はわかなかったが、普通に軽い空腹を感じて熊肉を食べようとしてみたが、生ではとても硬く食べられるものではなかった。
そして、なんとか解体して魔石を食べようとしたが、猛烈な拒否反応が出て食べる気が起きなかった。むしろ、それが普通の反応だ。
とりあえず、周囲の木々を利用して火をおこし、なんとかして日持ちの市内内蔵を食べ終えれば、ゴムのような熊肉で飢えをしのいでいくしかない。
水場を見つけたことは最大の幸運だった。
山や森での生き抜く知恵は、父親との山ごもりなどで学んでいた。
獲物の解体の仕方、皮の鞣し方、膀胱や腸の利用の仕方を始め、火の起こし方、虫を寄せ付けない寝床の作り方。それら多くの教えが、今、カインを救っていた。
一週間ぐらい山に置いて置かれた時に父親に覚えた殺意も、無駄にはならなかった。
「父様……母様……これからどうすれば……」
水場から近い巨木の根本にいい感じのくぼみを発見し、煙で燻して虫を除き、同様に燻製した木の皮を積み重ねて簡易的な寝床を作った。
季節は雨期、もうすぐ暑くなる。
少なくとも寒さで凍え死ぬことは無いが、いずれ冬が訪れる。
この森で、生き抜くためには、先のことをしっかりと考える必要があった。
「父様と母様の敵は……必ず……そのためにも……あの、力を……」
激動の森での一日は、こうして幕を閉じた。
カイン=マクスウェル。
この世界で初めて、8歳という年齢でデッドグリズリーを単独で討伐した人間となった一日が終わる。